「フツウ」の呪いを解く。ほんとはみんな違う星の住人。嗅覚が教えてくれたこと。

梶井と夫

第1話

大学2年生の秋、夜中の2時まで、同じサークルの同級生たちと卒業生を送り出す会の準備作業をした帰りだった。

京都の底冷えするキンとした空気が私を侵食して、体は芯から冷え切っている。

一人暮らしのマンションへ戻る道すがら、提灯のほの明るい光に照らされた、平野神社の脇を通った。

むせ返るような金木犀の香りがした。

なぜだか分からない。

分からないけれど、私は、「もう戻れないのだ」と思った。

今、私は、サーカスの綱渡りをする人のように、一本の直線の上に立っていて、

少しでもふらついて、線からはずれたら、もう後戻りはできない、

ギリギリのところにいるのだ、と思った。

でも、私は疲れきっていて、多分もうすぐ線から外れてしまう。

もう戻れないのだ。


ギリギリ線の上に留まっているこの秋の真に暗い夜の闇を、

体を切り裂くような空気の冷たさを、

体の奥まで塗りつぶしていくような濃密な金木犀の香りを、

二度と私は忘れないだろうと思った。


金木犀の夜から1年ほど経った頃、私は心を病み、大学に通えなくなった。

そうして、初めて精神科にかかり、それから17年後、37歳の現在も精神科通院は続いている。

あの時、金木犀の芳香の中で、「もう戻れない」と感じていたのは、

病院に行かなければならないほど心の均衡を保つことが難しくなってきたことを、

無意識に悟っていたのかもしれない。


今でも、秋になって金木犀の香りを嗅ぐと、

長い病院通いの入り口に立っていた17年前の夜の、

足元がぐらつくような、心もとないような、寂しいような感覚を

ありありと思い出すことができる。


嗅覚と感情や記憶が結びつくのは、他の人にもよくあることらしい、と聞いたことがある。

そういえば、瑛人さんの『香水』という歌でも

「恋人だった人が横にいると、ドルチェ&ガッバーナの香水が上手くいっていた二人の楽しい思い出を思い出させる」という情景が歌われていた。

あの歌が大ヒットしたのは、匂いが感情や記憶とつながっていることをみんなが体感で知っているからなんだろう。


感情と強く結びついている香りの記憶は私には多くないのだけれど、

他に思い出すのは、夕方散歩をしている時に、よそのお宅の換気扇や窓の近くを通った時のお風呂の匂いがある。

あったかい湯気と石鹸の混ざったお風呂の匂いを嗅ぐと、

そこにある日常のあたたかさや、その家の人たちの繰り返す何気ない生活の営みを感じて、幸せなような、胸がきゅっとなるような、そんな感情をいつも呼び起こされる。

そんなわけで、散歩しながら「あ、お風呂の匂いだ」と思うとなんだか泣きそうになってしまう。

換気扇の側で泣きそうになっている不審なおばさん。

そこの家の方に見つかったら大事である。


慢性鼻炎で匂いに疎い私だが、もう一つ覚えているのは、妊娠中に嗅いだごま油の香りである。

キッチンから何部屋も離れたところで眠っていたのに、

朝方、義母が目玉焼きをつくるために、ちょろっと垂らしたごま油の香りが鼻先にフライパンがあるかのように強烈に匂って、

「あ!お義母さんが目玉焼き焼いてる!」と思いながら起きたことがある。

今でもごま油を嗅ぐと、つわり中の胸のあたりがじんわりと気持ち悪い感じと、

「妊娠で、こんなに体の感覚が変わるなんて、人間もちゃんと動物なんだなあ」と感心した記憶が思い起こされる。


妊娠中のことを考えると、嗅覚が鋭い動物、例えばペットの犬なんかは、

人と同じ空間にいても、人は気づかない匂いを常時たくさん嗅いでいるのだから、

われわれ人の側は、愛犬と同じ世界を認識して共有しているように思っていても、

犬側はわれわれ人側と全然違う感情や記憶や認識の世界を生きているのかも?、と思う。


8歳になる私の娘は感覚過敏があって、特に嗅覚がするどい。

家の近くには工場はないのに、「遠くの工場の匂いがする」と話したり、

洗濯したばかりの毛布にくるまりながら、「お母さんの汗の匂いがする!お母さんに包まれて寝る、安心感!」と言ったりする。

(汗?洗濯したのに!?お母さんには完璧に洗剤の匂いしか感じ取れないのだが……)

娘は、感情の起伏が激しかったり、疲れやすかったりするところがあるけれど、

慢性鼻炎の私より、匂いの情報量が多くて、かなり繊細で複雑で豊かな世界を生きているのかもしれない。

義母も視覚障がい者で、かなり匂いの情報に頼っているところがあるから、

隣にいても、私と違う世界の見え方(見えないけど)をしてるんだろうなあ。


私たちはみんなが同じように世界を見て、同じようにモノを捉えているという前提で、

おしゃべりしたり、一緒に生活したりしているけれど、

義母や娘だけじゃなく、本当は一人ひとり全員が、私とは違う世界を見て、違う感情を持って、違う世界を生きているんだよな。


みんなそれぞれ別の星の住人みたいに。


そのことをつい忘れて、自分の「フツウ」で誰しもに接しているけど、時々思い出して、

隣にいるあなたに、丁寧に声をかけたい、と思う。

つい乱雑な言葉になっちゃうことも少なくないけど、できるだけ尋ねる余裕を持っていたいと思う。

あなたも今度会ったら教えてね。今、そっちの星はどんな感じ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「フツウ」の呪いを解く。ほんとはみんな違う星の住人。嗅覚が教えてくれたこと。 梶井と夫 @kajii_to_otto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画