夏の終わりに咲く花

@raputarou

夏の終わりに咲く花

第一章 最後の夏


蝉の声が、やけにうるさかった。


高校三年生の夏。俺たちにとって、最後の夏休みだった。


俺の名前は田中ユウタ。県立桜ヶ丘高校の生徒で、軽音楽部に所属している。ギターを弾くのが好きで、将来は音楽の道に進みたいと思っていた——去年までは。


「ユウタ、ぼーっとすんなよ。練習始めるぞ」


バンドのボーカル、佐藤ケンタが声をかけてきた。ケンタは俺の幼馴染で、小学校からずっと一緒だ。明るくて社交的で、誰とでも仲良くなれる奴。


「悪い。今行く」


俺は、音楽室に向かった。


バンドメンバーは四人。


ボーカルのケンタ、ベースの鈴木リョウ、ドラムの山田タクヤ、そしてギターの俺。


高校二年の時に結成して、文化祭やライブハウスで演奏してきた。


そして今年、俺たちは大きな目標があった。


「全国高校バンドコンテスト」への出場だ。


予選は来月。通過すれば、全国大会に進める。


「今日は、新曲の『夏の終わり』を仕上げるぞ」


ケンタが言った。


この曲は、ケンタが作詞作曲した、俺たちのオリジナル曲だ。


夏の終わり、高校生活の終わり、そして青春の終わりを歌った曲。


練習が始まった。


だが、俺のギターは冴えなかった。


「ユウタ、そこのフレーズ、ミスってるぞ」


リョウが指摘した。リョウは真面目で几帳面な性格。音楽に対しても妥協を許さない。


「ごめん。もう一回」


何度か繰り返したが、同じ場所でミスをしてしまう。


「ユウタ、集中しろよ」


タクヤが苛立った声で言った。タクヤは短気だが、ドラムの腕は確かだ。


「悪い......」


結局、その日の練習は不完全燃焼で終わった。


帰り道、ケンタが俺に声をかけてきた。


「なあ、ユウタ。最近、様子がおかしいぞ。何かあったのか?」


俺は、少し躊躇したが、正直に答えた。


「実は......親に、音楽の道を反対されてる」


「マジで?」


「ああ。大学に行って、ちゃんとした職業に就けって。音楽じゃ食っていけないって」


ケンタは、しばらく黙っていたが、やがて言った。


「それで、お前はどうしたいんだ?」


「分からない......音楽は好きだ。でも、親の言うことも分かる」


ケンタが、俺の肩を叩いた。


「ユウタ、お前らしくないぞ。いつものお前なら、自分の道を突き進むだろ」


「でも......」


「とりあえず、コンテストまでは全力でやろうぜ。その後のことは、その後考えればいい」


ケンタの言葉に、少し救われた気がした。


「ありがとう、ケンタ」


「何言ってんだよ。俺たち、幼馴染だろ」


その夜、俺は自分の部屋でギターを弾いていた。


だが、指が思うように動かなかった。


その時、スマホにメッセージが来た。




第二章 新しい風


メッセージは、クラスメイトの白石アヤからだった。


アヤは、文芸部に所属する静かな女の子だ。成績優秀で、いつも本を読んでいる。


『ユウタ君、明日、話したいことがあるんだけど、時間ある?』


俺は、少し戸惑ったが、返信した。


『いいよ。どこで会う?』


『放課後、図書室で』


翌日、俺は図書室でアヤを待った。


アヤは、時間通りに現れた。


「来てくれてありがとう」


「どうしたの? 話って」


アヤは、少し緊張した様子で言った。


「実は、バンドに歌詞を書いてほしいって頼まれたの。でも、バンドのことよく分からなくて......」


「え? 誰から頼まれたの?」


「軽音楽部の顧問、松本先生」


松本先生は、若い女性教師で、俺たちの部活の顧問だ。


「先生が、『文芸部の生徒と協力して、新しい曲を作ってみたら?』って言ったの」


「なるほど......」


「それで、ユウタ君のバンドと一緒に曲を作れないかなって」


俺は、少し考えてから答えた。


「分かった。メンバーに相談してみる」


その日の練習後、俺はメンバーにアヤのことを話した。


「文芸部の子が、歌詞を書く?」


ケンタが興味を示した。


「面白いかもな。いつも俺が歌詞書いてるけど、違う視点もいいかも」


だが、リョウは懐疑的だった。


