天気
壱原 一
むかし故郷の集落の山に天気を操れる神様が居ました。
神様は集落の山の崖の半ばから生えていました。
山腹に、高さ大人
大岩は丈が大人縦1人と半
この大岩と崖肌との上部の僅かな隙間から、白くぽってり柔らかく
神様は食み出した隙間から斜め上へと伸長し、うっとりと空を見上げる乙女の頭部を成していました。
大きさは丸切り人間です。
髪に相当する部分は、髪と呼ぶには細過ぎる白い繊維群が成していました。長く豊かで軽い
見た目に息や瞬きがあり、雨や音に反応しました。首や頭を意志ありげに動かすし、顔面も動くし、声を出しました。
総じてエノキやマッシュルームなぞの白い
神様は多分ひとりでには天気を操りませんでした。
神様は集落に長く続く特定の血筋の男衆に、髪を掴まれたり頬を張られたり頭を殴られたりした時に天気を操るようでした。
神様は男衆にそうされると、うっとりしていた乙女の顔を、鼻に皺を寄せ歯を剥いた
すると
*
神様の素になった乙女は、むかし集落の1人でした。
涼し気な目に寡黙な
子供は
嫡男は良く人を見る統率力に秀でた質で、乙女を
そこで嫡男は一計を案じ、気心が知れて口の堅い仲間達を見届けに、乙女を山へ連れ出して、無理に物にする事にしました。
強情者を
とは言え遣り込められる者がそれで良しとする筈もなく、乙女は激しく抗って嫡男を
嫡男が
乙女の切迫は無論の事、嫡男の気負いも
女に拒まれ逃げられたら、笑い者です。名が
何としても逃げたい、捕らえたい2人は速く、お高い女の陥落か、仰ぐ男の失墜かと、嗜虐心を
乙女が追い詰められたのが、神様が生えた崖の前です。
単身追い詰めた嫡男と荒れ狂う揉み合いになる中、乙女が全力で身を
乙女の涼し気な目もろとも顔の大半が潰れて、2度と天気を言い当てられなくなった音でした。
*
乙女は動きませんでした。嫡男は戦慄しました。
女に拒まれ逃げられた挙句、集落の宝を損なった。
背後からどやどやわらわらと仲間達の気配が近付きます。
一巻の終わり。
破滅です。
そのとき嫡男の目に跳び込んだのが、大岩と崖肌の間に開いていた細く真っ暗な亀裂です。
嫡男は即座に決断して乙女を亀裂へ引き摺りました。途端乙女が痛みに起きて、破れてびろびろする口から凄まじい絶叫を放ちました。
危機に瀕した鳥よろしくぎゃあぎゃあびゅいびゅい鳴きました。
嫡男は顔を引き攣らせ、焦りに
切実に乙女を呼びながら叫ぶ乙女を亀裂へ押し込み、異常を察した仲間達を早く来てくれと急かします。
駆け付けた仲間達を
皆で此処を塞いでくれ。
誰も鵜呑みにしませんでした。
予期にそぐわない形で、お高い女が陥落し、仰ぐ男が失墜した。けれど其れを指摘しても無益です。
それより失墜してもなお機転と気概を見せる嫡男が、万一の時は仲間達が“嫡男に騙された”と言い逃れできる道を残しつつ助けを乞うのに応える方が、よほど益と悦に満ちています。
仲間達はすっかり仰天し、慌てて嫡男に加勢しました。
痛みと恐れと
崖の前は静かになりました。遣り遂げて弾んだ息の群れが暫し呆然と佇んで、戸惑い気味の足音と共に集落へ帰って行きました。
良心から顔を背けて目を交わす濃密な
幾ら全員で尽力しても流石に大岩は動かせないし、大岩で塞いだ位で叫びまで密閉出来ません。
乙女が亀裂へ押し込まれて間も無く、当の亀裂の内部では、騒ぎと血の臭いに引かれ、亀裂の暗闇に通じる
えーいしょ、おいしょお、えーいしょ、おいしょおと大岩が押される裏側で、のんびり乙女を取り込みつつ、大岩の裏へへばり付き、玄関の戸を閉めるように、ゆるゆる引っ張っていたのです。
崖の前が無人になった後も、白い物の伸長は止まらず、数日を掛けて満々と亀裂内を満たしました。
大岩と崖肌との上部の僅かな隙間から、ぷっくりと溢れ出して、
*
好奇心に堪え兼ねた1人が様子を見に来て神様を見付け、嫡男達に知らせました。
全員が隠れて集まって、崖へ来て神様を目の当たりにし、嫡男が
その時は偶然と片付けられた不思議な天気の変更が、後の長い荒天に際し嫡男の脳裏へ想起され、
嫡男が繰り返し山へ
神様の居所を知っていて、神様にお会い出来るのは、許嫁だった嫡男だけ。
長の家は益々発展し、嫡男は新しい良縁に恵まれました。孫の顔まで見た晩年に、前触れ無くかっぱりと口が裂けた神様に、のんびり取り込まれて消えました。
嫡男は家族を思い遣って、神様の居所や天気を操ってもらう方法を頑なに伏せていたので、家族は帰らぬ嫡男への憂い悲しみも
そこを救ってくれたのが、気心が知れて口の堅い、嫡男の仲間達です。
嫡男の重用を経て、今や集落の有力者となった仲間達は、嫡男が神様とお会いするとき送り出す役目を担っていて、その実いつも崖下まで嫡男に付き添っていました。
仲間達は次代の嫡男を呼び出すと、先代の嫡男が神様に召され2度と戻らないと知らせました。
有事を見越して
以降、神様は
そうして先頃、ぽとっと落ち、元の白い物と同じ様に、際限無くひっそり伸長し、首から下を形作り、のろりのろりと立ち上がり、山の
もう神様で無くなって、うっとりと空を見上げていたら、こんな狭く暗い所へ押し込まれ、掴まれ、張られ、殴られて、手足を絡めてしがみ付き、やば乗り気じゃんと笑われた後、うわ何お前これ、口が、と、問われたので答えている所です。
良いお天気になりましたね。
むかし故郷の集落の山に居た天気を操れる神様でした。
私の話は終わりです。
終.
天気 壱原 一 @Hajime1HARA
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