第十七章 フランチャイズ構想——一人では救えない

聖教会との交渉は、予想以上に難航した。


 ヴァルターは当然反対したが、意外にも、穏健派の審問官たちは興味を示した。


「瘴気の王が復活すれば、この世界は滅ぶ、と」


 議長を務める老審問官が、健太の説明を聞いて呟いた。


「そうです。封印が破れれば、瘴気は世界中に広がります。魔法も信仰も、関係なく」


「それを防ぐ方法は?」


「封印の修復です。そのために、古代の知識が必要です。禁書庫にある文献を調べさせてください」


 沈黙が落ちた。


 禁書庫への立ち入りは、教会の最高幹部でさえ制限されている。それを、異端の嫌疑をかけられた者に許可するのは——前代未聞だった。


「……三日間だけ」


 議長が、ようやく口を開いた。


「三日間の閲覧を許可します。ただし、監視付きで」


「ありがとうございます」


 健太は深々と頭を下げた。


 禁書庫は、大聖堂の最深部にあった。


 重い鉄の扉。その向こうには、膨大な書架が並んでいる。


 古い羊皮紙の匂い。埃。そして、何か——禍々しいものの気配。


「気をつけろ」


 監視役の司祭が言った。


「ここにある書物の中には、精神を蝕むものもある」


 健太は頷き、書架の間を歩き始めた。


 三日間、健太は禁書庫に籠った。


 古代の魔法書。失われた歴史の記録。禁忌とされた儀式の手順書。


 その中で、彼は一冊の古い写本を見つけた。


 表紙には、『希望と絶望の錬金術』と書かれていた。


 中を開くと——求めていた情報が、そこにあった。


「見つけたのか?」


 エルフィナが、興奮した様子で尋ねた。


 健太は、写本の内容を説明した。


「希望の結晶は、『集合的な希望』から生まれる。一人の希望では足りない。多くの人々が、同時に同じ希望を抱くことで——その感情が結晶化する」


「具体的には、どうすれば?」


「人々を——救う」


 健太の目が、遠くを見つめた。


「瘴気病で苦しむ人々を、一人でも多く救う。希望を与える。その希望が、やがて結晶になる」


「しかし、それには——」


「時間がかかる。分かってる」


 健太は頷いた。


「だから、規模を拡大する。俺たちだけじゃ足りない。もっと多くの店を、もっと多くの地域に」


 その夜、健太は仲間たちを集めて、新しい構想を発表した。


「フランチャイズだ」


 全員が、首を傾げた。


「フラン……何だって?」


「フランチャイズ。俺の世界では一般的な事業モデルだ」


 健太は、紙に図を描きながら説明した。


「まず、本部——つまり俺たちがいる。本部は、薬の製造方法、接客マニュアル、品質基準を作る。そして、各地に加盟店を募集する」


「加盟店?」


「俺たちの看板を使って、同じやり方で店を開く人たちだ。本部は、彼らに知識と技術を提供する。代わりに、売上の一部を本部に納めてもらう」


 マルコが目を輝かせた。


「つまり、店を増やすってことか? 俺たちの仲間を、あちこちに作る?」


「そうだ。でも、店を増やすだけじゃ意味がない。重要なのは、品質だ」


 健太は強調した。


「どの店でも、同じ品質の薬を、同じ接客で提供する。お客様がどの店に行っても、同じ体験ができる。それが、信頼につながる」


 エルフィナが頷いた。


「標準化、ということか」


「そうだ。標準化されたシステムがあれば、誰でも店を運営できる。俺がいなくても、回る仕組みを作る」


 構想は決まった。


 しかし、実現には多くの課題があった。


 まず、マニュアルの作成。薬の調合法、症状の見分け方、接客の手順。すべてを文書化する必要がある。


「私が担当しましょう」


 リーネが手を挙げた。


「今まで学んできたことを、まとめます」


「頼む」


 次に、加盟店オーナーの募集。店を任せられる人材を、どうやって見つけるか。


「俺が声をかけて回るよ」


 マルコが言った。


「配達で回ってると、『自分も店をやりたい』って言う人がいるんだ。そういう人たちに、声をかけてみる」


「ありがとう」


 そして、最大の課題——研修制度。


「店を任せるなら、きちんと教育しなければなりません」