「でも、バンドのこと分かってない奴が書いても、合わないんじゃないか?」


「とりあえず、会ってみようぜ」


タクヤが提案した。


翌日、アヤは音楽室に来た。


「初めまして、白石アヤです」


アヤは、緊張した様子で挨拶した。


「で、どんな歌詞を書いてくれるの?」


リョウが、直球で尋ねた。


アヤは、ノートを取り出した。


「これ、試しに書いてみたんです」


ケンタが、ノートを受け取って読み始めた。


そして、目を見開いた。


「すごい......これ、めっちゃいいじゃん!」


他のメンバーも読んだ。


俺も読んだ。


そこには、青春の葛藤、未来への不安、それでも前に進もうとする決意が綴られていた。


「これ、俺たちの気持ちそのままだ」


タクヤが呟いた。


「アヤさん、これを曲にしてみたい。協力してくれる?」


ケンタが真剣な表情で尋ねた。


アヤは、嬉しそうに頷いた。


「はい! 頑張ります!」


こうして、俺たちのバンドに、アヤが加わった。




それから、俺たちは毎日のように練習した。


アヤは、俺たちの演奏を聞いて、歌詞をブラッシュアップしていった。


ある日、練習後にアヤが俺に話しかけてきた。


「ユウタ君、最近元気ないよね。何かあったの?」


俺は、アヤに親のことを話した。


アヤは、静かに聞いていた。


「私も、似たような悩みがあるの」


「え?」


「私、小説家になりたいんだけど、親は反対してる。文学部に行って、教師になれって」


「そうなんだ......」


「でも、諦めたくない。だから、今できることを精一杯やろうと思ってる」


アヤの言葉が、胸に響いた。


「ありがとう、アヤ。俺も、諦めずにやってみる」


「うん。一緒に頑張ろう」


アヤとの会話で、俺の心は少し軽くなった。




コンテストの予選まで、あと二週間。


俺たちは、新曲『未来への扉』を完成させた。


アヤが書いた歌詞に、ケンタがメロディをつけ、俺たちが演奏する。


完璧だった。


「これなら、絶対予選通過できる!」


ケンタが自信満々に言った。


だが、その時。


松本先生が、深刻な表情で音楽室に入ってきた。




第三章 試練


「みんな、悪い知らせがある」


松本先生の表情は、曇っていた。


「コンテストの予選、日程が変更になった」


「え? いつに?」


「来週の土曜日」


「えー!? 一週間しかないじゃないですか!」


ケンタが叫んだ。


「それだけじゃない。会場も変更になって、機材の持ち込みが制限された」


「どういうことですか?」


「アンプとドラムセットは会場のものを使う。持ち込めるのは、楽器本体だけ」


俺たちは、愕然とした。


俺たちは、いつも自分たちの機材で練習していた。会場の機材では、音が変わってしまう。


「これは......厳しいな」


リョウが呟いた。


「でも、やるしかないだろ」


タクヤが言った。


「そうだな。条件はみんな同じだ。頑張ろう」


ケンタが、前向きに言った。


だが、問題はそれだけではなかった。


翌日、ケンタが風邪で倒れた。


「ごめん、声が出ない......」


ケンタは、かすれた声で言った。


「無理すんなよ。休め」


俺は、ケンタを心配した。


だが、予選まであと六日。


ケンタなしでは、バンドは成立しない。


「どうする? 予選、辞退するか?」


リョウが尋ねた。


「待てよ。まだ六日ある。ケンタが回復する可能性もある」


タクヤが言った。


「でも、もし回復しなかったら?」


「その時は......その時考えよう」


俺たちは、ケンタの回復を祈りながら、練習を続けた。




三日後、ケンタは少し回復したが、まだ声が完全には戻っていなかった。


「ごめん、みんな。俺のせいで......」


ケンタが、申し訳なさそうに言った。


「お前のせいじゃない。仕方ないよ」


俺は、ケンタを励ました。


だが、内心では焦っていた。


このまま予選に出ても、勝てる気がしない。


その夜、アヤから電話がかかってきた。


「ユウタ君、大丈夫? ケンタ君のこと、聞いたよ」


