ドラッグストア×異世界転生_転生薬局は今日も営業中!〜異世界ドラッグストアで世界を救います〜

もしもノベリスト

第一章 過労死と転生——閉店後の人生

蛍光灯の光が、まるで白い霧のように売場を覆っている。


 薬師寺健太は、閉店作業を終えた店内を一人で巡回していた。午後十一時二十三分。自動ドアはすでにロックされ、駐車場の照明も半分に落とされている。あと三十分もすれば日付が変わる。今日もまた、十六時間労働だ。


 健太は腰のホルダーからハンディターミナルを抜き、最終チェックを始めた。医薬品コーナーの棚を見ながら、声に出して確認する。


「……総合感冒薬、在庫七十二。解熱鎮痛剤パブロン系、五十八。胃腸薬は……三十四か。明日の発注、上げておかないと」


 指先が端末の画面を滑る。数字がスクロールし、青い光が健太の疲れた顔を照らす。


 三十八歳。独身。趣味は……昔は映画を観ることだったが、最後に映画館へ行ったのはいつだったか、もう思い出せない。


 店長に昇進してから六年。最初は嬉しかった。自分の裁量で店を動かせる。お客様の健康を守れる。やりがいのある仕事だと、本気で思っていた。


 今は違う。


 人手不足で補充されない欠員。本部から降りてくる無理なキャンペーンノルマ。理不尽なクレームを繰り返す常連客。そして、毎月のように変わる「効率化」という名の新システム。


 健太は医薬品棚の前で立ち止まり、ため息をついた。棚の上部に並ぶ「第一類医薬品」の表示が目に入る。これらは薬剤師がいないと販売できない。しかし、この店舗に常駐の薬剤師はいない。調剤室を併設していない店舗だからだ。登録販売者である健太が対応できるのは、第二類・第三類まで。


 ——俺は、何のために働いているんだろう。


 その問いが、最近やたらと頭をよぎる。


 日用品コーナーを抜け、化粧品売場へ。ここはビューティアドバイザーの田村さんが管理しているが、彼女は今日、有給を取っている。その分の売場チェックも健太の仕事だ。


 テスターが乱れている。口紅のキャップが外れたままだ。健太は黙ってそれを直し、ティッシュで汚れを拭き取った。


 ——明日の朝礼で言わないと。でも、田村さんは有給中だった。言っても意味がない。


 食品売場。冷蔵ケースの中で、サンドイッチやおにぎりが静かに並んでいる。消費期限のチェックは閉店前に済ませた。期限切れ間近の商品は値引きシールを貼って、それでも売れ残ったものは廃棄処理。毎日、数千円分の食品が捨てられていく。


