ありったけの花束を

山田小夜

第1話

黒鉄あお(くろがねあお)の1日は幼なじみの妹、藤田あかり(ふじたあかり)へモーニングコールをする事から始まる。目が覚めて時間を確認するとあかりに電話をかける。

プルルルルル…プルルルルル…


「おはよお…お兄ちゃん。」

あかりの寝ぼけ声と共にガサガサとノイズが聞こえる。


「おはようあかり。電話切っても2度寝せんとちゃんと起きるんやで。」


「わかってるよぉ…、お兄ちゃんも仕事頑張ってね。」


「ありがとう。俺ももう起きるから切るで。」


「うん、ありがとう。」

通話ボタンを切ると、あおはベッドから出て仕事の準備に取りかかった。

少しすると、あかりからチャットが届いていた。

あおはあかりからのチャットだと気づくとすぐに確認する。


【今日お兄ちゃん夜時間ある?ちょっと相談したいことある】


「………」

あおは、この文面を何度みてきた。

嫌な予感しかしない。


【ええよ。今日仕事18時に終わるからそれ以降ならあかりに合わせるで】


返信を打ちながら溜息が漏れる。

すぐにあかりから返信がきた。


【お兄ちゃんいつもありがとう🥺じゃあ18時30分にいつもの居酒屋予約しておくね!】


「お兄ちゃん、ねぇ…」

あおはスタンプを送信するとスマホをベッドに放り投げた。

____

_________


時間は18時15分。

あおは約束の居酒屋の前にいた。

18時20分、遠くからあかりがこちらに大きく手を振って走ってきた。

あおは小さく手を振り返す。

「おまたせ〜!さ、中入ろ?」

個室に通され二人でメニュー表を眺める。


「お兄ちゃんまず生だよね?私は何飲もうかな〜?」


「いつも悩んでるけど結局最初ウーロンハイ頼むやろ?」


「え〜?さすがお兄ちゃん、じゃあ生ひとつとウーロンハイひとつください!」

店員に注文をとってほどなくするとドリンクがきた。


「じゃあまずは今日1日お疲れ様でした!」

2人は乾杯し一息つく。


「そういや、」

頼んだものを箸で突っつきながらあおが口を開く。


「今日相談ある言うてたやん。…何や、また恋の話?」


あおの言葉にあかりは口を尖らせる。

「……はい。どうせ"また"恋の話ですよ〜」

手に持っているグラスを傾け氷を転がし、

1度、視線を落とした。


「………彼氏と、別れた」

「失礼しまーす!こちら揚げダコですね〜!ごゆっくりどうぞ〜!」

店員が元気な声で注文していた揚げダコを置いていった。

あおはそれをテーブルの真ん中に置き直し取り皿を手に取った。


「ほら、あかりの好きな揚げダコさんやで。熱いうちにお食べ」

取り皿に揚げダコを数個取ってあかりの目の前に置いた。


「うん…」

あかりは揚げダコに箸を伸ばして、

1つ取って、少し冷ましてから口に入れた。

「……私さ」


「…浮気されてた」

あかりの声が徐々に小さくなっていく。


あおは箸を持ったまま、少しだけ手を止める。

「………そうか」


あかりは何も言わず、グラスの縁を指でなぞる。

「……しかもさ」


「私、ずっと二番目だった」


「彼女いるの、知らないで付き合ってて」


「知らない間に、私が…浮気相手になってた」


あおは目を伏せる。

「…あかり」


あかりがぱっと顔を上げる。

「ごめん!空気重くなっちゃったね!」

あかりはグラスを持ち上げた。

「今日は飲も飲も〜!」


グラスの残りをグイッと飲み干した。

「次何飲んじゃおっかな〜?梅酒いこうかな!」

あかりはメニュー表を開き次のドリンクを決めた。

「今日は俺が奢るから好きなの頼んでな」

「ほんと?じゃあお兄ちゃんに甘えちゃおっかな〜」

少しおどけて笑いメニューをパラパラとめくる。


____________


二人でくだらない話をして夜も更けていった。


「お前なぁ…、女でそれ頼むの初めて見たぞ…」


「えー?せっかくお兄ちゃんの奢りだから普段食べないの食べようと思ってさー」

あかりの目の前には、マグロの兜焼きがドンと置かれている。

それをちみちみと箸で突ついて食べている。


「お兄ちゃんも食べなよ!」

自分の兜焼きをあおの方に押しやる。


「俺は…ええよ、それより…あかり飲みすぎやぞ。帰り送るからそろそろ帰るで」


あかりはもう目が据わっている。

「…えー、いやや」


「いややー!まだ飲むんやもん!」

グラスを持ったまま身を乗り出す。


「お兄ちゃんと飲むとさぁ、楽しいねん!」

言いながら、へらっと笑う。


「飲みすぎやあかり」


「飲みすぎやないよ!ほらっ!」

グラスを持ち上げ胸を張る。


「グラス落とすで」


「あと、誰の喋り方移ってんねん。普段そんなん言わんやろ」

あおは一瞬、昔を思い出す。

眠たそうに隣を歩いていた帰り道。

あのときも、同じ喋り方をしていた。


「え〜?」

「そんなん知らんし〜」

そう言った直後、あかりは少しだけ身体を揺らした。


「あれ?」

自分でも驚いたみたいに、足元を見る。


あおは無言で立ち上がり、

あかりのグラスをそっと取り上げた。


「今日はここまでや」


反論しようと口を開いたあかりは、

そのまま小さく息を吐く。


「……うん」


あおがレジに向かう間。

あかりは席でじっと待っていた。

さっきまでの勢いは、もうない。


店を出ると、夜風が頬に当たる。


「さむ…」

あかりは無意識にあおの腕を掴む。


