凍土の召喚術師はコタツの夢を見るか?――氷点下四十度の虚無から始まる領地改革
@orangeore2025
第一章 極寒の地と、場違いな来客
吹き荒ぶ雪の礫が、粗末な石造りの砦を容赦なく叩いている。ここは異世界ベルガスト連邦の最北端、一年中が冬に支配された絶望の地「ニヴルヘイル」である。この地の領主を務めるのは、王都の派閥争いに敗れ、文字通り「お払い箱」として流されてきた若き魔術師、アルフレッド・ゼノ・ヴァレンタインであった。彼は今、膝まで雪に埋まりながら、絶叫していた。
「寒い! 寒すぎるだろうが! なんだこの気温は! まつ毛が凍ってまばたきするたびにシャリシャリ音がするんだよ! 魔法で火を熾そうにも、魔力が空気中の冷気に食われてボヤにしかならないってどういうことだ!」
アルフレッドが真っ赤な鼻を啜りながら杖を振ると、小さな火花が散り、そのまま虚しく鎮火した。この地では通常の火炎魔術は通用しない。あまりの寒さに、物理法則すらも「今日は休みます」と匙を投げているかのようだった。
そんな絶望的な状況の中、砦の重い扉が軋んだ音を立てて開いた。現れたのは、全身を銀色の毛皮で包んだ、この地の先住民である氷狼族の少女、シルヴィだった。彼女は極寒の中でも薄着で、あろうことか氷の粒をポリポリと齧りながら、無表情にアルフレッドを見下ろした。
「領主様、騒がしい。雪崩が起きる。……あと、その火遊びは無駄。ここでは熱は贅沢品。命を削る行為」
「火遊びだと!? これは由緒正しき宮廷魔術の第一階位だぞ! シルヴィ、君たちはどうしてそんなに平然としていられるんだ。体温という概念を母親のお腹の中に忘れてきたのか?」
「私たちは、心臓に『氷晶核』がある。熱は外から得るものではなく、内側から捨てるもの。……ところで、今日の食事はどうする。備蓄の干し肉は、先ほどカチコチに凍って鈍器になった。釘が打てる」
シルヴィが差し出したのは、もはや食べ物というよりは黒光りする鉱石に近い物体だった。アルフレッドはそれを受け取り、絶望に打ち震えた。このままでは凍死する前に、食事という名の打撃によって歯が全滅する。彼は決意した。この極寒の地を、意地でも「文明の温もり」で染め上げてやると。
第二章 禁忌の召喚、それは四角い悪魔
アルフレッドは砦の地下室に魔法陣を描いていた。通常、召喚術とは強力な魔獣や精霊を呼び出すためのものだが、彼が試みようとしているのは「異世界の概念」の引き出しである。かつて禁書で読んだ、失われた異世界の知識――そこに記されていた「究極の暖房器具」をこの世界に顕現させようというのだ。
「出でよ! 四本の脚を持ち、布を被り、その内部に不可視の熱源を秘めし、怠惰の象徴! その名は『コ・タ・ツ』!」
魔法陣が眩い黄金色の光を放ち、空間が歪む。爆発的な衝撃波と共に、部屋の中央に鎮座したのは、木製の簡素なテーブルと、分厚い掛け布団が組み合わさった奇妙な家具だった。
シルヴィが警戒露わに槍を構える。
「……なんだ、あの魔獣は。動かない。死んでいるのか? それとも、獲物を油断させて吸い込むタイプか?」
「違う、シルヴィ。これは人類が到達した一つの到達点だ。まあ見ていろ」
アルフレッドは震える手で、召喚の際に付与した「魔力変換式ヒーター」を起動させた。するとどうだろう。コタツの内部から、陽だまりのような、優しく、それでいて暴力的なまでの多幸感を伴う熱気が漏れ出してきたではないか。
二人は吸い寄せられるように、その掛け布団の下に足を滑り込ませた。
「……っ!? な、なんだこれは……。足先から、魂が溶けていくような感覚がする。シルヴィ、聞こえるか。私の細胞が一つ残らず歓喜の声を上げているぞ」
