君の言葉を覚えた日

夢達磨

君の幸せを願う

 我が物心ついた時から、小さな鳥籠に閉じ込められていた。


 奴隷の人間が決まった時間にやってきて、「今日はご機嫌だね」と我の機嫌を取り、ご飯を入れ替える。そして最後に部屋を掃除するのだ。


 これを毎日やらせている。我は見に来る人間どもに愛想を振りまくだけでご飯をもらえる。ちょろい人間を虜にすることなど容易いのだ。天才であるこの我に、誰も抗えないのだ。


 そして今日も奴隷が我の鳥籠を、お客さんと呼ばれる野次馬のもとへ連れていく。


 ドアが開くと同時に、人間がぞろぞろと入ってくる。今日はやけに人数が多いな。

 なんか、人間が見ている。じーっと我を見ている。ふむ、悪くない顔だ。目の奥に少しの寂しさ――あれは構ってもらえない雛のような目だな。


 そう、我を見よ。

 我の名は──いや、今はまだ名などない。ペットショップの隅っこで、君臨している孤高のオウムだ。


 他の鳥たちは「チュン」とか「ピヨ」とか、実に無難な鳴き方しかしない。個性がない。情熱がない。

 その点、我は違う。羽のツヤ、声の響き、そしてこの完璧なポーズ。

 どこからどう見ても、“選ばれる側”の鳥である。


 ほら、そこの茶髪の女よ。そなたの視線、確かに感じたぞ。

 ……ふふ、分かる。分かるぞ。迷っているのだろう?

「オウムにしようか、ハムスターにしようか」などと。だが我は言おう。ハムスターは喋らぬ!


 この胸の奥から響く美声を、聞かぬまま帰るつもりか。

 ――さあ、我を買うがいい!


 女はしばらく悩んだあと、店員に言った。


「この子、ください」


 ……勝った。


 いや、まあ当然の結果である。我ほどの逸材、いずれ皇帝の館に飾られる身だったのだ。

 だが、女の手に乗せられたとき、少しだけ胸のあたりがくすぐったくなった。

 温かい手。細い指。ほんのりと花のような匂い。

 ふむ、悪くない。実に、悪くない。


 その日から、我は“ピッコ”と名付けられた。

 名前の響きはやや軽いが、まあ許そう。

 女――ミカは、我を自分の部屋に迎え入れてくれた。

 最初は「ピッコ、こんにちは!」と何度も言ってくる。

 ……なるほど、これは“言葉を教えたい”というやつだな。

 ふふん、よかろう。我は知性ある鳥。すぐに覚えて見せよう。



 夜、誰かと話す声がする。電話越しに聞こえる男の声。

 ミカは笑っているようで、時々泣きそうな声も混じっている。


 ――なぜ泣くのだ?


