世、妖(あやかし)おらず ー往生逆柱ー
銀満ノ錦平
往生逆柱
「俺の家って、結構古屋なんだけどさ…そこの柱が一つ気味の悪いのがあってさ…。」
小学校の頃から付き合いである友人が酒の肴に…と語ってくれたのは何とも不気味で現実離れした怪談めいたものであった。
「なんというかさ…ほら、【逆柱】って知ってるか?」
「逆柱…?さぁ知らない言葉だなあ…。柱って上下逆とかあるのか?」
逆柱…そんなもの聞いたことがないと素直に答える。
友人Aは、「まぁ普段はあまり聞かないしな…。」と溜息交じりに呟くと一杯酒を飲み干して再び語り出す。
「まぁ逆柱っていうのはな…そもそも木造の建築物の柱っていうのは、基本は生えた際の向き通りに建てないといけないんだよ。」
「なるほど…と言うことは木ってのは、下から上へ伸びるわけだからか。」
「そうそう。だから向きとしては根っこが生えてる側を下…これを【元口】に、草が生えてる部分…これを【末口】っていうんだがそこを上に向けるって事だな。」
「それを…要は逆にするってことか?」
「お、その通りその通り。」
「それがどうしたんだ?」
「逆柱っていうのはな、今お前が言った通り通常の向きの柱が逆になってる状態の事を言うんだよ。で、逆柱があると不吉を呼ぶって言われてるんだよ。」
「だがよ?それってあれだろ?迷信なんだろ?そもそもそんな柱の向き変えるだけで不吉呼ぶってのもなあ…。」
「俺だって今の世でそんな柱の向き云々の迷信を信じているわけじゃなかったよ…。」
友人は、暗い顔で空のお猪口を手に取って眺める。
「なんだ?過去形じゃねえか。」
「それがよ…俺の家にもあったんだよ…逆柱。」
「あぁ、それが妙な柱が一つあったって奴か…。だけどよく分かったな?」
「模様がな、木の板目が上に伸びているのが末だからわかりやすいんだよ。それが下に伸びていた…これは逆柱以外に有り得ない。」
俺は、友人Aの顔が徐々に暗く陥りそうだったのでお酒を勧めながらおつまみを頼むと友人Aに少し明るく迷信めいた不安を取り除く努力をした。
「まぁお前がそこまで迷信に深く陥るとはなあ…。俺もさ、例えば【ミミズに小便掛けると腫れる】とか【黒猫が横切ると不幸が起こる】とかある訳だが、迷信ってのは昔から聞かされるとそれが嘘というかデマであっても中々吹っ切れるって事はないよな…。だけどそれもちょちょいと嘘だって脳に刷り込ませれば嘘だったって納得する訳だよ。折角飲んでんだからさ、忘れようぜ…って言っても帰宅したらあんのかそれが…けどさ、そういうのも迷信な訳だしあまり思い詰めるのは良くないぜ。」
何とか慰めたが、友人はドン!っと持ってたお猪口をテーブルに叩きつけ血走った目で俺を睨みながら言い張る。
「違うんだよ…!違う!迷信じゃなかったんだ…!逆柱は…本当に不吉を招く呪物だったんだよ!!」
息を上げながら怒鳴る友人を俺は「落ち着けよ。」と宥める。
「何があったんだ?そもそも今回の飲みもお前が愚痴を零したいって言いいだしたからだろ?多分その逆柱が原因って事は聞いてて分かるけど何が起きたんだよ?言わなきゃ分かんねえって!」
俺が諭すと友人は落ち着いたのか、少し荒げていた呼吸を深呼吸と酒で鎮ませて「すまん…。」と言いながら改めて逆柱の迷信は事実なんだと詳細を言明した。
「実はな…その逆柱がリビングの中央に立っててな…。」
「は?えらく変な所に柱が付いてるんだな…。」
「まぁそうだろうが俺にとっては生まれてからずっと住んでる場所ってのもあるからある程度は慣れてたんだが…。確か小学時代の頃だったかな…その柱の模様が人の顔に見え始めたんだよ。」
