第二十二章 閉店のない店——そして物語は続く

それから、数週間が経った。


 空は、青く澄み渡っていた。


 瘴気は消え、瘴気病の患者は急速に回復していた。


 世界は、救われた。


 村の本店に、健太は戻っていた。


 相変わらず、蛍光灯が明るく輝いている。棚には薬が並び、自動ドアは開閉を繰り返している。


 あの日——過労死して、この世界に転生した日。


 あの時と同じ店が、今もここにある。


 しかし、何かが違う。


 ——俺自身が、変わったんだ。


 健太は、そう思った。


 「いらっしゃいませ」


 リーネの声が、店内に響いた。


 彼女は、今や堂々とした登録販売者だった。緑色のエプロンを着こなし、笑顔で客を迎えている。


「この薬は、食後に服用してくださいね」


「分かりました。ありがとうございます」


 客が、満足げに店を出ていく。


 健太は、その様子を見守りながら、微笑んだ。


 「店長」


 マルコが、配達から戻ってきた。


「東の村、終わりました。みんな、元気になってましたよ」


「そうか。よかった」


「あと、隣の村から、出店の依頼が来てます。『うちにも店を開いてくれ』って」


「また増えるのか」


「人気者ですからね、うちは」


 マルコは、にやりと笑った。


「まあ、俺のおかげですけど」


「調子に乗るな」


 しかし、健太も笑っていた。


 「これが、最新の研究報告だ」


 エルフィナが、分厚いノートを差し出した。


「瘴気病の完全な治療法を、確立した。もう、この病気で死ぬ者はいなくなる」


「すごいな」


「お前の知識がなければ、不可能だった。現代薬学と、異世界の薬草学。二つを組み合わせたからこそ、成功した」


「俺一人の手柄じゃない。みんなで——」


「分かっている」


 エルフィナは、珍しく微笑んだ。


「だから、『お前の知識』と言った。『お前の力』とは言っていない」


 午後になると、来客があった。


 「薬師寺殿」


 入ってきたのは、ギルバート・ロッソだった。


 以前より、少し痩せたように見える。表情も、柔らかくなっていた。


「どうしました?」


「礼を言いに来た」


「礼?」


「世界を救ったこと。そして——」


 ロッソは、後ろを見た。


 そこに、ラウルが立っていた。


「——息子を、立派な薬師に育ててくれたこと」


 健太は、ロッソとラウルを見比べた。


 二人の間に、以前のような緊張はない。


「お二人、和解されたんですね」


「まあ、色々あったがな」


 ロッソは、照れくさそうに言った。


「世界が滅びそうになると、下らない意地も捨てられるものだ」


「よかったです」


「それと、もう一つ」


 ロッソは、真剣な顔になった。


「ドラッグストア同盟、今後も続けたい。競争ではなく、協力。それが、この業界の未来だと思う」


「俺もそう思います」


 健太は、ロッソと握手を交わした。


「これからも、よろしくお願いします」


 夕方になると、また来客があった。


 「お邪魔しますわ」


 セラフィーナ姫が、微笑みながら入ってきた。


「姫様。わざわざお越しいただかなくても——」


「いいのです。弟の薬をいただきに来ただけですから」


 アルベルト王子は、完全に回復していた。今日は、定期的な健康チェックのための来訪だった。


「王子様の調子はいかがですか」


「元気すぎて、困るくらいです」


 セラフィーナは、微笑んだ。


「おかげさまで、すっかり健康になりました」


「それはよかった」


「あなたのおかげです。いえ——」


 姫は、店内を見回した。


 リーネ。エルフィナ。マルコ。そして、たくさんの客たち。


「——皆さんのおかげです」


 日が暮れた。


 閉店時間になり、客は帰っていった。


 健太は、一人で店内に残っていた。


 蛍光灯の下で、今日の売上を確認する。


 かつては、これが苦痛だった。


 数字を見るたびに、疲労感が押し寄せてきた。


 「何のために働いているんだろう」と、何度も思った。


 しかし、今は違う。


 この数字は、今日救った人々の数だ。


 届けた薬の数。相談に乗った回数。笑顔で帰っていった客の数。


 ——仕事に、意味がある。


 健太は、そう実感していた。


 「店長さん」


 リーネが、戻ってきた。


「まだいらっしゃったんですか」


「ああ。少し、考え事をしていた」


「何を考えていたんですか?」


「……色々とな」


 健太は、窓の外を見た。


 異世界の夜空。二つの月が、静かに輝いている。


「俺は、元の世界で過労死した」


「はい」


「働きすぎて、心臓発作で倒れた。最後の瞬間まで、仕事をしていた」


「……」


「あの時、俺は思った。『何のために働いていたんだろう』と」


 健太は、自嘲気味に笑った。


「答えは、分からなかった。ただ働いて、ただ疲れて、ただ死んだ。意味なんて、なかった」


「でも、今は——」


「ああ。今は、分かる」


 健太は、リーネを見た。


「誰かの役に立つこと。誰かを助けること。それが、仕事の意味だった」


「店長さん……」


「俺は、この世界に来て、ようやく気づいた。仕事は、自分のためだけじゃない。誰かのためにするものなんだって」


