第6話:逆襲のコンサルタント

「……佐藤さん、本当に、いいんですか?」


古びた町工場の事務所。油の匂いと、長年蓄積された鉄粉の混じった空気が漂っている。目の前に座る「大沼精機」の大沼社長は、震える手で茶封筒を握りしめていた。その顔は、連日の心労で土色に変色し、深い皺には絶望が刻まれている。


「ええ。融資ではありません。私の個人資産による『投資』です」


俺は、冷めた茶を一口啜り、静かに告げた。 大沼精機は、世界でも数社しか持たない精密加工技術を持つ名門だ。だが、先代からの義理で引き受けた債務保証が仇となり、メインバンク——俺がかつて支店長を務めていたあの銀行から、非情にも「融資打ち切り」を通告されていた。


「無償でコンサルを引き受けるだけでなく、運転資金の三億円を個人で出すなんて……。そんな、うまい話があるはずがない。あんた、一体何を企んでいるんだ」


大沼社長の疑念に満ちた視線。当然だ。今の世の中、看板のない「元銀行員」が数億を動かすなど、詐欺師の口上にしか聞こえないだろう。


「企み、ですか。強いて言えば、銀行という組織が『数字』だけで切り捨てた、日本の宝を守りたい……それだけですよ」


俺はタブレット端末を操作し、送金完了の画面を提示した。 「三億円、指定の口座に振り込みました。ご確認ください」


事務所に設置された古いFAXが、まるで悲鳴のような音を立てて着信を知らせる。大沼社長がよろめきながら確認に向かい、やがて、その場に崩れ落ちた。


「……本当だ。本当に入っている。三億……これでおっ母から受け継いだ工場を畳まずに済む……!」


嗚咽が、狭い事務所に響き渡る。 俺は立ち上がり、窓の外を見た。錆びたトタン屋根の向こうには、かつて俺が君臨していた銀行の支店ビルが、傲慢にそびえ立っている。


あそこにいた頃の俺は、大沼社長のような人間を「格付け」という物差しで測り、冷徹に切り捨ててきた。だが、今は違う。四十億という「自由」を手に入れた俺にとって、金はただの道具だ。


「大沼社長、泣くのはまだ早い。これから、この技術を世界に売り込みます。私のコンサル料は、御社が世界一になった時の『成功報酬』でいい」


「佐藤さん……あんた、神様か何かなのか……?」


「いいえ。ただの、欲のないコンサルですよ」


数日後。 『謎の個人投資家、名門・大沼精機を救済』 ネットニュースの片隅に載ったその記事は、瞬く間に業界を駆け巡った。 「銀行が見捨てた企業を、個人が救った」という事実は、かつての俺の「古巣」にとって、これ以上ない屈辱的な宣戦布告となった。


そして、その噂は当然、あの男の耳にも入る。


「……佐藤さん! いや、佐藤先生!」


事務所として借りた南青山のオフィスに、アポなしで飛び込んできたのは、株式会社マルキの北村社長だった。 かつて俺を「置物」と呼び、冷めた麦茶で追い返した男だ。 今の彼は、額にびっしょりと脂汗をかき、高級なはずのスーツは皺だらけ。特有の高級タバコの匂いが、焦燥感で酸っぱく変質している。


「北村社長。アポなしの訪問は困ると、受付に言われませんでしたか?」


俺はデスクから顔を上げず、冷淡に言い放った。あの時、彼が俺に浴びせた言葉を、そのままの温度で。


「そ、そんな堅苦しいことを言わんでくださいよ! 大沼精機の件、聞きましたよ。三億を即金で出したとか。……実は、うちも銀行から追加融資を渋られてましてな。佐藤先生、あんた昔からうちの経営には詳しかった。どうか、今回も……!」


北村が、床に膝をつかんばかりの勢いで頭を下げる。 その光景は、あまりにも滑稽だった。


「お断りします」


「な……っ!? なぜです! 昔のよしみじゃないですか!」


「昔のよしみを踏みにじったのは、あなただ。それに、今の私は『金のための仕事』はしない。私が救うのは、未来に残すべき技術と志がある企業だけです。……あなたの会社には、そのどちらもない」


「そんな……っ!」


北村の絶望に満ちた顔を見ていると、胸の奥が、氷のように冷たく、それでいて熱く脈打った。 かつての部下、高橋や河野からの着信も、昨日から鳴り止まない。 「佐藤さん、実はご相談が……」 「前の無礼を詫びさせてください!」 そんな薄っぺらなメッセージが、通知画面を埋め尽くしている。


俺はスマートフォンを裏返し、沈黙させた。 部屋には、淹れたての珈琲の芳醇な香りが漂っている。 一杯数千円の豆。だが、今の俺が最も旨いと感じるのは、大沼精機の事務所で飲んだ、あの泥水のような安い茶の味だ。


「さあ、次の『宝』を探しに行こうか」


俺は、一通のメールを開いた。 それは、地方の小さな工芸品メーカーからの、悲痛な、だが熱意に溢れた相談メールだった。


四十億の資金力。 それは、組織の歯車を辞めた俺が手に入れた、最強の「正義」の行使手段だ。 俺を「無能」と呼んだ世界が、今、俺の掌の上で激しく揺れ動いている。


圧倒的な無双は、まだ始まったばかりだ。


次は第7話「再会、そして『ざまぁ』の序曲」ですね。北村社長の会社が倒産危機に陥り、そこにかつての部下・高橋が担当者として現れる。そこで佐藤が放つ、最高に「スカッとする一撃」を描きましょうか。

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