「人の顔に?…あぁほら、それって何とか現象って言って、確か目と口の様な穴とか模様?を脳内で勝手に人の顔に見せるみたいなやつ。俺も病院で入院した事あるんだけどさ、上の点々が人の顔に見えてそれが襲い掛ってくるなんて夢を見ちゃうくらいには苦手になっちゃってたよ。」
「【シミュラクラ現象】だろ?俺も最初は…と言っても当時はそんな言葉は知らなかったが、『気の所為だ…気の所為だ…。』って怖がりながらもあくまで模様がそう見えただけだ…って思ってたんだよ。親にも泣きながら話したが、気の所為だよって言われたからな…だがよ…。」
「だが?」
「人の顔に見え始めて数年…俺が中学生になった辺りかな、模様だと思ってたんだけど…模様がな…増えてたんだよ。」
「模様が増えてた?それはあれじゃないの?脳が成長して模様をより認識出来るようになったせいで鮮明に人の顔の様に見えてしまったとかじゃないのか?」
「だからさ、当初はそう思ってたんだよ、思ってたんだよ…。だがな?それが有象無象に渦巻く様に動き始めたらそれは気の所為とかじゃ説明出来ないだろ…。」
「は?動き始めた?」
俺は多分、友人に憐れみの感情で話す姿を眺めていたと思う。
そんな模様が昔から人の顔に見えていただけではなく、渦を巻いて動いていたなんて聞いた日には病んでいたのか…と同情と心配が勝ってしまい、酒で酔う事も出来なくなっていた。
しかし、そんな俺の心境を察したのか此方に少し淋しげな表情を向けながら話を続けている。
「板目が人の顔に見えた挙句に渦巻き始めたんだよ…俺もな?ここで自分は『もしかしたら心を病んでいるんじゃないか…、疲れが出てしまっているんじゃないか…』てな。だけどそうじゃなかったんだよ…。」
「なんか…あったのか?」
「そうなんだよ…。次はさ、渦巻いてた顔が外に飛び出て来たんだよ。」
「は?」
俺は余りに失礼な驚愕の態度をしてしまって、酒を飲んで誤魔化す。
「いや…分かる。多分俺がお前の立場ならそういう反応になると思うよ。…だけどな?本当なんだよ。こう…なんていうか魂が飛び出てくるみたいな映像をイメージしてもらいたいんだが、あんな感じに柱から飛び出してきたんだわ。」
「んー…それは…ちょっと疲れで幻覚を見た…とかじゃなくてか?」
「そう思って、親に病院に行きたいと相談したんだが…病院行くことに反対されたよ。」
「何でだ?。」
「簡単な話だよ、世間体に良くないってさ。それに、『そんなものは疲れでそう見えてるだけだから休めば良いだけの話だろ』…って言われてさ、本当信じられなかったよ。しかもその頃には、逆柱から出てきた顔が親に纏わりついててさ…それも俺だけにしか見えてないみたいで気持ち悪かったんだが、俺には何故か纏わりつかなかったんだよ…。それもまた不気味に思えて、余計に精神的に辛くなってきてさ…。」
「確かに、あの時のお前疲れが顔に出てたからな…けど部活の疲れかと思ってたけど家庭が理由だったとはなぁ…。」
「いや、まぁどっちもだよどっちも。部活と家庭環境と逆柱の3層の理由で疲労困憊してたんだよ。ただ高校は部活推薦のお陰で学力入試は免除されたのだけが幸いだったっけかな…。だけどやっぱ高校入学後も逆柱の怪現象は、段々と活動を活発してきたんだよ。」
俺は酒も注がずに、話に聞き入ってしまっている…何と言葉を投げかければいいか変わらないのだ。
「高校2年目に入った頃かな。逆柱の怪現象に慣れ始めた時期…思い込んでいた時期か…。兎も角見慣れた光景と化していた時が丁度俺の反抗期が来ちまってな、親にもだけど逆柱にも苛つき始めてちゃってな。」
「そういや、逆柱はリビングの中央にあるって言ってたが食事は何処でしてたんだ?」
