【神楽坂】ゴシック・フォックス調査譚シリーズ 【追跡、こだま317号】

石田ヨネ

第一章 東京駅、異界からの、謎のアベック

1 古風に言いかえれば【アベック】


 

 気候感度にかんする最近の研究のなかには、権威ある範囲を超える上昇を示すものもある。気候学者のスティーブン・シュナイダーはこう言う。「IPCCの気候アセスメントによる気候感度の見積もりは、ここ二〇年ほど比較的安定して一・五~四・五℃だが、現実には研究が進むにつれて不確かさの要素が増している!」。この不確かさの大きさが、気候システムのモデル作りを難しくしている。生物学的システムには複雑な調節ループが組み込まれており、それがモデル化を難しくしているように、気候システムはフィードバック・ループでできており、単純なパラメータ化では太刀打ちできないのである。


**『明日をどこまで計算できるか 「予測する科学」の歴史と可能性』(デイヴィッド・オレル)より





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 冬――

 東京は、丸の内のこと。

 赤レンガの、東京駅の駅舎。

 豪華かつ、清廉された美しさを誇る駅舎は、まさに、日本国家を代表する駅として相応しい。

 そんな駅舎に、


 ――カツ……、カツ……


 との靴音とともに、ふたりの男女が――、古風に言いかえれば、【アベック】が現れた。

 北欧系なのか分からぬが、30代から40代くらいに見える、まるでメルヘンの世界から出てきたような、ハンサムな白人の男。

 ブロンドヘアには、ウシャンカ帽――、いわゆるコサックやロシア帽として知られる寒冷地用の帽子を被っていた。

 ただ、そのコサック帽だが、一般にイメージされる黒や茶色などの地味なものとは、少し異なる。

 まるで、かつての北欧メルヘンの絵本作家、【カイニール・セン】の作品のような、手の込んだ文様の、カラフルなロシア帽。

 彼の着るコートのほうも、白を基調としながらも、同じような文様や装飾に彩られていた。

 

 いっぽう、女のほうはというと、カラフルな男とは打って変わり、ほぼ黒一色と、まさに黒づくめである。

 黒の帽子は、白い羽と金糸で装飾されており、身にまとう黒のコートも、シックかつ高級感が漂う。

 まるで、帝政ロシア時代の絵画、【イワン・クラムスコイ】の作品、【見知らぬ女】とでもいうべきか――?

 ややミステリアス、かつ、すこし高慢そうながらも、気高くも静かな佇まいをしていた。


「……」


 と、ジッ……と静かに、北欧メルヘン風の男が駅舎を眺めた。

 そう思いきや、

「いやぁ~、これが、東京駅かぁ~……、立派だねぇ~♪」

 と、男は陽気というか、少しヘラヘラした様子で言った。

「ええ。そう、ですね」

 女が、ロシア帽の男とは対照的に、あまり変わらない冷たい表情で答える。

 すると、

「アレ、かい? せっかくだから、いっしょに写真でも、撮ってくかい?」

 男が、ヘラヘラと聞いた。

「……」

 だが、女は答えない。

「……ん? 僕と写真は、嫌かなぁ……?」

 ヘラヘラしながらも、バツの悪そうに聞くと、

「はぁ……、大佐、写真って、私たちの目的は、旅行に来たわけではありませんよ」

 と、黒づくめの女は、ため息まじりに返してきた。

 しかも、【大佐】ときた。


「え~? いいじゃ~ん、少しくらい~」

 大佐と呼ばれた男が、言う。

 大佐との肩書に似合わず、少しチャラい様子くもある。

「それに、アレだよ? 優秀な諜報員や工作員ってのは、ときに、旅行客にもなりきらなきゃ、って」

「あの、堂々と、諜報員、工作員って言ってますが……」

「まあ、いいじゃないか。小っちゃいことは気にしないって、日本の芸人も、そう言ってたじゃないか」

「いや、まあまあ、古いネタじゃないですか……」

 と、ふたりは話しながらも、駅の中へと入って行った。


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