「ああ......正直、どうしていいか分からない」


「諦めちゃダメだよ。まだ三日ある」


「でも......」


「ユウタ君、覚えてる? 私たち、一緒に頑張ろうって約束したよね」


アヤの言葉に、俺は少し勇気をもらった。


「そうだな。ありがとう、アヤ」


翌日、俺はメンバー全員を集めた。


「俺、諦めたくない。ケンタが完全に回復しなくても、できる限りのことをしよう」


「ユウタ......」


ケンタが、感動した表情を浮かべた。


「俺も、頑張る。絶対、声を戻す」


リョウとタクヤも頷いた。


「やろうぜ。最後まで」


俺たちは、最後の追い込みをした。




予選当日。


ケンタの声は、七割程度回復していた。


「これで行くしかない」


ケンタは、決意した表情だった。


会場には、多くのバンドが集まっていた。


俺たちの出番は、午後三時。


待ち時間、俺は緊張で手が震えていた。


「大丈夫、ユウタ?」


アヤが、心配そうに声をかけてきた。


「ああ......緊張してるだけ」


「ユウタ君なら、できるよ。信じてる」


アヤの言葉に、少し落ち着いた。


そして、俺たちの出番が来た。


ステージに立った瞬間、俺の心臓は激しく鼓動していた。




第四章 ステージの上で


ライトが眩しかった。


観客席には、百人以上の人々がいた。


俺は、深呼吸をした。


「みんな、行くぞ」


ケンタが、マイクを握った。


俺たちは、『未来への扉』を演奏し始めた。


イントロのギター。


俺の指が、弦を弾く。


練習通り、完璧だった。


ベースとドラムが入る。


そして、ケンタの歌声。


かすれているが、感情がこもっていた。


アヤが書いた歌詞が、ケンタの声に乗って響く。


『未来への扉は、まだ開いていない

でも、鍵は俺たちの手の中にある

怖くても、不安でも

一歩、踏み出そう』


観客が、静かに聞き入っている。


俺は、ギターを弾きながら、この瞬間を噛みしめた。


これが、俺たちの青春だ。


曲が進み、サビに入る。


ケンタの声が、力強くなった。


『諦めない、夢を

諦めない、仲間を

諦めない、自分を

未来への扉を、開けよう!』


観客から、拍手が起きた。


俺たちは、最後まで演奏し切った。


演奏が終わると、大きな拍手が会場を包んだ。


「ありがとうございました!」


ケンタが、深く頭を下げた。


俺たちは、ステージを降りた。


「やったな、みんな!」


タクヤが、喜びの声を上げた。


「ケンタ、声よく持ったな」


リョウが、ケンタの肩を叩いた。


「お前らのおかげだよ」


ケンタが、笑顔で答えた。


アヤも、涙を流して喜んでいた。


「良かった......本当に良かった」


「アヤの歌詞のおかげだよ。ありがとう」


俺は、アヤに感謝した。




結果発表は、夕方だった。


俺たちは、緊張しながら待った。


「それでは、予選通過バンドを発表します」


司会者の声が、会場に響いた。


一つ、また一つと、バンド名が呼ばれる。


だが、俺たちの名前は呼ばれない。


「もう、ダメかな......」


リョウが、諦めかけた時。


「最後に、桜ヶ丘高校、『青春バンド』!」


俺たちの名前が呼ばれた。


「やった!!」


全員が、喜びを爆発させた。


抱き合い、涙を流し、笑った。


「全国大会だ! 俺たち、やったんだ!」


ケンタが、叫んだ。


俺は、この瞬間を一生忘れないと思った。




その夜、俺たちは打ち上げをした。


ファミレスで、みんなで食事をしながら、今日のことを振り返った。


「ケンタの声、マジでヤバかったな」


タクヤが言った。


「あれで七割とか、信じられない」


リョウも続けた。


「みんなのおかげだよ。一人じゃ、絶対無理だった」


ケンタが、しみじみと言った。


アヤも、嬉しそうだった。


「私、歌詞書いて良かった。みんなと一緒にできて、幸せ」


俺は、みんなの顔を見渡した。


この仲間たちと出会えて、本当に良かった。


だが、その時、俺のスマホが鳴った。


母からの電話だった。