 リーネは、静かに頷いた。


「私も、同じです」


「え?」


「私は、宮廷から追放された時、自分には何の価値もないと思っていました。魔法が使えない、役立たずの令嬢だと」


「リーネ……」


「でも、店長さんに会って、変わりました。私にもできることがある。私にも、誰かを助ける力があるって」


 彼女の目が、潤んでいた。


「ありがとうございます、店長さん。私を、登録販売者にしてくれて」


 健太は、何も言えなかった。


 ただ、リーネの肩に手を置いた。


 言葉は、必要なかった。


 翌朝。


 健太は、いつも通りに起きた。


 顔を洗い、服を着替え、店に向かう。


 自動ドアが開く。蛍光灯がつく。


 棚を確認し、レジを準備し、掃除をする。


 いつもと同じ朝。いつもと同じ仕事。


 しかし、もう苦痛ではない。


 開店時間になった。


 健太は、深呼吸をして、自動ドアを開けた。


 外には、すでに数人の客が待っていた。


 村人たち。近隣の農民。遠くから来た旅人。


 彼らの顔に、笑顔がある。


 「おはようございます、薬師寺さん」


 「今日も、お世話になります」


 「あの薬、よく効きましたよ」


 健太は、笑顔で応えた。


 「いらっしゃいませ。本日も営業中です」


 転生薬局は、今日も営業している。


 瘴気の王は封印された。しかし、病気がなくなったわけではない。


 風邪を引く人。怪我をする人。胃が痛い人。頭が痛い人。


 人々の不調は、これからも続く。


 だから、薬屋も続く。


 いつまでも。どこまでも。


 健太は、カウンターに立ちながら思った。


 俺は、過労死してこの世界に来た。


 最初は、困惑した。絶望した。


 しかし今、俺はここにいる。


 仲間がいる。店がある。助けを求める人々がいる。


 それは——幸せなことなのかもしれない。


 「店長さん」


 リーネが、笑顔で声をかけてきた。


「次のお客様です」


「ああ。分かった」


 健太は、カウンターに向かった。


 一人の老人が、咳をしながら立っていた。


「お客様、どうされましたか?」


「風邪をひいてしまってな……」


「それは大変ですね。症状を聞かせてください」


 健太は、問診を始めた。


 いつも通りに。何も特別ではなく。


 しかし、これが——健太の仕事だった。


 転生薬局は今日も営業中。


 そして、明日も。明後日も。


 閉店のない店として、永遠に。


 物語は終わるが、日常は続いていく。


 それが、健太が見つけた答えだった。


 エピローグ


 数年後。


 王国全土に、「転生薬局」の看板を掲げた店が広がっていた。


 百を超える店舗。千を超える登録販売者。


 すべての人に、健康を届ける——その理念のもとに。


 健太は、今も村の本店で働いている。


 拡大した組織の代表として、管理業務に追われることもある。


 しかし、できる限り、店頭に立つようにしていた。


 「お客様の顔を見ないと、本当のニーズは分からない」


 それが、健太の信条だった。


 ある日の夕方。


 閉店作業を終えた健太は、店の外に出た。


 夕日が、草原を赤く染めている。


 あの日——転生した日——と同じ風景。


 しかし、何もかもが違う。


 店の周りには、今では村ができている。


 店を中心に、人々が集まり、生活が営まれている。


 健太が救った人々。その子供たち。その孫たち。


 彼らの笑い声が、夕暮れの空に響いている。


 「店長さん」


 リーネが、隣に立った。


「何を見ているんですか?」


「……昔のことを、思い出していた」


「昔?」


「ここに来た日のことだ。一人で、途方に暮れていた」


「今は、違いますね」


「ああ」


 健太は、微笑んだ。


「今は、一人じゃない」


 夕日が沈んでいく。


 空が、赤から紫へ、紫から紺へと変わっていく。


 やがて、星が瞬き始める。


 異世界の夜空。二つの月。


 しかし、もう見慣れた風景だった。


 「さて」


 健太は、背伸びをした。


「明日も、早いからな。そろそろ休もう」


「はい」


 リーネは頷いた。


「おやすみなさい、店長さん」


「ああ。おやすみ」


 健太は、自室に戻った。


 ベッドに横になり、天井を見上げる。


 かつては、眠ることさえ苦痛だった。


 明日のことを考えると、目が冴えてしまった。


 しかし今は、穏やかな眠りが訪れる。


 明日も、やることがある。


 明日も、助けを求める人がいる。


 それは——幸せなことだ。


 目を閉じる。


 意識が、ゆっくりと沈んでいく。


 最後に思ったのは、あの言葉だった。


 「いらっしゃいませ。本日も営業中です」


 転生薬局は、今日も明日も、営業中。


 それが、薬師寺健太の——新しい人生だった。


——完——

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ドラッグストア×異世界転生_転生薬局は今日も営業中!〜異世界ドラッグストアで世界を救います〜 もしもノベリスト @moshimo_novelist

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