 健太は冷蔵ケースの前で足を止めた。硝子に映る自分の顔。頬はこけ、目の下には濃い隈。白髪が増えた。三十八歳には見えない。四十代後半と言われても驚かない。


 ——いつからこんな顔になった。


 答えは分かっている。店長になってからだ。いや、もっと前かもしれない。この業界に入ってから、ずっとこうだったのかもしれない。


 ポケットの中で、スマートフォンが震えた。


 画面を見る。本部の田所エリアマネージャーからのメッセージだ。


『明日のミーティング、九時からに変更。売上報告書、事前に送っておいて』


 ——九時。


 今から帰って、シャワーを浴びて、少し眠って、また起きて……何時に寝られる? 四時間眠れればいい方だ。


 健太は返信を打った。


『承知しました』


 それだけ。それ以上の言葉は出てこない。


 レジカウンターに戻る。今日の売上を確認するため、POS端末を操作する。


 売上高、二百十四万三千円。客数、八百七十二人。客単価、二千四百五十六円。


 悪くない数字だ。しかし、本部が設定した目標には届いていない。あと三万円。たった三万円が足りない。


 健太は端末の前で、深くため息をついた。


 ——三万円。お客様が三人、一万円ずつ買ってくれれば達成だった。でも、そんな都合のいいことは起きない。


 釣銭の精算を始める。レジ三台分の現金を数え、伝票と照合し、金庫に収める。この作業だけで三十分はかかる。


 一枚、二枚、三枚……


 千円札を数える指先が、微かに震えていることに気づいた。


 ——疲れてるな。


 当たり前だ。今日だけで十六時間立ちっぱなし。昼食は五分でかきこんだカップ麺。夕食は食べていない。水分補給すら、気づいたらしていなかった。


 精算が終わり、金庫を閉める。


 あとは、最終巡回と施錠だけだ。


 健太は店内を歩き始めた。非常口の確認。防犯カメラの動作確認。空調の設定変更。一つひとつ、マニュアル通りにチェックしていく。


 医薬品コーナーを通りかかったとき、ふと足が止まった。


 棚の中央に、栄養ドリンクが並んでいる。茶色の瓶に入った、カフェインとタウリンを配合した滋養強壮剤。健太がこの三年間、毎日飲み続けているものだ。


 ——また、切れてるな。


 自分用のストックが、事務所の冷蔵庫から消えている。昨日の深夜に最後の一本を飲んだ。補充を忘れていた。


 健太は棚から一本を取り、ポケットに入れた。あとでレジを通せばいい。今は、とにかく一本飲みたかった。


 バックヤードへ向かう。蛍光灯の光が、廊下を白く染めている。事務所のドアを開け、小さな冷蔵庫を開ける。中には何もない。空っぽだ。


 ——そうだ。昨日、全部飲んだんだ。


 健太はポケットから栄養ドリンクを取り出し、キャップを開けた。


 一気に飲み干す。


 甘くて、苦い。舌の上に、人工的な味が広がる。胃に流れ込む液体が、身体を内側から温める——はずだった。


 ——あれ。


 視界が、ぐらりと揺れた。


 健太は壁に手をついた。めまいだ。立ちくらみかもしれない。水分が足りていないせいだろう。


 ——大丈夫。少し休めば治る。


 椅子に座ろうとした。しかし、足が動かない。膝から力が抜けていく。


 ——何だ、これ。


 胸が、締め付けられるように痛い。


 心臓。


 心臓が、おかしい。


 健太は胸を押さえた。鳩尾のあたりに、重い圧迫感がある。呼吸が浅くなる。冷や汗が背中を流れる。


 ——心筋梗塞……?


 登録販売者の知識が、皮肉にも自分の症状を分析する。胸痛。冷汗。呼吸困難。典型的な心臓発作の症状だ。


 ——救急車。呼ばないと。


 スマートフォンを取り出そうとした。しかし、指が動かない。視界が暗くなっていく。蛍光灯の光が、遠ざかっていく。


 ——俺は、死ぬのか。


 床に倒れ込む。冷たいリノリウムの感触が頬に伝わる。


 ——こんなところで。誰もいない店の、バックヤードで。一人で。


 意識が薄れていく中で、健太は不思議と恐怖を感じなかった。


 むしろ、安堵していた。


 ——やっと、休める。


 最後に見たのは、事務所の壁に貼られたポスターだった。「お客様の健康が第一です」と書かれた、会社のスローガン。


 ——俺の健康は、誰が守ってくれるんだ。


 その皮肉な思いを最後に、薬師寺健太の意識は闘に落ちた。


 最初に感じたのは、光だった。


 まぶたの裏を透かして、柔らかな光が差し込んでくる。蛍光灯の白い光ではない。もっと温かい、自然な光。


 ——死んだのか?