 我は首をかしげながら、彼女の言葉を真似した。

「スキ。ダイジョウブ。アイシテル。」


 ミカが顔を上げて笑った。

 その笑顔が見たくて、我はその言葉を何度も繰り返した。


 数週間後。ミカの部屋には、よく男が来るようになった。

 名をカケルというらしい。声が低く、よく笑う。ミカと並んでソファに座り、映画を見たり、ピザを食べたりしている。


 ふむ……顔は悪い男ではない。だが我は認めぬ。

 なぜなら、ミカがカケルと話すたびに、胸のあたりがムズムズするのだ。


「ピッコ、カケルって言ってごらん」

「カケル!」

「上手〜! ね、かわいいでしょ?」


 我が言葉で褒められるのは嬉しい。だが、なぜその顔を“彼”に向けるのだ。


 ミカの笑顔を奪うものは、我が敵。

 そう決めたのは、その夜からだった。


 数日後の夜。

 ミカは電話で泣いていた。


「どうしてそんな言い方するの……? もう、疲れたよ……」


 スマホの向こうでカケルの声が荒くなる。ミカの手が震え、涙が頬を伝った。

 我は止めたかった。けれど何もできず、ただ真似する。


「ダイジョウブ。ミカ、ダイジョウブ」


 ミカは涙を拭い、我を見た。


「ありがとね、ピッコ……」


 その声は、少し笑っていたけれど、心がひどく冷たかった。


 翌日から、カケルの姿は見えなくなった。

 ミカはぼんやりと窓の外を眺めることが増えた。

 笑わなくなった彼女を見るのは、胸が痛い。


 我は、できる限りの言葉を覚えた。

「スキ」「ミカ」「アハハ」「ピッコ、ダイジョウブ」


 少しでも笑ってほしくて、何度も、何度も繰り返した。


 そして、カケルとやらの電話をしなくなったミカは、我と一緒に過ごす時間が多くなった。


「ピッコ、好きだよ」

「ピッコ、ミカ、好き」


 そう我が呟くと、ミカは優しく抱きしめてくれた。


 やっと我の想いが伝わったのが嬉しかった。


 だってやっと、両思いになれたのだから。


 両思いになって数週間が経った。


 ミカはたくさんのことを我に話してくれた。


 大学生で看護師を目指しているらしく、前の彼氏カケルとはコンビニのバイト先で出会った先輩らしい。


 別れた後は気まずいので、そのバイトを辞めて、新しくカフェで働き始めたらしい。


 だが忙しいのか、最近は我とのコミュニケーションが少なくなった。


 帰りは遅くなり、家を空けることも多くなった。


 だが我は大丈夫。お互い好き同士なのだから、耐えてみせるのだ。


 ――しかし、退屈だ。


 檻の中には水飲みと止まり木が一つ。

 これでどう暇を潰せばいいというのだ。


 結局、我の暇つぶしはこれだ。


「スキ、キミ、ミーカッ」

「カケル、ルックス、スミ、ミーカッ!」


 『ミカしりとり』。これが我が考えた暇つぶしだ。ミカが勉強していた時の教科書に書いてあったことを記憶して、我の知恵としているのだ。


 知恵をつけ、いつかこの人間界を征服してやるのだ!


 そして我は眠気に襲われ、そっと目を閉じた。


「――ピッコ、ピッコ」


 ――スキ。

 ――ミカ、スキ。


 我は息を吸い込み、精一杯の声で言った。


「ミカ、スキ」


 我が目を覚ますと目の前にはミカが立っていた。


「……うん。私も好きだよ、ピッコ。珍しいね、この時間まで寝てるなんて。この寝坊助さんっ」


 ミカはそう言って、我の頭を人差し指で押した。


 ミカは微笑んだあと、誰もいない方に手招きをした。


「もう大丈夫なのかい? 可愛いインコだね」

「でしょでしょっ! 私の自慢のピッコちゃんだよ!」


 ミカが連れてきたのは、見知らぬ高身長で短髪、金髪の男。しかも我の次にイケメンときた。


「やぁ、こんにちは。君が噂のピッコちゃんだね。僕はミカとお付き合いしているユウトだよ。よろしく」


 この我を差し置いて付き合っているだとっ!? この浮気者っ!


 ミカは我のことが好きなのではないのか?

 この気持ちはなんだ。

 

 怒りか? 悲しみか? 寂しいのか? この我が?


