守り抜いたヒロインたちが病んでいく件について

天宮しろ

00.プロローグ

 大切な妹を守りたかった。

 それが俺の原風景であり、すべての始まりだった。


 前世の記憶――血の繋がった、たった一人の妹。

 俺にとって世界の中心で、失ってはいけない未来だったが、俺は守りきることができなかった。


 その後悔は死の間際まで消えることなく、魂に焼き付いている。

 死んでもなお、消えない。


 今度こそ目の前の命を失わない。

 その誓いを乗せて剣を振るう。


「なんだこのガキは!?」


 森に響く怒声。

 直後に聞こえたのは肉が斬れる音、喉が潰れる湿った悲鳴。剣を振るった感触がはっきりと手に残る。重い。生々しい。


「親分がやられた!?信じられねえ、人間の動きじゃねぇ!」

「笑ってやがる――あ、悪魔だ。こいつは悪魔だ!」


 視界に映るのは逃げ惑う賊たちと、もう動かない死体。

 血と土と鉄の匂いが混じり合い、生臭い空気が鼻を突く。木漏れ日が血だまりを照らし、赤黒く光る。


 そりゃあ笑みの一つも浮かぶだろう。

 お前らみたいなゴミを掃除しているんだから。


 まして――俺の目の前で人質を取るなんて愚行に出た連中だ。

 俺の過去を逆撫でするには十分すぎた。前世のトラウマが、怒りとなって全身を駆け巡る。


「ほんと、お前らテンプレみたいなことしか言わないんだな」


 剣に魔力を込める。

 空気が震え、刃が淡く青白く光る。魔力が刀身を包み、切れ味を何倍にも高めていく。


 振るった一閃――

 一番遠くまで逃げていた賊の首が遅れて宙を舞った。血飛沫が弧を描く。


「……なんなんだお前はよぉぉぉ!!」


 恐慌状態に陥った男が斧を振り上げ、絶叫しながら突っ込んでくる。

 だが振り降ろされる前に――胴は二つに分かれた。上半身と下半身が、別々の方向に倒れる。


「冷静さを失った時点で終わりだ。どのみち結果は同じだけどな」


 魔力の斬撃を放つ。

 空気を裂く刃が残りの賊をまとめて薙ぎ払う。

 悲鳴が途切れ、森に静寂が戻った。


 剣を下ろし俺は一人の少女へと視線を向ける。


 賊に人質にされていた子だ。

 荷馬車の脇に座り込んで、感情の抜け落ちた瞳で血に染まった地面を見つめている。状況を理解できていないのか、ただぼんやりと。


 返り血を浴びた俺の姿はどう見ても殺人鬼以外の何者でもない。

 怖がらせないよう、少し距離を取って声をかける。


「あー、怪我はないか?怖かったよな、ごめん」


 少女の視線がゆっくりと俺に向く。

 桜色の髪が風に揺れる。小さな体が震えている。しばらく見つめ合い――やがて小さく口を開いた。


「……助けて……くれたの?」


 掠れた、か細い声。


「そうだ。もう大丈夫。悪いやつはいなくなった」


「……っく……あ、あああ………」


 その瞬間、張り詰めていた何かが切れたのだろう。

 堰を切ったように泣き出す少女。子供らしい、声を上げての慟哭が森に響く。


 俺は無事一つの命を助けられたことに安堵しつつ、泣き止むのを静かに待った。


「ええと、どこか行くアテはあるか?親は?」


 首を横に振る少女。

 唇を噛みしめて、涙の跡が残る頬を俯かせる。


 ――そうか。


 どうしたものかと考え、家に連れて帰ることにした。

 このまま放っておくわけにはいかない。



 俺が彼女を連れて戻ったとき、この世界での我が家――ディーノ男爵家は騒然となった。


 血にまみれた14歳の俺と、震える少女。

 事情を聞くまでもなくただ事ではないと分かったのだろう。使用人たちが慌ただしく動き回る。


 医師が呼ばれ、湯が用意され、食事が運ばれた。 母が少女の手を優しく握り、父が俺の肩に手を置く。

 女の子はほとんど口をつけなかった。


「……いらない……です」


 小さな声でそう言って首を振った。温かいスープの湯気が立ち上っている。

 無理もない。あれだけの目に遭った直後だ。食事どころではないだろう。


 一通り説明を終えた俺は、そのまま眠りに落ちた。

 疲労と魔力消費が、意識を強制的に落としたのだ。ベッドに倒れ込むように沈み、深い闇に引き込まれていく。


☆★☆★☆★☆★☆★☆★


 ――3年後。


 あの日助けた少女は、俺の家族の一員となっていた。


「兄さん!一緒に遊んでください!」


「兄さん兄さん、稽古しているところ見ててもいいですか?」


「見て見て兄さん。私、強くなったでしょう?」


「もう、本当に兄さんは可愛いですね。分かりました。私のおやつを分けてあげます」


 明るく、よく笑い、よく懐く少女。

 桜色の髪を揺らして走り回る姿は、あの日の面影を感じさせない。


 ……うん、もうすっかり元気だな。


「兄さんは私の事好きなんですよね?ずっと一緒にいてくれるんですよね?」


 ……ん?


「兄さんが怖い夢を見ないように一緒に寝てあげます。少しぐらいなら抱きしめてもいいです」


 ……んん?


「兄さんには私がついていないとダメなんです。だから私の目の届くところにいてほしい。兄さんの綺麗な瞳にはいつも私を映していてほしいし、本当は他の誰も見てほしくない。危ないこともして欲しくないけど、兄さんは優しいから、誰彼構わず救いの手を差し伸べてしまうんですよね?やめてほしいけど、そんな兄さんに助けられた私が止められるはずもありません。でも大丈夫、兄さんが一番大切なのは私だって分かってるから。私のところに戻ってきてくれるなら、ちょっとぐらい他の人に目移りするぐらい許します。女は寛容でいてほしいって、浮気のバレたお義父様もお義母様に土下座してましたし。兄さんはしませんよね?浮気?」


 いや、いやいやいや。重すぎるだろ!こえーよ!

 なんでそんな光のない目してるんだよ。


 あの日助けた少女は義妹となり――

 気付いたときには、病んでいた。

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