 健太は目を開けた。


 白い天井が見える。しかし、事務所の天井ではない。見慣れない模様。漆喰のような質感。


 身体を起こそうとした。背中の下に、硬い床の感触。しかし、リノリウムではない。もっと——木の板のような。


 ——ここは、どこだ。


 ゆっくりと上半身を起こす。周囲を見回す。


 見覚えのある光景だった。


 レジカウンター。商品棚。冷蔵ケース。医薬品コーナー。化粧品売場。


 自分の店だ。間違いない。


 しかし、何かがおかしい。


 窓の外だ。


 健太は立ち上がり、店の正面へ歩いた。自動ドアの前で足を止める。


 外には——駐車場がなかった。


 代わりに広がっているのは、草原だった。


 緑の草が風に揺れている。遠くに森が見える。空は澄んだ青色で、太陽が高い位置にある。


 ——何だ、これは。


 健太は自動ドアに手を当てた。ドアは動かない。電源が——


 いや、違う。


 店内を見回す。蛍光灯は点いている。冷蔵ケースも動いている。POSレジの画面も光っている。電源は生きている。


 もう一度、自動ドアを確認する。センサーに手をかざすと、ドアは静かに開いた。


 草の匂いが流れ込んでくる。


 土の匂い。花の匂い。そして——何か、嗅いだことのない匂い。薬草のような、香ばしいような。


 健太は一歩、外へ踏み出した。


 足元の草を踏みしめる。本物だ。夢ではない。


 ——俺は、どこにいる。


 振り返って、店舗を見上げる。


 見慣れた外観。ガラス張りの正面。青い看板。ロゴマーク。駐車場案内の標識。


 すべてがそのままだ。ただ、周囲の風景だけが違う。


 ——店ごと、どこかに飛ばされた……?


 馬鹿げている。そんなことがあるわけがない。


 しかし、現実は目の前にある。


 健太は深呼吸をした。落ち着け。状況を整理しろ。


 まず、自分の身体。


 胸を押さえる。痛みはない。呼吸も正常。心臓は——規則正しく動いている。


 ——心臓発作で倒れたはずだ。死んだと思った。でも、生きている。


 次に、店舗の状態。


 店内に戻り、各所を確認する。


 電源は正常。照明、空調、冷蔵設備、すべて稼働している。商品も——在庫もそのままだ。レジの中身も、さっき精算したままの状態。


 しかし、通信が切れている。


 事務所のパソコンを起動してみたが、インターネットには接続できない。本部のシステムにもアクセスできない。携帯電話も圏外だ。


 ——完全に孤立している。


 健太はカウンターに手をつき、考え込んだ。


 合理的に考えろ。


 選択肢は二つ。一つは、これが夢か幻覚であるという可能性。心臓発作で脳に酸素が行かなくなり、臨死体験のようなものを見ている。


 もう一つは——


 ——これが現実である可能性。


 どちらにせよ、今できることは限られている。


 健太は店内を歩き、商品棚を確認し始めた。


 医薬品。日用品。化粧品。食品。在庫リストを頭の中で組み立てる。


 解熱鎮痛剤、総合感冒薬、胃腸薬、外用消炎剤、消毒液、絆創膏——医薬品だけでも数百種類。食品は主にインスタント食品や菓子類、飲料。日用品はトイレットペーパーからシャンプーまで。


 ——当面は生き延びられる。


 その考えが浮かんだ瞬間、健太は自分の冷静さに驚いた。


 普通なら、パニックになるところだ。知らない場所に飛ばされ、通信手段もなく、助けも呼べない。恐怖で動けなくなっても不思議ではない。


 しかし、健太の心は奇妙なほど静かだった。


 ——どうせ一度、死んだようなものだ。


 そう思うと、失うものは何もないように感じた。


 むしろ、胸の奥に小さな高揚感すら湧いている。


 十六時間労働。終わらないノルマ。理不尽なクレーム。上からの圧力。下からの突き上げ。


 そのすべてから、解放された。


 ——俺は今、自由だ。


 その思いを噛みしめながら、健太は自動ドアの前に立った。


 外には、見知らぬ世界が広がっている。


 何があるのか分からない。危険かもしれない。しかし、確かめなければ始まらない。


 健太は一歩を踏み出し、草原へと歩き始めた。


 太陽は空高く、風は穏やかで、空気は澄んでいる。


 駐車場があるはずの場所には、背の低い草が生えている。その向こうに、小さな道らしきものが見える。


 健太はその道を目指して歩いた。


 五分ほど歩くと、道に出た。土を踏み固めただけの、舗装されていない道。馬車の轍らしき跡がある。


 ——中世か。いや、もしかして……。


 頭の中に、一つの可能性が浮かんだ。


 異世界。


 馬鹿げている。小説やゲームの中の話だ。現実にそんなことがあるわけがない。


 しかし、この光景を前にして、他にどんな説明ができる?