 理解できなかった。


「ユウトー、ミカー」


 我は掠れた声でそう言った。


「お、僕の名前を呼んでくれたよ。本当に君に似て賢いんだね」


「えへへっ! そうかなー? ユウトさん、あと数分でサッカーが始まるよ? 一緒に応援しよっ!」

「うん、そうだね」


 ミカはケージの扉をそっと閉めた。


 二人は腕を組みながらソファーへ向かった。


 その背中が遠ざかっていくのを、我は黙って見送った。


 所詮、神鳥オウムと人間。

 種族の壁というのは、残酷なものだ。


 そして、二人はサッカーの観戦を始めた。


 日本が負けている時は、お互い励まし合いながら声をあげて観戦していた。


 そして、強豪国相手に後半で逆転をして、勝利をもぎ取ったようだ。


 二人は抱き合いながらソファーの中に沈んだ。


 その際、二人が何をしていたかは見れなかったが、ミカの感極まった声だけが聞こえた。


 あれから何日が経っただろうか。ユウトは帰らないままずっと、我らの愛の巣に居座り続けた。


 ミカは我の食事を運んでくる際、ずっと上機嫌だった。それに、ずっと楽しそうにしていた。


 カケルと別れて元気がなかったミカだが、ユウトが来てからは毎日が楽しそうだ。


 我は振られたのだろう。


 だが、不思議と今は気分がいい。


 ミカの笑顔が見られて、我は心から嬉しく思う。


 我はこのまま二人を応援しようと決めていた。


 ――あの日までは。


 その日もいつも通り、バイト帰りに二人で帰って来た。


 その日はミカが初めてユウトのために手料理を振る舞う日だった。


 調味料を買い忘れたミカは一人で出掛けた。


 最初はユウトが買いに行くと言っていたが、「いつものお礼だから」という理由で一人で買い物に行ったのだ。


 ユウトが一人になったその時だった。


 彼の携帯の着信が鳴り、誰かと電話していた。


「あー、俺の今の愛人のミカな。ほんと、チョロい女だよなー。前の男に振られて、ちょっと優しい言葉をかけたらすぐにヒョイヒョイついてくるんだぜ?」


 その後、ユウトは相槌に回った。


「大丈夫だってー。二股されていることに気づかないくらい鈍感な女だぜ? ちょろいからすぐ腰振って付いてくると思うぜ? 俺、そろそろ抱き飽きた頃だから、今度お前に譲るわ」


 我は生まれて初めて、心の底から怒りを感じた。


 それと同時に、あのゲスな男からミカを守ると誓った。


 ミカの手料理を食べて幸せを感じている時に絶望を与えてやろうと、我は考えた。


 そして、決行する時間がやってきた。


 ユウトはミカの料理を褒めちぎった。


 その言葉にミカは照れると同時に、今までに見たことのない笑顔を見せた。


 まさに幸せの絶頂期だ。


 その笑顔を壊すことになるのは心苦しいが、彼女のためだ。仕方ない。


 二人で我に食事を運んでくる際に決行した。


「はい、ピッコ。ご飯だよ」


 我は与えられた食事を口に入れた。


「いっぱい食べるね。健康的でいいね」


 ユウトは笑顔を作り、我にその言葉を向けた。


 その薄汚い笑顔を絶望に変えてやろう。


「ユウト〜フタマタ〜ミカと〜アソビ〜」


「え? ピッコ、何言ってるの? どういうこと?」


 ミカの顔は少し曇った。


 ユウトはミカの肩に手を置き、冷静に言う。


「僕が二股なんかするわけないよ。僕の目に映っているのはミカだけだよ」


 ミカは一瞬で安心した表情を見せた。


 ユウトは笑顔を見せて、話を続ける。


「ピッコちゃんは多分、君が買い物に行っている間に見ていたドラマの再現だと思うよ。意味を理解していて言っているのかは分からないけど、いろんな言葉を覚えて話せるなんてすごいよ」


 ほぉ、口が達者な奴だ。


 次はどうかな?


