バター
the memory2045
卓上
ひどく冷えこむ朝。
庭のまんなかで
空気がこちん、と凍って。
こういう日、
世界はひっそりと硬くなり
だれも指をふれない。
古びた冷蔵庫の扉をあけると
なかには小さな銀色の、四角い沈黙。
それを、てのひらに。
バターというものは、つくづく
ひとつの「決心」のかたまりみたい
。
銀紙をはがせば
かすかな、乳のけものの匂いがし、
クリーム色の、滑らかさがあらわれる。
これを、まだ熱いうちのトーストに
一切れ、そっと息を止め置いてみる。
さっきまでの頑なな冬が
熱にふれ、ゆらりと。
じゅわわと、透明な水たまりのように
パンの気泡のなか、溶け落ちて。
あんなに堅苦しい顔していたバター
だらしなく、
幸福そうに、
じゅわわわ、と、
小麦の焦げ目の奥へ、しみこんで。
人間も、これくらい
あっけなく、ほどければいい。
トーストかじれば
口のなかに、小さな、あたたかい海ができる。
冬という巨大な、氷のような静寂のなかで
ぼくは、その小さな海を咀嚼する。
「うん」
だれもいない部屋、つい声が出る。
すると、
部屋の隅にたまっていた、
あの、冬特有の
ちょっとした「さびしさ」が
すこしだけ、うすくなったような。
外では、まだ
世界が、かちん、とかたまったまま。
ぼくの胃のふきんには
溶けたバターが、ちいさな灯をともしている。
バター the memory2045 @acidfreakkk-yomisen
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