「……信じられない。この熱、凶悪。抗えない。膝から下が、別の多幸空間に接続されたみたい。……領主様、これ、一度入ったら二度と出られない呪具」
「ああ、その通りだ。これこそが、王国を滅ぼしかねない禁断の魔導兵器『コタツ』だ。見てみろ、窓の外であんなに猛吹雪が荒れ狂っているというのに、今の私は、あの雪の中で全裸でダンスを踊れと言われても『まあ、コタツがあるならいいか』と許せてしまう。この心の余裕こそが文明だ」
二人は、もはや会話をすることすら億劫になり、ただひたすらに、四角い宇宙の中で溶け合っていった。
第三章 ミカン枯渇問題と、氷の騎士団の襲来
コタツの導入により、ニヴルヘイルの生活は劇的に変化した。アルフレッドは領民全員に小型コタツを配布し、今やこの地は「世界で最も動かない領民が住む場所」として知られるようになっていた。しかし、ここで新たな問題が発生する。コタツのお供として召喚した「ミカン」が、あまりの消費スピードに底を突いたのだ。
「シルヴィ、報告してくれ。現在のミカン備蓄量は?」
アルフレッドはコタツから上半身だけを出し、深刻な顔で尋ねた。シルヴィは、皮を剥く動作をエアーで行いながら、力なく首を振った。
「全滅。最後の一つは、昨日、三点リーダーのような顔をした老人が食べてしまった。……領主様、領内に不穏な空気が流れている。ミカンのないコタツは、ただの重いテーブル。暴動が起きる」
「くそっ、ミカン農家を異世界から丸ごと召喚する魔力は残っていない……。だが、悩んでいる暇はなさそうだ。客人のお出ましだぞ」
砦の外では、重厚な鎧に身を包んだ騎士たちが、雪を蹴立てて整列していた。王都から派遣された「氷焔騎士団」である。彼らは、アルフレッドが禁忌の術を使い、領民を洗脳して働かなくさせているという噂を聞きつけ、討伐にやってきたのだ。
「反逆者アルフレッド! 貴公が手を出した邪悪な魔導具を破壊し、この地を王国の管理下に戻す! ……む、なんだその情けない格好は!」
騎士団長ガレオスが、砦の入り口まで引きずり出されたコタツを見て、大声で笑った。アルフレッドとシルヴィは、コタツに入ったまま、領民数人に運ばせて玄関先まで移動してきたのである。
「ガレオス団長、まあ落ち着け。そんなに怒鳴ると喉が乾燥するぞ。ほら、ここに入ってみろ。この中には、君が追い求めていた『世界の真理』がある」
「ふん、たぶらかされるものか! 我が鋼の精神、この極寒の地で鍛え上げられた……ふ、踏み込んで……あ、暖かい……?」
ガレオスが、挑発に乗る形でコタツの縁に足をかけた瞬間、彼の表情から全ての戦意が消滅した。重厚な兜の隙間から、これまで聞いたこともないような、だらしない吐息が漏れる。
「……ほう、これが、悪の力……。いや、これは、聖域……? 母上、私は今、雲の上を歩いています……」
数分後、そこには、銀色の鎧を脱ぎ捨て、コタツの周りに仲良く並んで「ミカンがないなら、代わりに干し肉を炙ればいいじゃない」と語り合う騎士たちの姿があった。
第四章 冬将軍の怒りと、究極の温熱魔法
しかし、平和な時間は長くは続かなかった。ニヴルヘイルの平穏を乱すコタツの熱気に、ついにこの地の主である「大精霊・冬将軍」が激怒したのである。空が急激に暗転し、巨大な氷の巨像が砦の前に出現した。
「我ハ冬……我ハ静寂……。熱ヲ生ム不届キ千万ナ四角イ布……、滅ボスベシ……!」
冬将軍が腕を振り上げると、絶対零度の冷気が砦を包み込もうとした。コタツの魔力ヒーターも、その圧倒的な寒波の前に出力を低下させていく。
「マズイ、コタツが冷えていく! このままでは、ただの『少し湿ったテーブル』に成り下がってしまうぞ! シルヴィ、ガレオス、出力を最大にするんだ!」