「ピロロ〜ピロロ〜ピッ。ミカ〜チョロイ〜俺、抱くの飽きた〜ツギ〜オマエにやる〜」


「ユ、ユウト君。ピッコが言っている事は本当なの?」


「たまたま見ていたドラマの再現だよ。記憶力もすごいんだね」


「たまたま見てたドラマが私の名前と同じだったって言うの?」


 ユウトは一切躊躇うことなく、「うん、そうだよ」と答えた。


 その真っ直ぐな目に、ミカは安堵した表情を見せた。


「そう……なんだ。――ごめんね、疑って」

「いいんだよ。僕こそごめんね。不安にさせるようなドラマを観ていて。君は悪くないよ」


 その言葉の後、ユウトは自分の胸にミカを抱き寄せた。


 ユウトの目は我を睨むように見ていた。まさしく、冷たい目だった。


 その日はユウトは帰った。その後、我はミカにしこたま怒られた。


 ドラマの真似をしてはいけない。ユウト君に不安を煽るようなことは言ってはいけない、など。


 我はミカのためにしたというのに……。


 我は深く傷ついた。


 その日は眠ろうとしたが、深く眠れはしなかった。


 また数日が経ち、久々にユウトがやってきた。


 我はミカを守るため、次の作戦に出ることにした。


 ミカを傷つけることになるのは分かっているが、ユウトと長く付き合ってしまうとミカの心の傷が深くなるだけだ。


 いつものようにリビングで二人が話をしている時に、二人に聞こえるような声で言ってやった。


「ミカ〜カケル〜好き〜。ミカ〜ユウスケも好き〜」と。


 ミカはドタバタと走ってきて我の前にやってきた。


「ピッコ! どうしたの! カケルとは別れたし、ユウスケって誰!?」


 静かにユウトもやってきた。


「ミカ? どういうことだい? カケルは前の彼氏とは聞いてたけど、ユウスケって?」


「私にも分からないの! ピッコが勝手に!」


「へぇ、インコって教えてない言葉を勝手に学習して話すんだ。僕に二股の容疑をかけといて、君は僕に隠れてコソコソとユウスケって人と浮気してたんだね」


「ユウスケ〜ハゲシイ〜ユウスケ〜モットー!」


「ピッコ! 黙って!」


「これはもう、言い訳できないんじゃない? 君が振られて可哀想と思った僕が恥ずかしいよ。もうすぐ四ヶ月記念だし、結婚も視野に入れていたのに残念だよ。お互いのためだ。もう、今日で終わりにしよう」


「待ってユウト君! 私は二股なんかしていない! 私にはユウト君しかいないの!」


 ミカは涙を流しながら訴えるが、ユウトは聞く耳を持たない。


「ユウスケ〜いつ会える〜? 早く会いたいよー」


「ピッコ! いい加減にしてよっ!」


 そう言ってミカは我の鳥籠をはたき落とした。


 イタイ……。落ちた反動で体が痛いのか、心が痛いのか分からない。我の感情もぐちゃぐちゃだ。

 

 ユウトは我の籠を拾い上げ、元にあった場所に戻してくれた。


「可哀想に。動物に暴力を振るう人とは付き合えない。君の本性が知れて良かったよ。礼を言うよ、ピッコちゃん」


「待っでぇ! ユウトくーん!」


 ユウトは寂しげな表情をミカに向けて、静かに出ていった。


 それからのミカは外にも出ず、廃人のようになった。


 ミカには悪いことをしたと思っている。しかし、彼女のことを思うとこれで良かったのだ。


 そして、五日ほど経った。


 ミカの友人とミカの家族がこの家を訪ねてきた。


 ミカは大学も休んでおり、バイトも無断欠勤をしていた。


 ミカを心配した友達が連絡をしていたが返事がなく、何かの事件に巻き込まれたかと思い、ミカの家族と連絡を取り、今に至る。


 賢い我は残しておいた食事を少しずつ食べて生き延びた。


 そして我は、ミカの友人の家に引き取られることになった。


 新しい家、新しい飼い主。

 子どもたちが我を囲んで騒がしく笑う。にぎやかで、少しうるさい。


 けれど、時々ふと、あの花のような匂いを思い出す。


 夜、部屋が静かになったとき。

 窓の外の月を見上げながら、我は小さくつぶやく。


「ミカ、スキ」


 返事はない。けれど、その声が部屋の隅に響いて、

 どこか温かい風が羽を撫でた気がした。


 我は目を閉じる。


 ――今度こそ、ミカが笑って過ごせていますように。


 そう願いながら、静かに羽を休めた。

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君の言葉を覚えた日 夢達磨 @yumedaruma15

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