薬池高校文芸部の穏やかならざる日々

コクワガタ

第1話 序

 この物語が始まるより、しばらく前――。


 午後7時30分、薬池(くすいけ)駅。


 そこは市内の中心というべき駅だった。駅の周りには繁華街が広がる。平日の帰宅ラッシュの時間帯という事もあり、駅の中にはそれなりの人々が行きかっていた。


 サラリーマンがいて、大学生がいて、主婦がいて……様々な人が、様々な事情で交差する空間。


 そして。


 その人物は、改札をすり抜けた。




 といっても、切符をちょろまかしたわけではない。文字通り、すり抜けた。


 切符も何も入れず、ゲートに突っ込む。するとその人物は、ゲートをすり抜けて改札の向こうへ行くのだ。まるで幽霊が改札を通っているかのよう。


 そして、目の前で超常現象が起こっているにも関わらず、関心を払う人間はいなかった。誰も気付いていないのだ。


 そうなるだろう、という自信もその人物にはあった。自分がその気になれば、自分が見える人間などそうそういない。


 その人物は歩く。落ち着いた足取りだった。そのまま駅の出口へ。


 その人物は、駅から出た。


 まず目に飛び込んだのは、巨大なショッピングモールと、その周辺を行きかう人間の群れだった。駅前ならではの喧噪だった。


 しかし、ショッピングモールの向こうには、夜空に紛れて山が見えた。それなりの大きさの山が、黒い影を作っている。


 ここに来るまで、長かった。


 その人物は、心の中で呟いた。


 今までに色んな場所に行った。しかしどこに行く時でも、この地の事は常に頭の中にあった。


 最後の場所はここにする――そう決めていた。そしてその『最後』が、今から始まるのだ。


 その人物は周りを見回す。


 ほとんどの人間が、今は特に用のない有象無象だった。これも違う、あれも違う。


 ――しかし。


 その人物の視線が、止まった。


 目の前を、若い男3人組が通り過ぎた。そのうち2人はギターケースを持っていた。いわゆるバンドマンらしかった。


 彼らもまた、その人物には特に反応を示さなかった。その点では、周りの人間と変わりはなかった。


 しかし、その人物の方は違う。


 首を曲げ、その3人の背中を見届けた。3人は雑踏の中へ消えていく。


 今、その人物が用のある人間。その一角が、あの3人だった。


 それだけじゃない。


 ポツポツと――数は決して多くないが、しかし確実に。用のある人間達が見つかった。


 変に焦る必要はない。1人ずつじっくりと、用を済まそう。


 その人物はゆっくりと歩き出した。周りの人間達は気にも留めない。そのまま、その人物は街の中へと歩いていく。


 ――もうすぐ。


 もうすぐ、終わりが始まる。

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2026年1月19日 21:00
2026年1月20日 21:00
2026年1月21日 21:00

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