第5話 降魔の種:10年前の血と経典

1. 10年前、雨の演習場

​現在の反乱軍リーダーがまだ若き三等陸尉であった頃。


北富士演習場を激しい雨が叩きつけていた。実弾訓練中の不慮の事故。火を噴く装甲車の中から、彼は命の恩人であり、最も尊敬していた上官・葛城 義彦(かつらぎ よしひこ)を助け出すことできなかった。


​炎に包まれる鉄塊と、力なく横たわる遺体。


「なぜ、これほど高潔な人間が理不尽に死なねばならないのか」


泥にまみれて絶望する彼の中に、この世界への強烈な不信感が芽生えた瞬間だった。


​2. 運命の葬儀

​その上官の葬儀を執り行ったのが、若き日の慈眼であった。


​遺族が泣き崩れる中、慈眼は冷徹なまでに静かな声で読経を終え、若き隊員に近づいた。


「救済とは、死後に祈ることではない。この理不尽を生む現世の仕組みそのものを焼き払うことだ」


​慈眼の言葉は、傷ついた彼の心に深く、鋭く突き刺さった。二人はその日から、密かな絆を結ぶことになる。 


​3. 深夜の「寺子屋」

​それから10年。


彼は仲間たち、同じように組織の腐敗や社会の理不尽に憤りを感じる若い隊員たちを連れ、慈眼の寺へと通い続けた。


​「民衆を幸福にできない権力は、もはや白蟻と同じである。白蟻を殺すのは罪ではなく、柱を守るための慈悲である」


​慈眼の説く過激な思想――「力による浄土の実現」。


自衛官としての忠誠心は、慈眼への絶対的な信仰へと塗り替えられていった。彼らにとって、小銃を構えることは読経と同じく、国を浄化するための聖なる儀式へと昇華されていったのである。


​4. 同期した二つの時計

​現在。


街頭で民衆を煽動する慈眼の説法と、自衛隊による迅速な永田町占拠。


世間が「偶然の連鎖」と見たその事態は、実は10年前から刻み始められた一つの時計の文字盤に過ぎなかった。


​慈眼が精神的な爆薬を民衆に配り、リーダーが軍事的な引き金を引く。


あの日、上官の遺影の前で交わされた沈黙の誓いが、今、日本という国家の心臓を止めたのである。

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