しゃべる猫、愛里たちの想い、そして──
平山文人
第1話 喋る猫との出会い
ああ、風が気持ちいい、と田代愛里は庭に面している掃き出し窓を開けてシャワーを浴びた後の体を冷ましていた。十月になると暑さもだいぶマシになったな、とエアコンのリモコンをテレビ台のリモコン入れに置いた。このマンションに引っ越してきてもうすぐ一ヶ月、か。OLになって三年経って、貯金が溜まった愛里は念願の一人暮らしを始めたのだが、両親は遠くに引っ越すことは許さなかった。ほんの十五分も歩けば実家に着く。
「ま、大事な事は一人で自由に生きることだからね」
と、呟いて彼女はストレッチを始めた。すると、誰かに呼ばれた気がした。ん? と耳を澄ます。どうも、庭のほうから聞こえるようだ。窓を開けてみる。狭いながらに人工芝を敷いて、幾つかの観葉植物の植木鉢を並べてお洒落にしているのだが、はて、誰もいない。気のせいだったか、と思った次の瞬間、足元に小さな白猫がいることに気づいた。あら、可愛い、と思った次の瞬間、
「おねえちゃん、わたし、わたしのいうことわかる?」
としゃべったので、愛里は目玉が飛び出るほど驚いて、思わず二、三歩後ずさりした。ネ、ネコがしゃべった?!
「わかるんでしょ。おねえちゃん、わたしのはなしをきいてほしい……」
幼い少女の声で、白猫は話しかけてくる。よーし落ち着け私、私には霊感はない、これまで幽霊の類いを見た事は一度もないし、これからも見ることもない。つまり、今のは全て幻聴であって窓を閉めれば全て無かったことに……と愛里が考えていると、いつの間にかクッションの上に白猫がお座りになっている。
「ねぇおねえちゃん、おねがい。ようやくわたしのことばがわかるひとにあえたの。おねがい」
どこからどう見ても普通の白猫だ。やや汚いのは野良猫だからだろう。愛里はひとまず窓を閉め、遠い距離からこわごわ眺め、ほっぺたをつねってみる。実に痛い。夢ではないようだ。自分に害を与えることもなさそうだ、と判断し、そっと話しかけてみた。
「うん、分かるよ。あなたは猫なのに話が出来るの?」
「ネコじゃないの。にんげんなの。わたしは、きっところされたの、ママとおじさんに。わたしのなまえはね、いしばひかり」
愛里はその内容を聞いて衝撃を受けた。殺された? 名前言ったよね、い、いしだひかり? 愛里は生唾を飲む。
「と、いうことは、あなたは猫に憑りついているの?」
「わからないけど、きがついたらゴミばこのよこでねてたの。それからいろんなひとにこえをかけたけど、だれもわかってくれなかった……おねえちゃんはわかってくれそうだとおもった」
ちょっと待ってね、と言って愛里は立ち上がってタオルをお湯で濡らして戻ってきた。とにかく、体が汚れているのが可哀そうだと思ったのだ。白猫は体を拭かれて気持ちよさそうに喉を鳴らす。この辺は普通の猫なんだな、と思いながら
「あなた喉は乾いていない? お腹は減ってない?」
「のどはかわいた」
愛里は少し考えて、ヨーグルトの蓋の部分を使い、そこにお水を入れてそばに置いた。白猫はぺろぺろと舐める。
その様子を見つめながら、やがて愛里は言った。
「ひかりちゃん、話してちょうだい。殺されたって言ってたけれど、覚えていることを全部」
白猫ひかりは顔をあげて、しっかりうなずいた。
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