第2話:『日常の亀裂』

戦闘が終わった後の基地「エデン」は、死体安置所のような静寂に包まれる。


僕の仕事は、指揮官席から降りた後も終わらない。いや、本当の地獄はここからだ。


「……数値を確認する。シズカ、聞こえるか?」


調整槽(メディカル・ポッド)が並ぶ、青白い光に満たされたメンテナンス・ルーム。

そこは、戦いで変質した彼女たちの肉体を「人間」の側に引き戻すための、いわば**「調律室」**だ。



【用語解説:調整槽(メディカル・ポッド)】

G粒子の侵食を一時的に抑制する特殊な中和剤で満たされたカプセル。パイロットの肉体と精神の「融解」を食い止める唯一の手段。



カプセルの中で、蒼井シズカが目を開ける。その瞳の輪郭は、前日の戦闘の余波で、本来の黒から薄い青へと変色していた。


「……体温が、戻りきらない。隊長、もっと出力を……上げて」


彼女の肌には、霜のような白い紋様が浮かんでいる。**【感覚の共有(共感覚)】**の後遺症か、彼女は僕が手に持っている端末の電子音すら「痛い」と言って顔を歪めた。僕は無言で彼女のバイタルを確認し、中和剤の濃度を上げる。


次に、黄河ヒナタの元へ向かう。


彼女はカプセルの中で、幼い子供のように丸まって眠っていた。だが、その小さな身体の下にある鋼鉄のベッドは、彼女の異常な**【質量化】**に耐えきれず、目に見えて歪んでいる。


「……ヒナタ、昨日の朝食の内容を覚えているか?」


僕が問いかけると、彼女はぼんやりと目を開け、困ったように笑った。


「ええと……甘いもの、だったかな。隊長が、あーん、してくれた……んだっけ?」


嘘だ。昨日の朝、彼女は何も食べなかった。

記憶の欠落。G粒子が彼女の脳細胞を「再構成」するたびに、彼女の中から「昨日までの彼女」が少しずつ零れ落ちていく。


最後は、紅アキラだ。


彼女は調整槽を拒み、部屋の隅で独り、熱に浮かされたように肩で息をしていた。


「触るな……ッ!」


僕が近寄ろうとすると、彼女の右腕から赤い火花が散った。皮膚の下で、**【結晶化】**したG粒子が血管を逆流している。


「あいつら……『静止』の連中の冷たい感触が、まだ消えないんだ。……隊長、あたしを殴れ。熱い衝撃をくれ。じゃないと、あたし、このまま固まっちまう……!」


アキラが僕の腕を掴む。その手は、人間のそれとは思えないほど熱く、硬かった。


僕は彼女を突き放すことができず、ただその震える肩を抱き寄せた。


「……ごめん。僕が、君たちを『合体』させたせいだ」


「……馬鹿ね。あんたが回さなきゃ、あたしたちはとっくに灰だったわよ」


アキラが自嘲気味に笑う。その胸元で、疑似コアが僕の心拍と同調(シンクロ)し、激しく脈打つ。


【用語解説:魂の同調(ソウル・シンクロナイズ)】

合体時、パイロットと指揮官(カイ)の意識を繋ぐプロセス。これがあるからこそカイは彼女たちを制御できるが、副作用として彼女たちの「痛み」や「狂気」がカイの精神にも逆流してくる。


ふと見ると、アキラの指先が、シズカのような「青」を帯びていることに気づいた。


合体によって、彼女たちの「個」の境界線が混ざり始めている。アキラの中にシズカが混ざり、ヒナタの中にアキラの暴力性が染み出していく。


「日常」という仮面を被った、緩やかな崩壊。


僕たちは、この部屋でスープを飲み、冗談を言い合い、明日の出撃を待つ。


だが、僕の目の前にいるのは、昨日と同じ「彼女たち」なのだろうか?


「隊長……お腹、空いちゃった」


ヒナタが、僕の知らない誰かの声で囁いた。

僕は震える手で、彼女たちのための「食事(G粒子触媒)」を準備し始める

亀裂は、もう修復できないほどに深まっていた。


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レゾナンス・ライン ─緋色の再誕─ 暇ジーン @kenpichi99

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