 エルフィナが言った。


「素人に薬を扱わせるのは危険だ。最低限の知識と技術を身につけさせる必要がある」


「それが、養成学校だ」


 健太は頷いた。


「前から考えていた。登録販売者を育てる学校を作る」


 数週間後。


 「転生薬局養成学校」が、開校した。


 場所は、村の本店の隣に建てた小さな建物。


 カリキュラムは、リーネとエルフィナが作成した。


 第一週:基礎知識(人体の仕組み、病気の原因、薬の作用)

 第二週:薬草学(主要な薬草の特徴、採取方法、保存方法)

 第三週:調合実習(基本的な薬の調合方法、品質管理)

 第四週:接客実習(問診の技術、症状の見分け方、顧客対応)

 第五週:経営基礎(在庫管理、帳簿の付け方、仕入れと販売)

 第六週:総合実習と試験


 最初の入学生は、五人だった。


 マルコが各地で声をかけて集めた、志のある若者たちだ。


 農家の息子。商人の娘。元兵士。孤児院育ちの少女。そして——ロッソ卿の息子。


「お前は、敵の息子だろう」


 マルコが、不審げに言った。


「なぜ、うちに来た?」


 ロッソ卿の息子——ラウル・ロッソは、二十歳前後の青年だった。父親に似た太った体型だが、目つきは違う。鋭さよりも、誠実さが感じられる。


「父のやり方には、賛成できません」


 ラウルは、まっすぐに健太を見つめた。


「ギルドは、金儲けのために人々の健康を利用している。それは、薬師の本分に反します」


「だから、うちに来たのか」


「はい。あなたの店は違うと聞きました。本当に人々のために働いていると」


 健太は、しばらくラウルを見つめた。


 嘘をついている様子はない。しかし、敵の息子を受け入れることには、リスクがある。


「父親から、スパイとして送り込まれたわけじゃないだろうな」


「父とは、絶縁しました」


 ラウルの声に、苦い響きがあった。


「もう、ロッソ家の人間ではありません」


 健太は、判断を下した。


「いいだろう。ただし、他の生徒と同じ条件だ。特別扱いはしない。試験に落ちたら、卒業できない」


「もちろんです」


 六週間後。


 卒業試験が行われた。


 五人の生徒のうち、四人が合格した。


 不合格になった一人は、知識は十分だったが、接客に難があった。追加研修の後、再試験を受けることになった。


 合格者の中には、ラウルも含まれていた。彼は、成績トップで卒業した。


「おめでとう」


 健太は、卒業生一人ひとりに、緑色のエプロンを手渡した。


「これは、登録販売者の証だ。これを着ている限り、お客様の健康を第一に考えてくれ」


「はい!」


 四人の声が、揃って響いた。


 卒業生たちは、各地に派遣された。


 一人は、村から南に一日の距離にある町へ。


 一人は、東の山村へ。


 一人は、街道沿いの宿場町へ。


 そしてラウルは——王都に残った。


「君には、王都店の副店長を任せたい」


 健太がラウルに言った。


「王都は、最も難しい市場だ。でも、君ならやれると思う」


「ありがとうございます」


 ラウルは、深々と頭を下げた。


「期待に応えます」


 三ヶ月後。


 転生薬局チェーンは、計五店舗に拡大していた。


 本店(村)、王都店、南部店、東部店、宿場店。


 各店舗は、本部のマニュアルに従って運営されている。品質は均一で、どの店でも同じサービスが受けられる。


 そして——瘴気病の患者数は、確実に減少していた。


「データを見てくれ」


 エルフィナが、健太に報告書を見せた。


「我々の店がある地域では、瘴気病の発症率が三割減少している」


「三割……」


「まだ足りない。しかし、傾向は明らかだ。我々の活動は、効果を上げている」


 健太は、窓の外を見た。


 空は、以前より青く見えた。


 希望が、少しずつ——しかし確実に——広がっている。


「もっと広げよう」


 健太は言った。


「もっと多くの店を、もっと多くの地域に。すべての人に、健康を届けるまで」

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