勇者はとっくに死んでいる~死者を騙った罰が当たって世界を救う羽目になりました~
心憧むえ
第1話 異世界転生
『世界は俺が、救ってやるよ』
テレビ画面の向こう側にいる勇者は声高々に宣言する。周囲の美少女たちは頬を赤らめ、うっとりとした目で彼を見つめていた。
「……はあ、どうして勇者なんかになりたがるかね」
小国島国、日本の有名人ってだけでもパパラッチからプライベートをつけられたり、ちょっとでも汚いことすれば世間からバッシングの嵐だってのに、勇者なんて清廉潔白の権化みたいな存在になっちまったら魔王よりもまず人に殺されると思うけどね。
テレビ画面にエンディングが流れ始め、意識が画面の向こう側からこちら側に引き戻された。
机の上には広げられたままの参考書が置いてあり、一気に現実に引き戻されたような気がしてうんざりした。
受験勉強の息抜きにと思って深夜アニメを見てみたが、やはりどうも共感する部分が少ない。
世界は俺が救ってやるよ?
馬鹿なのか?
たかだか魔王1人殺したことで世界が救われ平和になると思ってる勇者には、ぜひとも我が世界の歴史を見せてあげたい。魔王がいる方がむしろ平和なんじゃないか。
……だめだ、今はこんなことを考えているときではない。
「散歩でもいくか」
地面に散らばったゴミを足で避けながら自室をあとにする。廊下に出ると急な光量に思わず目を閉じた。細目で床を確認しながら玄関まで行って靴を履こうとしたところで、背後の扉の開く音がした。
「あんた、参考書ちゃんとやったの?」
「やってるよ。少し息抜きに散歩してくる」
この家で実権を握る母親がリビングから出てきて言った。
足音消してたんだが……
外はすっかり帳が下りていて、街灯と月明かりだけが頼りだ。ほんの少しの寒さに身震いしながら、コートを羽織ってこなかったことを後悔したが、いまさら戻る気にもなれない。
いっそこのまま、何処かへ行ってしまおうか。
そんな事、何度考えた事だろう。
そして、何度中断しただろう。
母親は所謂教育ママってやつで、とにかく暇さえあれば俺に勉強させた。
幼い頃は、何度か自分の欲望を口にしたこともあった。
ピアノが習ってみたいとか、サッカーをしたいとか、どこにでもあるような願いだ。
しかし母は、それを絶対に許さなかった。
子どもの俺には到底理解の及ばない、受験で失敗した人が社会に出るとどうなるか、いい大学に入れたらこんな人生が待ってるとか、力説しては俺の願望を封殺した。
そんなことを繰り返していると、子どもながらに理解した。
母親の望むように生きなければならないと。
そうしてきてはや16年、母親の熱は収まらないどころか加速し続けている。
そんな俺の密かな願い。
大学は絶対に県外に行く。
一人暮らしして、自分1人の力で生きて、大学を卒業したら片田舎で牧場をやりながら余生を過ごすんだ。
こんな環境も、あと2年の我慢だ。
そんなことを考えていたら、街中に出た。人っ子一人歩いておらず、田舎町の過疎化を憂えずにはいられない。
唯一光の灯ったコンビニが目に入ると、反応するように腹の虫がないた。
そういえば、晩御飯食べてなかったっけ。
ポケットに手を突っ込むと、くしゃくしゃになった紙が二枚。
二千円もあれば、何でも買えるな。
「……ん?」
轟音が耳をつんざいた。
視界の隅に光――いや、ヘッドライトの眩しさが飛び込んでくる。
その直後、トラックが迫っていることに気付いた。
「……は?」
ブレーキの音は――聞こえない。
むしろ、エンジン音は勢いを増している。
嘘だろ……なんで……!?
動け。逃げろ。
だが、体は硬直して言うことを聞かなかった。
「よりによってなんでこんなテンプレな死に方をしなきゃならないん――」
文句をですべて言い切る前に、体に衝撃が走る。
そうして俺は、2年と待たずに母の束縛から解放されることとなった。
※
「――いってぇ!」
全身に衝撃が走って飛び起きた。
頭を押さえながら、ゆっくりと周囲を見渡す。
だが、そこに見覚えのある天井はなかった。
「……どこだ、ここ?」
草の匂いがする。地面は土。
空を見上げると、七色に輝く星々が空一面を埋め尽くしている。
――俺は、居眠り運転するトラックに突っ込まれて死を覚悟した。
だとしたらおかしい。一番新しい記憶の中では、トラックが体にぶつかった瞬間の激痛まで覚えている。
なのに、なぜ体に一つのかすり傷もないんだ。それに――
「我、冥府の門を解き、深淵の番犬に契りを捧ぐ。牙よ穿て、魂を喰らえ――ヘレンフントルーフ」
突如として聞こえてきたドスのきいた声の方に反射的に目を向けると、そこには自分の目を疑うような光景が広がっていた。
距離にすると10メートルほど離れたところに、全身が黒い炎に包まれた男が、宙に浮いていた。全身が燃え上がっているというのに表情はいたって無反応で、鋭い目つきで俺を見ている。
明らかに現実にいていいものじゃない。あんなのまるで、アニメや漫画に出てくるような想像上の生き物じゃないか。
思考を巡らせる余地もなく、その生物の眼前に魔法陣のようなものが出現した。魔法陣も深い黒色で構成されおり、不気味さに悪寒が走る。
魔法陣から排出されるように、巨大な狼が飛び出した。狼は勢いよく地面に着地すると、喉を鳴らしながら一直線に俺の方へと走ってくる。
目の前でなにが起きているかまったく理解が追い付いてくれないが、1つだけわかることがある。それは、あの狼は間違いなく俺のことを殺しに来ているってことだ。
「なんなんだよこれ!」
足に力を込めて立ち上がろうとするが、思うように力が入らず身動きすら取れない。じたばたしている数舜の間、狼はすでに目の前までやってきていた。目の前まで来て初めて、こいつは狼なんてかわいげのある動物なんかじゃないということを思い知った。
俺の三倍以上はある巨体。赤黒い目がギラギラと光り、口からはヨダレが滴っている。
俺は、人間は、食物連鎖の頂点などではない。今この時は、ただ食われるのを待つエサそのものだ。
巨大狼は喉をならし、鋭利な牙を剥き出しにした。
……やばい、死ぬ
体が震える。冷たい汗が背中を伝う。足に力を入れようとしても、まるで動かない。逃げられない。
そして――
「――ッ!」
巨大な口が、俺に向かって飛び込んできた。
これでもかというくらい口を開き、捕食モードへと切り替わる。いよいよ俺も死ぬんだ。ついさきほど死を覚悟したはずなのに、こんな短期間でまた死を覚悟することになるなんて、いったい俺がなにしたってんだ。
死の直前は時間がスローに進むというのどうやら本当らしい。狼の口がゆっくり俺に迫ってくる。口の中は奥が見えないほど闇に包まれており、これからここに入るのかと思うとげんなりする。
牙が喉に届きそうだ。潔く死を受け入れ、目を閉じた。
今度生まれ変わったときは、もう少し楽なルートを歩ませてください神様――。
…………おかしい。体になんの感触も感じない。丸のみにされたとしても、なにかしらの感触はあるはずだ。
おそるおそる目を開けると、先ほどまで殺気ムンムンだった巨大狼の頭が地面に転がっていた。
次の更新予定
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