サポート窓口:ちょっと不思議な小話
雅枝恭幸
【主人と息子の愚痴をいう主婦】
◇
陽麻里(ひまり)は大手企業の支社のフロアの端に佇み、カウンター越しに声を荒げる女性客を見つめていた。
女性客はカウンターに両手を叩きつけて訴えている。
「なぜ、相談に乗ってもらえないのですか?」
カウンターの向こう側から対応する女性社員は、悪びれることなく淡々と答える。
「弊社ではサポートは、すべてウェブ上のフォームから、またはメールのみで受け付けておりますので、ここでは、そういったご相談には対応いたしかねます」
カウンターの後ろに大勢いる他の社員たちは、そんな喧騒にも気づかず、黙々と自分たちのデスクの液晶モニター画面に没頭している。
「ネットばかりなんですね……直接、相談したかったのに」
女性客はカウンターの後ろに広がる光景を眺めると項垂れて帰っていった。
厄介払いができたかとばかりに、女性社員は溜息をつく。
「もう自分の仕事だけでも忙しいのに、こんな客の相手までしてられないわ」
女性社員は数十人ものデスクが並ぶ一角の自分の席へと戻っていった。
◇
陽麻里は同じビル内の一つ下の階にある他社のフロアを訪れた。
その会社はさっきのところよりも規模も小さくフロアも狭い。社員の数も数えられるほどの少人数だ。
有人のご相談窓口のカウンターも設置されていて、専任の女性社員がカウンター前の椅子に座り、女性客の相手をしている。
客はさっき上の階にいたのとは異なる女性だ。
専任の女性社員の首から提げられた社員証カードには【御手洗美子(みたらい よしこ)】とある。
御手洗は女性客が一方的に喋り続けるのを、うんうんと相槌をしながら何も言わずに聞き入っている。
女性客は、そんな御手洗の姿勢に好感を得たのか、苦情を言うのをやめて世間話を繰り広げはじめた。
「御手洗さん、聞いてくださいよ。うちの主人は、洋式トイレでは立ったままオシッコをしないでって、いくら言っても聞かないんですよ。主人は【便座の前に立ったら自動で蓋が開くのは、メーカーが立ちションベンを想定してるからだろ】なんて見当違いなことを言うんですよ」
御手洗は相変わらず何も言わずに相槌を打つ。
陽麻里は、女性客の真横に歩み寄って、隣の椅子に腰掛けた。
御手洗は陽麻里に気づくと軽く会釈をし、女性客へ視線を戻した。
陽麻里は驚き、御手洗へ会釈を返す。
女性客の世間話が続いた。
「御手洗さん、うちの息子はねぇ、よくできた子なんですよ。ごはんを食べたあとも、自分のお茶碗やお皿もちゃんとシンクまで運んでくれて、水で洗ってから洗い桶にいれてくれるんですよ。なのに主人ときたら、食べ終わったお皿をソースや油でベトベトの状態のまま、すぐ重ねるですよ。それをされたら食器を洗うとき大変だって、何度言っても聞いてくれないんです。息子と主人の食べた食器では洗う手間も全然違って」
御手洗は相変わらず無言のまま相槌を打つ。
女性客は威勢が落ち着くと、急に穏やかになった。
「でもね、今では主人もちゃんとトイレは座ってしてくれているし。食べ終わった食器だって、自分で最後まで洗って食器カゴに入れてくれるんですよ」
御手洗は微笑み、うんうんと相槌を打つ。
「でも、もう私には何もしてあげれないの。だから、息子や主人が、こうしてちゃんとしてくれているのを見れて、ほっとしたのよ……あゝ、長居してしまったわね。私もそろそろ行かなきゃ。御手洗さん、本当にありがとうね。あなただけだったわ、私の声に耳を傾けてくれたのは……」
御手洗は初めて声に出して、女性客へ伝えた。
「こちらこそありがとうございます。長い間ごくろうさまでした」
御手洗は椅子から立ち上がり、女性客へ向けて、深々とお辞儀をした。
女性客は晴れ晴れとした表情をすると、フロアから去っていった。
御手洗は、まだ椅子に座ったままでいる陽麻里へ視線を移した。
「あなたのお名前は? 私でよければ話しを聞きましょうか」
陽麻里は答えた。
「あ! ありがとうございます。私の名前は……」
◇
誰もいないカウンターの向こうへ、うんうんと相槌を打ちつづける御手洗の様子をみて、後ろのデスクにいた二十代の新入女性社員は、目の前の五十代の男性にたずねた。
「霧島社長。御手洗さんは、なぜ時々、誰もいないのにカウンター越しに相槌を打ち続けているんでしょう?」
霧島は黒縁の樹脂製メガネを外して、ハンカチでそっと拭うと、神妙な表情になった。
「御手洗さんには見えているんですよ。ああいった迷える人たちの姿が。声を聞いてあげるだけでいいんだ。そんな人たちの気が晴れるまでね……」
新入社員は、誰もいないはずの空間へ向けて何度も相槌を打ち続ける御手洗さんの後ろ姿をみつめた。
「実際に、こんなことってあるんですね……」
霧島はメガネをかけ直すと、新入社員へ微笑んだ。
「そうだね。御手洗さんみたいに、しっかりと見える人は稀にしかいないんだけれどね。佐々木さんも、そのうち見えてくるようになるかもしれませんよ」
「そんな特技は私にはいらないです!」
佐々木は、ぶるっと身震いして、これから発送する郵便物の仕分け作業を再開すると、郵便物の差出人を見つめた。
〜小さくても心のこもったお葬式を〜
【きりしま葬儀社】
―― 了 ――
※最後まで、この物語を読んでいただき、誠にありがとうございました。
※この物語はフィクションであり、実在の出来事、団体、人物、品名、地名、施設などとは、一切関係ございません。
サポート窓口:ちょっと不思議な小話 雅枝恭幸 @masaedatakayuki
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