「無理、領主様! 魔力が足りない! 冬将軍の冷気、コタツの概念そのものを凍らせようとしている!」
アルフレッドは立ち上がった。いや、正確にはコタツから出ようとしたが、あまりの寒さに再び下半身を突っ込んだ。彼は、そのままの姿勢で空中に魔法文字を刻み始めた。
「ならば、これを使うしかない! 全領民の『コタツから出たくないという執念』をエネルギーに変換する! 極大魔導――『永劫なる二度寝(エターナル・スヌーズ)』!」
それは、世界中の怠惰を集約し、熱量へと昇華させる禁断の術だった。砦中の領民、そして騎士団員たちから、ドロドロとした黒い欲望のような魔力が溢れ出し、アルフレッドの杖に集まっていく。
「食らえ、冬将軍! これが、日曜日の朝に布団から出られない人間の、絶望と快楽の結晶だ!」
放たれたのは、炎でも光でもない。ピンク色の、どろりとした「ぬくもり」の奔流だった。それは冬将軍の氷の体を包み込み、その芯までをじわじわと温めていく。
「……ヌゥ!? コ、レハ……。我、何万年モ……凍エテイタノカ……? 温カイ……。戦ウノ、面倒……。眠イ……。我、今日ハ、寝ル……」
大精霊は、その巨大な体を丸めると、砦の庭に巨大なコタツ(の幻影)を作り出し、そのまま深い眠りについてしまった。同時に、空からは雪ではなく、なぜかほんのりと温かい綿飴のようなものが降り注いだ。
第五章 春の来ない冬の楽園
冬将軍がコタツの虜になってから、一ヶ月が経過した。ニヴルヘイルは相変わらずの雪国だったが、もはやそこは「呪われた地」ではなかった。冬将軍が眠りながら放つ「ぬくぬくとした微弱な魔力」により、領内は常に「絶妙にコタツが気持ちいい気温」に保たれるようになったからだ。
アルフレッドは、新しく建設された「大コタツ宮殿」の最奥で、贅沢な生活を送っていた。
「領主様、王都から親書が届いた。……『貴公の領地で開発された、人を廃人にする魔導具を国営化したい。至急、十万台送れ』とのこと」
シルヴィが、ミカンの皮を剥きながら無表情に告げる。彼女の剥くスピードは、今や音速を超えていた。
「ふん、断れ。これは我が領地の独占技術だ。欲しければ、この極寒の地まで這って来いと言ってやれ。……まあ、来た瞬間に彼らもコタツの魔力の前に膝を突くだろうがな」
アルフレッドは、ガレオス(今は領地の警備主任として、コタツから出ずに剣の素振りをしている)とミカンを分け合いながら、窓の外を眺めた。
外では領民たちが、移動式コタツに乗って荷物を運び、子供たちは雪だるまの中に小型ヒーターを仕込んで遊んでいる。冬を克服するのではなく、冬に甘える道を選んだ彼らに、もはや恐れるものなどなかった。
「……ああ、幸せだ。世界が滅びようと、魔王が復活しようと、このコタツの中だけは安全だ。シルヴィ、次は『自動ミカン皮剥き機』の召喚に挑戦しようと思うんだが、どう思う?」
「……領主様、それより先に、コタツの中でトイレを済ませる魔法を開発して。それができれば、人類は真の神になれる」
「それは人として終わりな気がするが……検討しておこう」
ニヴルヘイルの冬は終わらない。しかし、そこには世界で最も熱く、そして世界で最もだらしない、至福の時間が流れていた。アルフレッドは深い溜息をつき、ずるずるとコタツの奥深くへと潜り込んでいった。
――異世界最強の術師は、今日もしあわせな廃人である。
凍土の召喚術師はコタツの夢を見るか?――氷点下四十度の虚無から始まる領地改革 @orangeore2025
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます