ラグナデート録

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女子中学生(インフルエンサー志望)がいかにして宇宙崩壊をクレープとネタバレで阻止したか

プロローグ:終末はDiorのリップより赤く


2026年1月11日、午前8時02分。


私がDiorのリップマキシマイザー…の代わりにお姉ちゃんが買ってくれたキャンメイクのトゥインクルジュエリープランパーの蓋を開けるまでの約1秒間で、宇宙の星系が500万個ほど消し飛んだらしい。


リビングのテレビでは、国民的ニュースキャスターが白目を剥きながら絶叫している。 「繰り返します! 現在、観測可能な宇宙にある2兆の銀河が、秒間500万の猛烈なペースで『燃え尽きて』います! 原因は不明! 物理法則の崩壊です! アペックス社の試算によれば、あと39800秒……約11時間後には、この太陽系も『ジュッ』といきます! 皆様、今までありがとうございました!クソお世話になりました!この御恩は…」


キャスターがスタジオで暴れ始めたのを横目に、私は手鏡で唇の艶を確認する。うん、今日も可愛い。 ……で、この世界の終わりの原因? 私だ。


より正確には、私が昨日、なんかすごい神様っぽい幼女のプロポーズを「え、無理。キモい」と0.2秒で即答したせいらしい。


昨日の夜、私の夢枕に立ったドラゴン――エリシアと名乗る因果律の管理者は、私に頭を下げながらこう言った。 『彼女の名はヨブ。空間支配能力者にして高次元の超越者だ。あと、お前の次元で言うところのあー、色々極端というか、思い込みが激しいというか…あー…』『メンヘラ?』 『…恐らくそうだ。そして彼女が泣くたびに宇宙の質量が消滅する。昨日の失恋で彼女は今、全宇宙を巻き込んでギャン泣きしている。近衛雫よ、結婚しろとは言わん。だが、彼女を慰め、この太陽系に愛着を持たせるのだ。さもなくば我々の異次元もこちらの次元も全滅だ』


目が覚めてニュースを見た私は、震える唇で虚空に向かって呟いた。 「……ヨブ?」


反応はない。 「あの、東京観光とか……どう? 原宿でパンケーキとか」


反応はない。星系は燃え続ける。 私は意を決し、自分のできる最大限の「媚びボイス」で言った。


「で、デ、デートしよっか♡」


「スル――!!!」


ズギュゥゥン!! 空間が裂け、私の自室(6畳)に、金髪セミロングに第三の眼、背中に真珠色の羽根を生やした神々しい幼女が現れた。 学習机が羽根に巻き込まれて異次元へ消えた(私の参考書…はともかく3980円もした自撮りライトが!?)


こうして、私の、そして全宇宙の命運をかけた「ラグナデート」が幕を開けた。


太陽系が燃えるまで残り9時間:UNIQLOの悲劇


「まずは服! その格好は目立ちすぎるから! 羽根しまって! 第三の眼も閉じて!」


私はヨブを連れてショッピングモールに来ていた。私のファッションセンス(と同接最高50を記録したインフルエンサーとしての見栄)が、彼女の「神様スタイル」を許さなかったのだ。あと、単純に職質されたら一発アウトだ。


UNIQLOに入り、年相応のパーカーと帽子を選んで着せようとする。 「ハイ」 ヨブは素直に従うが、パーカーを頭から被せた瞬間、パーカーが彼女の体をすり抜けて床に落ちた。


「……え?」 「ブツリテキ カンショウ 無効」 ヨブが得意げに胸を張る。 「コウイジゲンダカラ、3次元物質ハ 透過スル」 「えっと… 触れないならどうやってデートすれば…ていうか、それで私と結婚するつもりだったの!?」


試行錯誤の結果、「着る」という概念を書き換え、服の分子構造を彼女の体表に固定することで解決した。見た目はパーカー少女だが、実際はパーカーと皮膚が融合している。深く考えてはいけない。


「じゃあ、顔隠しね」 ヨブが額の目をカッと光らせると、周囲の客が彼女を見ても素通りするようになった。 「ニンシキ 阻害」 「おお、すごい! これで何やら凄い存在ではなく、普通の幼女の迷子に見え……る……?」


……あれ? 私、なんで子供服売り場に一人でいるんだっけ? あ、目の前に迷子が。金髪の女の子。かわいそうに。親とはぐれたのかな。 私は持ち前の親切心からその子の手を引き、迷子センターの受付に座らせた。 「お姉さんが係の人呼んでくるからね。バイバイ」


店を出てスタバで「新作メロンフラペチーノ・チョコソース追加」を買った瞬間、空が血の色に染まった。 『緊急速報。たった今、オリオン座が消滅しました』


「ッ!?」 フラペチーノを落とし、私はすべてを思い出した。 認識阻害が強力すぎて、私自身がヨブを「ただの迷子」として処理して捨ててきてしまった!!


迷子センターにダッシュで戻ると、そこにはポツンとパイプ椅子に座り、第三の眼からボロボロと銀河の星屑のような涙を流すヨブがいた。周囲の空間が歪み、迷子センターの受付嬢が村上隆の絵みたいになっている。


「ご、ごめん! ごめんねヨブちゃん! 私が悪かった! 決して捨てたわけじゃなくて、君の能力が凄すぎて!」 私は必死に謝りながら、自分の脳に油性マジックで書く勢いで念じた。 「これは幼女ではない、宇宙を燃やす破壊神、全能の具現化、空間支配者…そしてメンヘラ」


太陽系が燃えるまで6時間:物理融合と等価交換


気を取り直して、デートの定番「食べ歩き」だ。 私は少女漫画で読んだ知識を総動員する。美味しいものを食べて、手を繋げば好感度は上がるはず。チョロいはずだ。


「ヨブちゃん、行こ」 私はおずおずと手を差し出した。 ヨブはパァッと顔を輝かせ(物理的に発光し)、「ギュッ」と私の手を握り返した。


ジュッ。


「痛っ!?」 「ウレシイ!」 ヨブの「嬉しい」という感情が高まりすぎ、空間定義がバグった。 私とヨブの手のひらが、粘土をこねたように物理的に融合してしまった。


「痛い痛い! 皮膚が! 血管が繋がってる! 私の静脈に神の血が流れてくる!」 「タノシイ! 一緒! ズット一緒!」 「重い! 物理的にも精神的にも重い!」


ヨブは聞く耳を持たず、融合した腕をブンブン振り回す。そのたびに私の体が宙に浮いたり、電柱を透過したり、一瞬だけ4次元を見たりする。三半規管が死ぬ。 なんとか説得し、最終的に「指切りげんまん」の形だけが、私の肉体を保ちつつ接続できる唯一の手段だと判明した。


クレープ屋の前で、小指の細胞だけを融合させた奇妙な二人組はクレープを注文する。 「はい、チョコバナナ。あーん」 「アーン」 ヨブが一口食べる。その瞳(三つとも)がカッと見開かれた。 「オイシイ……! コレハ、クウカンシハイノウリョク……!」 「いや、ただの生クリームと小麦粉と砂糖の暴力だけど」


機嫌は直ったようだ。私は安堵する。 「お会計700円です」と店員。 ヨブが頷き、店員に厳かに手をかざした。


「対価。宇宙ガ燃エテモ 生キラレルヨウニ」


店員の体が金色に発光し始め、背後から後光が差す。 「あ、あれ? なんか力が……みなぎる……?」 不老不死の付与だ。神格化だ。


「待って待って!!」 私はヨブの腕を慌てて掴んだ。 「お代は700円でいいの! 永遠の命とか重すぎるから! 釣り合ってないから! 日本の経済バランス崩れちゃう!」 「デモ、感謝ノ気持チ」 「不老不死ってチップで渡すものなの!?」


私は財布から700円を取り出し、光り輝きながら浮遊し始めた店員を置いて逃げ出した。あのクレープ屋、明日から宗教施設になるな…。


太陽系が燃えるまで5時間:ネタバレの嵐


次は映画館。恋愛映画『君と見る最後の青空』。 ネットの評判は「全米が泣いた」「ラスト10分の奇跡」。これなら間違いない。


映画は中盤、恋人たちがすれ違い、別れを選ぶ悲しいシーンへ。


ポツッ。 私の手の甲に水滴が落ちた。雨漏り? いや、ここは最新のシネコンだ。 横を見ると、ヨブがスクリーンを凝視しながら号泣していた。


「カワイソウ……ナゼ……愛し合ッテイルノニ……」


ゴゴゴゴゴ……! 映画館内に、局地的な積乱雲が発生した。スクリーンが豪雨で見えない。雷鳴が轟く。 観客が「え? 4DX?」「演出すごくない?」「いや濡れてる! ガチ水だ!」とざわつき始める。


まずい。感情移入しすぎて天候(というか屋内気象)を操作している。 このままバッドエンドだと思われたら、映画館ごと吹き飛ぶ。いや、日本の気圧配置が変わる。


私は必死にヨブの耳元で叫んだ。 「大丈夫! 安心してヨブちゃん! こいつら後で復縁するから!」 「エ?」 「あと15分後に空港で追いかけて『待ってくれ!』ってなるから! エンドロールの後は結婚して子供抱いてる写真出るから! ハッピーエンドだから!」 「ホント?」 「ホント! Wiki見たから間違いない! 主人公は死なないし、ライバルの金持ち男は身を引く! 絶対により戻すから泣かないで!」


私の必死のネタバレ絶叫により、嵐はピタリと止んだ。 後ろの席のカップルが「最悪だ……」「うわっ死ねよネタバレ」と呟くのが聞こえた。 ごめんなさい。でも私のネタバレ一つで、地球温暖化より深刻な災害を防いだんです。許して。


太陽系が燃えるまで3時間:確率機の死霊術


「あれ欲しいなー」 ゲームセンターで、私は適当なウサギのぬいぐるみを指差した。 ヨブに「取れた!」という達成感を味わわせる作戦だ。


「ワカッタ」 ヨブがUFOキャッチャーの前に立つ。 アームを動かすのかと思いきや、彼女はガラス越しにぬいぐるみを睨みつけた。


「オマエタチ。黄泉帰レ」


ズズズ……。 筐体の中で、大量のぬいぐるみが、まるでゾンビのようにむくりと起き上がった。 そして一列に整列し、軍隊のような規律正しい行進で、自ら排出口へと次々に身投げしていく。 ボトッ、ボトッ、ボトッ。


「……」 取り出し口に山積みになったウサギたちの死体(ぬいぐるみ)を見て、私は乾いた笑い声を上げた。店員さんがこっちを見て青ざめている。


「ヨブちゃん、あのね。ゲームっていうのは確率と運を楽しむものであって、命を与えて集団自決させる遊びじゃないんだよ……」 「カテイヲ、タノシム?」 「そう。結果じゃなくて過程ね。支配じゃなくて偶然ね。あと死霊術は出禁になるからやめて」


太陽系が燃えるまで1時間:観覧車と本音


そして現在。 私たちはミニ遊園地の観覧車に乗っている。 本来ならロマンチックな夜景が見えるはずだった。 でも、窓の外は真っ暗だ。 星はほとんど燃え尽き、街の灯りだけが頼りなく光っている。太陽系外はもう何もない虚無だ。


ゴンドラが頂上に達したとき、静寂の中でヨブが口を開いた。 「ドウシテ……ワタシデハ……ダメダッタ?」


三つの目が、真っ直ぐに私を見つめる。その瞳の奥に、渦巻く銀河が見えた。 「コンナ……タノシイノニ。ワタシ、宇宙全部アゲルノニ」


心臓が跳ねる。 ここで「好きだよ」と嘘をつけば、宇宙は助かるかもしれない。 でも、それは空間支配能力者に通用するのか? 嘘を見抜かれたら即、ビッグバンだ。


私はキャンメイクのリップを塗り直す余裕もなく、震える手で膝を握りしめた。 私の脳裏に、今日一日のことが浮かぶ。 クレープで口をベタベタにして笑った顔。 ネタバレを聞いて安心してポップコーンを貪っていた横顔。 確率機の意味がわからず首をかしげていた姿。


私は深呼吸をして、私なりの言葉を選んだ。


「正直、貴方は凄すぎて怖いし、貴方がどういう存在かも分からない。今もなんか羽根が光ってるし」 ヨブの表情が曇る。空気が重くなる。気圧が下がる。


「でも、クレープ食べてはしゃいでるヨブさんは可愛かったし、ゲーセンでの変な奇跡も……まあ、動画映えしそうで面白かった」 私はヨブの目を見た。 「今の私は『好き』とか、そういう恋愛感情は分からない。だけど」


「明日もまた、ヨブさんと遊びたいとは思う。だから――明日が来ないと、困る」


太陽系が燃えるまで0時間:ラグナロクの終わり


ヨブは瞬きをした。 そして、その目から大粒の涙が溢れ出した。


終わった。 私は目を閉じた。私の不用意な「好きじゃない(けど遊ぶのはやぶさかではない)」発言で、世界が終わる。 さようなら、Diorを買ってくれずキャンメイクで誤魔化すお姉ちゃん。さようなら、大きくなったらDiorを会社ごとプレゼントしてくれると約束してくれた内気な妹。さようなら、フォロワー数994人の私のアカウント。


しかし、熱波は来なかった。 代わりに、まぶたの裏が眩い光に包まれた。


目を開けると、窓の外の闇が消えていた。 燃え尽きたはずの空に、以前よりも鮮やかで、宝石箱をひっくり返したような無数の星々が輝いている。 なんなら、以前より星が増えている。星座の形が変わってる。「ヨブ座」とか出来てそうだ。


それは破壊の炎ではなく、創造の光だった。


「……ウレシイ」 ヨブが笑っていた。 「雫ガ、明日モ遊ビタイト、言ッテクレタ」


彼女の涙は「悲しみ」ではなく「嬉し泣き」だったのだ。 その強大なエネルギーは、燃え尽きた宇宙を再構築し、さらに「新しい星系」を1兆個くらいオマケで作ってしまったらしい。


観覧車が地上に着く。 ヨブはふわりと浮き上がり、異次元の裂け目へと向かう。


「マタ……アシタ! 10時集合デ!」 「うん、また明日! 遅刻しないでよ!」


私が手を振ると、彼女は第三の眼を細めて微笑み、光の中に消えていった。


時計の針は11時間を過ぎていた。 私のスマホには、エリシアからの『助かった!異次元転生する時は特別ボーナスを弾む!』という軽い念話と、SNSの「星空がやばい!」「新銀河爆誕?」「空が虹色に発光してるなう」というトレンド入り通知が同時に届いていた。


私はため息をつき、ポケットからキャンメイクのリップを取り出して塗り直す。


「フォロワー1人の笑顔の為なら、明日も頑張ろう!」


とりあえず明日は、彼女に「勝手に空を飛ぶのは航空法違反」というのを教えなければならない。

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