六年制ニート、時々、世直し。〜愛犬の介護をしたいので、バカな男はまとめて沈めます〜
ダメだ里香ちゃん
第一話 じゃ、そこ試合決定で
サクラの蕾が少しずつ膨らみ始めた三月。高校の卒業式は、厳かな感動よりも、どこか投げやりな熱気に包まれていた。
壇上に上がった佐藤里香は、用務員のおじさんから卒業証書を受け取った。その瞬間、頭に浮かんだのは「三年間通って、このおじさんの顔、初めて見たな」という、なんとも感慨の薄い感想だった。
「里香、始まってるよ!」
親友の成瀬雅に肩を叩かれ、里香は我に返った。
体育館の中央には、卒業式の舞台とは別に、急造のリングが鎮座している。
そこでは、もはや恒例行事となった「二年男子VS三年男子:お礼参り大会」が異様な熱気を放っていた。周囲のパイプ椅子に踏ん反り返った不良たちが、裏返った声で罵詈雑言を飛ばし、空回りする威勢を競い合っている。
「じゃ、そこ試合決定で」
マイクを握った校長の一言で、リングに二人の男子が上がった。
試合は残酷なほど一方的だった。ゴングが鳴った瞬間に二年男子の顔面が歪み、三年男子の暴力の嵐が吹き荒れる。応援団の歓喜の咆哮が体育館に響き渡るなか、里香は人混みの中に、見慣れた背中を見つけた。
「パパ……? 来てたんだ。仕事、休み?」
父親は手に札束を握りしめ、上機嫌で振り返った。どうやら賭けに勝ったらしい。
「いや、営業行ってくるって嘘ついてきた」
「……相変わらずだね。ママは?」
「ママならジョセフと中央公園だよ」
ジョセフ。我が家の愛犬、ゴールデンレトリバーだ。里香は、式典の厳かさを一切無視して進行する自らの日常に、小さく溜息をついた。
教室に戻ると、最後のホームルームが始まった。
教卓に立つのは、担任の若宮先生。三十手前の、いかにも「だるそう」という言葉が似合う、メガネを掛けた女教師だ。
「若宮先生のお涙頂戴話が聞けるぞー!」
「ちゃかすな進藤」
若宮は眼鏡の奥の鋭い視線を向け、静かに口を開いた。
「卒業おめでとう。これから旅立っていく君たちに、先生なりにエールを送る。……女子、よく聞け。これから進学先や就職先で、君たちは男たちの性欲の的になる。簡単に言えば『モテ期の到来』だ。だが、それはまやかしだ」
教室が静まり返る。
「君たちが『手を出していい年齢と立場』になっただけだ。肩書きを持っただけのおっさんどものアプローチを、自分の魅力だと勘違いするな。三十まで余裕かまして生きるな。さもなければ、いつまでも自分が獲物だと勘違いしている、痛いババアに成り下がるぞ」
「それから、アイドルの誰が好きだなんてのは、個性じゃない。それはただの消費だ。個性とは自分が何を生み出せるか。自分の好きなものでしか自分をアピールできない、空っぽな人間にはなるな」
「先生! だったら『本当のモテ』って何なんですか?」
男子生徒の問いに、若宮は即答した。
「同年代の男子に、どれだけモテるか。それが真のモテだ」
里香は呆然としながら、その長い説教を聞き流していた。
すると突然、中川が手を挙げた。
「先生! 卒業したらずっと言おうと思ってました! 一発やらしてください!」
急速に教室の温度が下がった。だが、里香が絶望したのは、男子の数人が「よく言った」と言わんばかりに腕を組んで頷いていたことだ。
(なんで、男子ってこんなにアホなの……?)
「中川、女子に相手にされないからって私に来るな」
「お前、今言うことじゃねえだろ! 先生が大事な話してんだろ!」
伊藤が女子の気持ちを代弁して怒鳴ったが、里香は内心でそれを否定した。
(いや……こいつらからすれば、今が言う時なんだよ。現に頷いてるバカがいるんだから)
ホームルームが終わり、あとは名残惜しむだけの時間。
黒板では、美術部の最後の大仕事「黒板アート」が始まっていた。雅がチョークを走らせ、体育祭の思い出を鮮やかに描き出していく。
そんな里香の背後に、西野が近づいてきた。
「佐藤、お前処女だろ?」
「……は?」
「卒業記念に、俺と一発やろうぜ。俺、前からお前のこと――」
「ほっ!」
言い終わる前に、里香の膝が西野の股下に滑り込んだ。
金玉をグイと押し上げ、そのまま胸ぐらを掴み上げる。
「おい、西野。てめぇ、舐めてんのか?」
「いいや……そういうわけじゃ……」
「なんでてめぇみてぇな、クソだせぇ男子とやらなきゃなんねーんだよっ!」
里香の怒声が教室に響く。
「ごっ、ごめ……あっ」
「固くなってんぞ。どうした? あっ、何固くしてんだよ。なんとか言ってみろよ!」
怯える西野の顔面に唾を吐きかけてやると、彼はそのまま床へ崩れ落ち、へたり込んだ。
(卒業だからって、ちょっとサービスしすぎたかな……)
里香は乱れた髪を払い、雅たち美術部が描き上げた黒板アートを背に、最後の集合写真を撮った。
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