「もしもし?」


『ユウタ、今すぐ帰ってきなさい。話がある』


母の声は、厳しかった。


俺の心臓が、嫌な予感に包まれた。




第五章 夏の終わりに咲く花


家に帰ると、両親がリビングで待っていた。


「座りなさい」


父が、厳しい表情で言った。


「今日、コンテストに出たそうだね」


「......はい」


「予選通過、おめでとう」


母が言った。だが、その声に喜びは感じられなかった。


「でも、ユウタ。全国大会には出させない」


父の言葉に、俺は凍りついた。


「なんで......!」


「お前、もう受験生だぞ。遊んでる場合じゃない」


「遊びじゃない! 俺たち、真剣にやってるんだ!」


「真剣? 音楽で食っていけるのか? 現実を見ろ」


父の言葉が、胸に刺さった。


「でも......」


「お前が音楽の道に進みたいなら、大学を出てからにしろ。今は、勉強に集中しろ」


母も続けた。


「ユウタ、あなたのためを思って言ってるの。分かって」


俺は、何も言い返せなかった。


部屋に戻り、ベッドに倒れ込んだ。


涙が、溢れた。


せっかく予選を通過したのに。


せっかくみんなで頑張ったのに。


翌日、俺はメンバーに事情を話した。


「マジかよ......」


ケンタが、信じられないという表情だった。


「どうする、ユウタ?」


リョウが尋ねた。


「分からない......親の言うことも、分かるんだ。でも......」


タクヤが、俺の肩を掴んだ。


「ユウタ、お前の人生だろ。親が決めるんじゃなくて、お前が決めろよ」


「でも......」


アヤが、静かに言った。


「ユウタ君、私、思うんだけど、親が反対するのは、あなたのことを心配してるからだよ。ちゃんと話せば、分かってくれるんじゃないかな」


アヤの言葉に、俺は考え込んだ。


「もう一度、親と話してみる」




その夜、俺は両親に向き合った。


「父さん、母さん。話を聞いてほしい」


俺は、この一年間、音楽をやってきたことの意味を話した。


仲間と協力すること、挫折を乗り越えること、夢に向かって努力すること。


それらが、どれだけ俺を成長させたか。


「俺、音楽を通じて、たくさんのことを学んだ。それは、勉強だけじゃ学べないことだった」


両親は、黙って聞いていた。


「だから、全国大会に出させてほしい。これが最後だから」


父が、深く息を吐いた。


「ユウタ......お前、本気なんだな」


「はい」


母が、目に涙を浮かべながら言った。


「ごめんね、ユウタ。私たち、あなたの気持ち、ちゃんと聞いてなかった」


父も続けた。


「分かった。全国大会に出ていい。ただし、条件がある」


「条件?」


「大会が終わったら、ちゃんと受験勉強に専念しろ。そして、大学に行け」


「......はい」


俺は、深く頷いた。


「ありがとう、父さん、母さん」




全国大会は、一ヶ月後だった。


俺たちは、毎日練習した。


そして、新しい曲も作った。


タイトルは、『夏の終わりに咲く花』。


アヤが書いた歌詞は、こうだった。


『夏が終わる

青春も終わる

でも、心に残る

あの日の花

一緒に笑った

一緒に泣いた

仲間との思い出

永遠に咲き続ける』


全国大会当日。


俺たちは、最高の演奏をした。


結果は、三位。


優勝ではなかったが、後悔はなかった。


「やり切ったな」


ケンタが、満足そうに言った。


「ああ。最高だった」


俺も、心から言った。




エピローグ


高校を卒業した。


俺は、大学に進学した。音楽を学べる学部を選んだ。


ケンタは、音楽の専門学校に行った。


リョウとタクヤは、別の大学に進んだ。


アヤは、文学部に進み、小説を書き続けている。


俺たちは、それぞれの道を歩み始めた。


でも、時々集まって、音楽を演奏する。


あの夏の思い出を、忘れないために。


夏の終わりに咲いた花は、今も俺たちの心に残っている。


そして、これからも咲き続ける。

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