 道の先に、何かが見える。


 煙だ。


 細い煙が、数本立ち上っている。集落があるのかもしれない。


 健太は道を進んだ。


 十分ほど歩くと、村が見えてきた。


 藁葺き屋根の家々。石造りの塀。井戸のような構造物。畑らしき土地。


 そして——人の姿。


 健太は立ち止まった。


 村の入口に、数人の人影がある。こちらを見ている。警戒しているようだ。


 ——まずい。


 自分の格好を見下ろす。店の制服。ポロシャツにエプロン、黒いスラックス。この世界では、明らかに異質だ。


 しかし、逃げる理由もない。


 健太は両手を上げ、ゆっくりと近づいた。


「こんにちは。私は——」


 言葉が詰まった。


 村人たちの姿が、はっきりと見えたからだ。


 彼らは——ボロボロだった。


 衣服は擦り切れ、顔は土埃にまみれ、頬はこけている。目の下には濃い隈。肌は病的に青白い。


 そして、その目。


 希望を失った、虚ろな目。


 健太は胸を締め付けられるような感覚を覚えた。


 この人たちは、苦しんでいる。


 何に苦しんでいるのかは分からない。しかし、その苦しみは本物だ。


 一人の老人が、杖をついて前に出てきた。村長だろうか。


「おまえは……何者だ」


 言葉が通じる。日本語——いや、違う。彼は日本語を話していない。しかし、意味は分かる。


 ——翻訳されている?


 不思議だが、今は考えている場合ではない。


 健太は頭を下げた。


「私は、薬師寺健太と申します。あの——」


 店の方を指差そうとした。


 しかし、言葉は続かなかった。


 村長の後ろから、若い女性が駆け出してきたからだ。


 彼女は健太の前で膝をつき、すがりつくように言った。


「お願いします……! 子供を、子供を助けてください……!」


 その腕には、小さな子供が抱かれていた。


 五歳くらいの男の子。顔は赤く火照り、呼吸は荒く、意識がないようだ。


 ——高熱だ。


 健太の中で、スイッチが切り替わった。


 店長としての自分ではない。登録販売者としての自分が、前に出た。


「症状は? いつから?」


 女性は泣きながら答えた。


「三日前から熱が……下がらないんです……魔法薬を買うお金もなくて……」


「他の症状は? 咳、下痢、嘔吐は?」


「咳を……少し……」


 健太は子供の額に手を当てた。


 熱い。恐らく四十度近い。


「水分は取れていますか?」


「ほとんど……」


「分かりました」


 健太は立ち上がった。


 村人たちが、固唾を呑んで見守っている。


「私の店に来てください。薬があります」


 その言葉に、村人たちはざわめいた。


「店……?」


「薬……? おまえは魔法使いか?」


 健太は首を横に振った。


「魔法は使えません。でも、熱を下げる薬はあります。今すぐ来てください」


 女性は、必死の表情で頷いた。


 健太は踵を返し、来た道を戻り始めた。後ろで、複数の足音がついてくる。


 ——俺は今、何をしようとしている?


