触れられない距離のまま

Mらーそん

第1話 憧れの存在

 その人に会うために、私は三時間かけて車を走らせた。

 理由はまだ、うまく言葉にできなかった。


 あやはトレーニングコーチとして働いていた。最近指導に自信が持てずにいて、誰かの指導を学びたいという思いからインスタグラムでトレーニング動画を眺めるようになった。


 その中で、ふと目に留まったのが、ゆうのアカウントだった。


 画面越しでも伝わってくる、動きの丁寧さと、楽しそうな空気。

 後日、知り合いからも「おすすめのコーチがいるよ」と同じ名前を聞き、気にならないはずがなかった。


 思い切って、悠のトレーニング指導を受けに行った日。

 三時間かけて辿り着いた先で、彩は初めて彼女と直接会った。


 全力で身体を動かし、参加者一人ひとりに声をかけ、楽しそうに笑う姿。

 その場にいる全員を包み込むような、明るくパワフルな指導だった。


 ――ああ、すごい人だ。


 尊敬と憧れが、ほとんど同時に胸に落ちてきた。


 トレーニング中に度々ふっと笑う悠。

 その笑顔を見るたび、胸の奥がわずかに温かくなるのを、彩は見ないふりをした。


 それから仕事が忙しくなり、彩はなかなか悠のもとへ行けなくなった。

 代わりに、悠が時々、彩の働く店へトレーニング指導を受けに来てくれるようになった。

 三時間の距離を越えて、月に何度か。


 どうして悠が何度も足を運んでくれたのか、当時の彩にはわからなかった。

 ただ、彼女はいつも、トレーニングを終えると、どこか肩の力が抜けたような、爽やかな笑顔で店を後にしていた。

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