第3話始まり(メルヴェーユ視点)

 王メルヴェーユは浴場でメリッサに背中を流されながら、幼い頃のことを思い出していた。


 自分は幼い頃、助かる見込みのない死病に感染し、周囲に伝染するとして、城の片隅に急遽作られた小さな小屋に移され、死を待つだけの身となった。


 誰も部屋には入ってこず、水もなく、食事すら与えられない。


 まさに、熱と飢えと渇きに苦しみながら、死を待つだけの日々だった。


 あまりの苦しさに体も動かせず、糞尿も垂れ流し、汗もとめどなく流れる。


 か細い声で泣きながら、

「助けて……助けて……のどが渇いたよ……水が欲しいよ……」

と叫んだ。


 すると、一人の醜い化け物がやって来た。


 よく見ると、黒いあざだらけの幼い少女だった。当然、メリッサだ。


 彼女は手に水差しとコップを持っていた。


 糞尿の匂いに一瞬顔を歪ませながらも、体を動かせないと知ると、小さな体で俺を起こし、コップの水を少しずつ口に含ませてくれた。


 それから、彼女は小屋を出ていった。


 しばらくすると、外から男の怒鳴り声が聞こえた。


「こら、ガキ! 勝手に果物を木から取りやがって!」

「ごめんなさい! ごめんなさい! 許してください!」

「おい、待て! こら!」


 夜になって、彼女は戻ってきた。

 顔は腫れ上がり、鼻血を拭った跡が残っている。手には男物の下着と、果物が一つ握られていた。


 それを俺に少しずつ食べさせてから、嫌な顔一つせず、俺の下の世話までしてくれた。


「布団が汚れすぎています。地面に寝かせることを許して」


 俺はか細い声で言った。

「そばにいてほしい。一人は怖い」


 メリッサは頷き、歌を歌ってくれた。

 歌詞はない。ただ、ルンルンという単純な旋律だった。


 それでも、その歌を聞くと、なんだか元気になった気がした。


 メリッサは一晩中、俺の額に濡れた布を当て、汗を拭ってくれた。


 日に日に元気になっていく俺を、メリッサは心から喜んでくれた。


 数日後、俺は回復し、城へと戻った。


 誰もが俺の回復に驚き、喜んでくれた。

 だが、俺は大人たちの言葉を盗み聞きし、それが表面上のものにすぎないと知った。


「メルヴェーユ様が生きていたとなると、次の後継者を選んでいたところだったのに、ややこしくなりそうだな」


 俺が王族だから、仕方のない部分もあるのだろう。だが、父ですら母にこう言っていた。


「俺の弟に後継の話をしたあとだ。弟が聞かなかったことにしてくれればいいんだが……」


 皆、俺がくたばったほうが良かったような口ぶりだった。


 俺はメリッサを探した。

 彼女の居場所を尋ねても、誰も知らないと言う。


 城内をくまなく探し回った。絶対に、いるはずだった。


 そして、馬小屋の片隅で、息を潜めるようにうずくまるメリッサを見つけた。


 その頃のメリッサは、

「醜い私に、どうか朝ご飯をお恵みください」

と大人たちに土下座し、なんとか食事を得るような有り様だった。


 俺はそのまま彼女を城へ連れていき、自分の召使にした。


 侍従たちも両親も、あまりにも醜い彼女を俺の召使にすることに反対したが、俺はなんとか説得に成功した。


 だが、親が出した条件は、俺が穢れないように、メリッサとの会話を禁ずるというものだった。


 俺は彼女を召使にするために、この条件を飲むしかなかった。


 それ以来、俺は彼女に入浴や洗面、着替えの世話をさせ、私的な雑務を行わせている。


 その頃の俺は、どこへ行くにも彼女を連れて歩き、一緒に勉強もした。

 俺がメリッサと一緒でなければ勉強をしないと駄々をこねたため、家庭教師は渋々、メリッサにも読み書きと計算を教えたのだ。


 ある日、俺はメリッサに言った。


「大人たちに復讐してやるんだ。俺とメリッサを蔑ろにした奴らを、全員牢屋に送ってやる。父上も、母上も!」


 その時、メリッサは必死に首を横に振った。


「なんでだ!」


 メリッサは木の棒を取り、地面に「喧嘩はダメ」と書いた。

 その文字を見て、俺は体から力が抜けた。


 それから数日後、庭を散歩していると、メリッサが男に殴られている場面を目にした。


 俺は驚き、その場に立ち尽くした。

 俺に気づかない男は、吐き捨てるように言った。


「傷だらけで生まれてきやがったおかげで、殿下の召使になりやがって! クソ! お前が醜くなければ殿下と口を利けたものを。そうしたら、エルヴィンだって、俺たちだって出世できたかもしれないのによ! できそこない!」


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


「お前の父親になって損した」


 俺はメリッサのもとへ駆け寄り、叫んだ。


「メリッサには親も兄弟もいない! この子は孤児だ! 俺の召使を殴るな! 行くぞ、メリッサ!」


 俺は彼女の手を引き、走り出した。


 大人たちはいつも本音を隠し、笑顔という仮面を被って生きている。

 大人になった今だからこそ、それがよくわかる。


 本音は隠して生きるものなのだ。


 俺は言った。

「メリッサ、歌ってくれ」


 メリッサは命じられたまま、あの頃のようにルンルンと歌い出した。


 彼女の歌を聞くと、今でも元気になる気がする。


 俺の妻は、誰かに何を吹き込まれたのか、俺がメリッサを抱いていると思っているらしい。


 だが、メリッサは俺の中ではそういう存在ではない。

 あまりにも長くそばにいすぎて、そういう目で見ることすら、もうできない。


 なんというか――

 もう、俺の半身のようなものなのだ。

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