 自問する。答えは明確だった。


 目の前に、苦しんでいる人がいる。自分には、それを助ける手段がある。


 ならば、やるべきことは一つだ。


 草原を抜け、店舗が見えてきた。


 自動ドアが開く。蛍光灯の光が、外の世界を切り取る。


 後ろで、息を呑む声が聞こえた。


「なんだ……これは……」


「光っている……建物が光っている……」


 健太は振り返らず、店内に入った。


「こちらへ」


 医薬品コーナーに直行する。解熱鎮痛剤の棚。子供用のシロップ剤を手に取る。


 ——体重を聞かないと。用量が……。


「お子さんの体重は分かりますか?」


 女性は首を横に振る。そもそも、この世界に「キログラム」という単位があるのかも分からない。


 健太は目測で判断した。五歳児、平均的な体格。十五キロ前後と仮定する。


 シロップ剤のキャップを開け、付属の計量カップで量を測る。


「口を開けさせてください」


 女性が子供の顎を支える。健太は慎重にシロップを流し込んだ。


 子供が弱々しく咳き込む。しかし、薬は飲み込めたようだ。


「これで、三十分もすれば熱が下がり始めます。でも、それだけでは足りません」


 健太は冷蔵ケースへ移動し、スポーツドリンクを取り出した。


「脱水を起こしています。これを少しずつ飲ませてください。一度にたくさんではなく、スプーン一杯ずつ、何度も」


 女性は、震える手でペットボトルを受け取った。


「これは……何ですか……?」


「経口補水液……いえ、塩と水と砂糖を混ぜた飲み物です。身体に水分を吸収させやすくします」


 女性の目から、涙がこぼれ落ちた。


「ありがとうございます……ありがとうございます……」


 健太は首を横に振った。


「まだ礼を言うのは早いです。これから三十分、様子を見させてください」


 そう言いながら、健太は内心で別のことを考えていた。


 ——俺は今、何をした?


 解熱剤を投与した。経口補水液を与えた。どちらも、現代日本では当たり前の処置だ。


 しかし、この世界では——。


「魔法も使わずに……」


 村長が、信じられないという顔で呟いた。


「熱を下げるだと……?」


 健太は村長を見た。


「はい。これは薬です。魔法ではありません」


「薬……? しかし、魔法薬でなければ……」


「魔法は使っていません。これは——」


 どう説明すればいいのか。


 化学反応。解熱鎮痛成分。アセトアミノフェン。プロスタグランジン合成阻害。


 この世界の人々に、それが通じるとは思えない。


「——ただの薬です」


 それ以上の説明はできなかった。


 三十分が過ぎた。


 子供の額に手を当てる。


 熱が下がっている。まだ微熱は残っているが、先ほどの灼熱地獄のような高熱ではない。


「ああ……! 熱が……!」


 女性が歓喜の声を上げた。子供の瞼が、ゆっくりと開く。


「かあ……さん……?」


「よかった……よかった……!」


 女性は子供を抱きしめ、泣き崩れた。


 村人たちがざわめく。驚きと、困惑と、そして——かすかな希望。


 健太は静かに立ち上がった。


 村長が、深々と頭を下げた。


「……ありがとうございます。おまえさんが何者かは分からんが……子供を救ってくれたことに、心から感謝する」


「いえ」


 健太は周囲を見回した。


 村人たちの顔。疲弊した表情。病んだ肌。


 ——この子だけじゃない。


「村長さん。一つ、聞いてもいいですか」


「何だ」


「この村には、他にも病人がいますか?」


 村長の顔が曇った。


 その沈黙が、答えだった。


 健太は深呼吸をした。


 目の前に、やるべきことがある。


 見知らぬ世界。通信手段もなく、帰る方法も分からない。しかし、自分には——ドラッグストアがある。


「私は、薬師寺健太。ただの薬屋です」


 そう言って、健太は店の入口を示した。


「この店は、皆さんのために開けています。病気の方がいれば、いつでも来てください」


 村長が、言葉を失ったように健太を見つめる。


「……本当に、いいのか」


「はい」


 健太は、久しぶりに——本当に久しぶりに——心からの笑顔を浮かべた。


「お客様の健康が第一ですから」


 その言葉は、かつて空虚なスローガンでしかなかった。


 しかし今、この瞬間、健太は初めてその言葉の意味を理解した気がした。


 自動ドアが開き、異世界の風が店内に流れ込む。


 蛍光灯の光が、新しい世界を照らす。


 転生薬局。


 その名前は、まだない。しかし、物語は始まった。


 薬師寺健太、三十八歳。


 異世界ドラッグストア店長として、彼の第二の人生が今、幕を開けた。

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