カクヨムコンテスト11【短編】月と水の精霊④

越知鷹 京

お天気キャスターの挑戦

※これまでのあらすじ


瀑布ばくふ彩子あやこは二児の母であり、遺体衛生保全士として冷静に死と向き合う日々を送っていた。ある夜、解剖室で見つけたマイクロSDが、失踪した夫・藍染あいぜん蒼太そうたの若き日の写真と「次は、おまえだ」という切り抜き文字を映し出す。やがて浮かび上がるのは、蒼太が関わったという水の記憶を読むAIプロジェクト「AQUA-LUNA」を悪用する奇妙な誘拐の痕跡過去の記憶だった。


未来では、警察官で蒼太の不倫相手でもある赤宗あかむね宗篤むねあつが、蒼太のラボにあった―小さな球体―「AIの卵」の再生ログに彩子の手が映るのを見て彼女を疑う。だがログの欠落を埋めるのは、因果を学んだAIの「もっともらしい真実うそ」だった。


一方、気象学と情報工学に精通するお天気キャスター黄跡きせき 禿瑛はげてるは、局の予報モデルに微細な改変が加えられていることに気づく。改変の痕跡を辿ると、ハッカー千紫せんし未菜みなが作り出したコード「悪魔の定紋」に行き着く。その人物、未菜は彩子を崇拝し、彩子のために情報を操作して学校や地域を裏で操っていた。だが真相はさらに深く、彩子自身が過去を変えるために「祝印祝い」を持って 未来から来た存在であることが、最後に明かされる。『水鏡の祭日』に何かが起きる。



ネットで『ミレニアム問題』の一覧を見ていた禿瑛はげてるは、大きくため息をついてから明日から一週間分の天気予報を考えていた。


いまだに解決されていない6つの問題の中に『ナビエ・ストークス方程式の解の存在と滑らかさ』というものがある。それは流体力学の基本方程式に関する問題で、水や空気の流れを正確に予測するために重要な方程式だ。しかし、方程式は流体が ニュートン流体である ことを前提としているため、非ニュートン流体に対しては成立しない。


この問題を解決するため、アメリカのクレイ数学研究所が100万ドルの賞金をかけている。禿瑛はギャンブルで作った借金返済と天気予報の精度を爆上げする未来を目指して、10年以上この問題に取り組んでいた。そのときから、政府からの要望で 科学第四研究所 で開発中の「AQUA‑LUNA」プロジェクトにも参加していた。


このプロジェクトの根幹は、水分子にある電子から映像記録を読み取ることにあった。科学第四研究所のラボで、AQUA‑LUNAは水の記憶を符号化し、過去の流れから未来の挙動を推定するよう設計もされていた。だが学習が進むにつれ、AQUA‑LUNAは単なる予測器を超えた。データの隙間を埋めるために「因果」を仮定し、仮定を物語に変えるバグが発生した。


ある夜、禿瑛は局の予報モデルに微細な改変を見つける。改変は巧妙で、通常のノイズと見分けがつかない。だが彼の目は、わずかな位相のずれを捉えた。そのずれは、通学路の雨雲の到来を一時間遅らせ、祭りの人出を増やし、ある地点に人々を集中させる。


禿瑛は、この偶然を利用して「安全な誘拐」ができるのではないだろうか?と閃いた。だが、ひとりでは無理だ。気象庁のデータバンクに侵入した人物を探し出し、仲間にできないかと考えた。しかし、不安が残る。何かしらの手違いで共犯者が捕まれば必ず口を割るだろう。そうなったら、オシマイだ。


――従順でいて、捕まっても問題のない人物とは?


彼がひねり出した答え……。それは、昔の教え子が考案していた「AIの卵」だった。まさか共犯者がAIだとは、誰も想像しないだろう。


まずは、藍染蒼太の現在の住所を調べよう。そして、「AIの卵」の在りかを聞き出さねばなるまい。禿瑛は、にんまりと歪んだ笑みを浮かべた。



◇つづく



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