歩いてるうちに、あかりの足取りが更に遅くなる。


「あかり」



「…………ん〜?」


半拍遅れて、気の抜けた声。


あおは横をみる。

あかりは目を細めたまま、ぼんやり前をみていた。


「眠いんか?」


「…………ちょっとだけ」


夜道は静かで、あかりの体重が少しだけ腕にかかる。

掴まれたままの腕を、あおは外さなかった。

あかりの指先がぎゅっと力が入ったあと、緩んだ。

寝かけている、と分かる。


「……もうすぐ家着くで」


返事はない。

けど、腕は離れなかった。


このまま家に着いてしまうんやろな、と思う。






玄関先の灯りが見えて、あおは足を緩めた。

このまま声をかけずに歩いてしまいたい気がしてしまう。


「あかり、家着いたで」


あかりはゆっくり顔をあげて、状況を飲み込むまで1拍かかる。


「ん……もう?」

あかりはもぞもぞと身動ぎ、鍵を取り出した。


「…あれぇ…?」

指先が上手く動かない。


あおはひと息ついて、あかりの肩を支え直す。


「無理すんな。ほら」

あおは鍵を受け取り、ドアを開ける。


玄関に入った瞬間、あかりの力が一気に抜ける。


「ねむい…」


「そうやろうな」


あおはあかりの靴を脱がせ、身体を支えたまま部屋の中へと入る。


あかりをソファーに座らせて水を飲ませようとあかりから離れようとすると、あかりの手に力がはいる。


「ちょ、あかり…」


腕を離そうとすると、あおの手にぎゅっと指が絡む。


「んー……」


返事になってない声。

目は半分以上閉じかけている。


「あかり」

小さく名前を呼ぶ。


「1回水飲も」

掴まれた手に、一瞬視線を落として

「1回、離して」


あかりは一瞬眉をひそめたが、

抵抗する力はない。


「………ん」

名残惜しそうに、指がそっとほどける。


あおはキッチンに向かい、水を持ってくる。

コップをもって戻ると、あかりがソファーにもたれたまま目を閉じている。


「おい、寝るな」

そう言いながら、コップを差し出す。



「ん、………ありがと」

あかりはコップを両手でうけとり

ゆっくり水を口に含む。


コップを持ったまま、あかりは視線を宙に泳がす。ひと口飲んだきり動かない。


「ねぇ……」

小さく、独り言みたいに

「お兄ちゃんが、彼氏だったら良かったのに」





「…それ」


「俺が、1番言われたくないやつや」


「俺兄貴ちゃうぞ」


あおはそう言って立ち上がる。


「…………今日はもう帰るわ」


「……え?」

立ち上がったあおを見て、遅れて事態を理解する。


「ま、待ってよ……ごめん、怒らせた?」

慌てて立ち上がって、袖を掴む。


「ごめんね……私、変なこと言った…」


あおは振り向かずに

「………謝らんでええよ」


「分かってへんのに、謝られんのが1番キツい」


それでもあかりの手を振り払う事はできない。


「俺はな、お前の兄貴役やってるつもりで傍におったわけちゃうで」


「……え?」

あかりの裾を掴む力が強くなる。


「じゃあ、…なんでいつも、傍にいてくれたの?」


あおは黙ったまま答えない。


「私…さ、」


「"お兄ちゃん"って呼んでたけど」

あかりは目線を落とす。


「それ…さ、安心する場所の名前だったんだ」

最後の方だけ、声が少しだけ揺れる。


「一緒にいる時、楽で」

「嫌われないって思えて」

「でも…」


「それだけだったら、あんなこと…言わなかったよ」


「だから…」


「行かないでよ」

袖を掴んでいた手が、今度はしっかりと掴む。


「さっきのは、冗談じゃないよ」


「私、男の人に選ばれたかった訳じゃない…」


「必要って、言われたかっただけ」


「それ、……ずっとあおがくれてたんだね」


あおは1度、息を吐く。

短く笑うけど、余裕がない。


「………そんな顔されたら」


「反則やろ」


あおは袖を掴んでた手を握る。


「いまさらって思わんのか」

「幼なじみやで」




「俺は、戻られへんけど」


あかりは少し目を伏せて、

しかし、目線は逸らさない。


「戻らなくていいよ」


「私も、もうお兄ちゃんに戻す気はないから」






「……酔って言ってへんよな」

あおは少し不安になる。


「酔ってるけど」


「本気だよ」

あかりは真っ直ぐあおを見つめる。


「ほな」


「1回だけ言うで」

小さく息を吸って、


「俺は、ずっとあかりのこと好きやった」


「これからは、あかりのお兄ちゃんとしてやなくて、彼氏として傍にいさせて欲しい」

あかりの手を握る力が少し、強くなる。


「あお…、」


「私もあおのことが好き。これからもずっと傍にいて欲しい」


「これからは、私の"彼氏"として」


あかりの口から、自分へ彼氏という単語が出てくるのが慣れずに、なんだかくすぐったくなる。


「……ほんまに言うたな?」

冗談みたいに言うけど、声は少し低い。


「途中で、お兄ちゃんに戻るとか、なしやで」


あかりが頷くよりも先に、

あおが一歩近づく。


額に、そっと自分の額を触れさせて。


「ほな、改めて」


小さく笑って。


「俺の彼女さん。大事にするで」


そう言うと。あかりを胸に引き寄せた。

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