「そっかお前は来たことなかったな…。結構リビング広くてさ、一応3人家族でも広々と使えるテーブルが置ける程の広さがあったんだよ。…で、親は相変わらず俺の言う事に、疲れだ疲れだって煩くてちょっと口調強めに反抗してしまって、余計に関係にヒビをつけちゃったわけでさ、その怒りを逆柱に当たってたんだよ。『邪魔なんだよ!うるさいんだよ!苛つくんだよ!!出てくるな!!』って怒鳴りながらな…。だがやっぱ中央に柱がある以上その家を支えてるんだがら親も止めてきてさ、余計に『この柱が!この柱が苛つくんだ!』って暴れてしまって…漸くここで、病院に行く事を許可してくれたんだ。」
友人は、飲み終わった酒を再び頼み、つまみを頬張っていく姿を見て、俺もつまみを手に取る。
「それで専門の病院行ったわけよ。結果は心身疲労による精神的ストレスって言われてさ、まぁ結果はその通りって内容だから薬の飲んだら一応、苛つきは治まったんだよ。親にもキツく当たる事も無くなったし、学校生活も清々しい位に満喫できるようにはさなった…。ただな?やっぱ俺はあの逆柱に対しては何か得体のしれない雰囲気を感じて気味悪かった。だから、どうしても逆柱にだけは無意識に蹴ったり殴ったりして親に止めたれてたな…。」
「そんな不気味なもんなのか…。」
「そう。…それでな?何だかんだ治療も進んで大学に受かったんだが、その際に少し遠い場所の大学だったのもあってその後は大学寮に入ってそのままさ。偶に実家に戻る時もあるんだが、その際だって外の庭で話して終わりにしてもらってるんだよ。だから、大学出てから逆柱は見てないわけよ。」
「…親はなんと?」
「親は別に何とも言ってないな。俺があの逆柱にただならぬ恐怖を覚えていたのは認知していたから…まぁやっぱ少しは俺に不信感は持ってるかもしれないけどね。」
俺は、「そうか…。」としか言えずにこの空気を誤魔化す為に何とかお酒を一杯飲み干して、友人に不器用ながら慰めた。
「まぁさ、今は別に生活にも影響出てなさそうなんだろ?ならいいじゃん。…実家に入れないのは残念かもしれないけど自分の家でのびのびしてるだから万事解決してるわけだろ。今日はさ、忘れて飲もう飲もう!」
友人は、苦い顔をしていたが俺の飲みっぷりと酔いっぷりに呆れたのか気が軽くなったのか飲み出してくれて、その後は色々な談義に花咲かせてその日の飲み会を終えた。
解散する直前に、友人は「そうだ…折角だし、お前が良ければ俺の実家に一緒に来ないか?」と言葉を投げかけてきた。
俺は…「そうだな…時間が合えばお言葉に甘えようかな。」と笑って誤魔化してそのまま帰路に着いた。
俺は怖かった。
酒の席で話したという事は、何処までが本当かは分からないにしても何処からかは事実であり、友人が逆柱という迷信に心を揺さぶられてしまっているのも事実だと思う…。
だから怖い。
だから行きたくない。
しかし、もし誘われたら断るわけにもいかないと感じてもいる。
もしかしたら未だに何か遺恨を残しているんじゃないか…もしかしたら俺と実家に行く事で自身の蟠りをも払拭させようと頑張ろうと意思を強く巡らせているんじゃないか…と思ってしまって断りづらいなあ…と少し憂鬱になりながらも、それが長く付き合いのある友人の為なら一肌脱ぐしかないっとちょっと男らしさを見せようと期待も膨らませ、友人の連絡を気長に待ち続けた。
待ち続け…待ち続け…待ち続け…待ち続け…待ち続け…。
待ち続けたが…友人の反応は来る気配は全くなかった。
しかも俺からの連絡すらも反応が無く、心配ながらも向こうからの連絡を待ち、再び数日が経とうとした…。
……その連絡は突然であった。
俺はその連絡を受けてその場から動けなくなってしまった。
俺の感情もその時、止まってしまった…。
友人が…自宅で死体となって発見されたのだった…。
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