第十五話 引かれたトリガー

その事件は、昼休みの華やかな中庭で起きた。

尋が図書室へ向かおうと廊下を歩いていると、人だかりの向こうに「彼女」の姿が見えた。

「――高嶺さん、これ。ずっと、渡したかったんだ」

声の主は、サッカー部のエースで、女子からの人気も高い爽やかな少年・瀬戸だった。彼は眩しい笑顔で、霖に小さな包みを差し出している。

周りの生徒たちは「お似合いじゃん!」「ついにエースが動いたか!」と色めき立っている。霖はいつもの「完璧な笑顔」を崩さず、けれどどこか困ったような、それでいて拒絶もしない絶妙な表情でそれを受け取った。

(あ。そっか、もうすぐクリスマスだっけ)

尋の足が止まる。

霖は、学校中の憧れだ。自分一人が独占していい存在じゃない。分かっている。分かっているけれど、瀬戸を見る霖の瞳が、いつも自分に見せる「濁った本性」とは違う、清らかな光を放っているのが、無性に悲しかった。


放課後の図書室。

霖はいつも通り、扉を閉めるなりソファに倒れ込んだ。

「あー、今日一日長かったわ。ねぇ尋、聞いてよ。瀬戸のやつ、あんな公衆の面前でプレゼントなんて……」

「良かったですね。瀬戸くん、かっこいいですし」

尋の声は、自分でも驚くほど冷えていた。カウンターで本の整理を続ける尋の手元は、少しだけ震えている。

「は? 何よ、その他人事みたいな言い方」

霖ががたりとソファから起き上がり、尋の背中に詰め寄る。

「あんた、私が他の男に何か貰っても、何とも思わないわけ? ねえ、尋」

「思いませんよ。霖は自由だし、私みたいな日陰者と違って、明るい世界が似合う人ですから」

「……っ、あんたねぇ!」

霖は尋の肩を掴み、無理やり自分の方を向かせた。

そこにあったのは、今にも泣き出しそうな、けれど酷く頑なな尋の瞳だった。


「私、もう嫌なんです」

尋が、消え入りそうな声で、けれどはっきりと言葉を紡いだ。

「瀬戸くんを見て笑う霖も、みんなに囲まれる霖も、全部『私の知らない霖』で……。それが、すごく、……嫌なんです」

霖は、目を見開いた。

いつもおどおどして、自分に付き従うだけだった尋が、初めて「剥き出しの感情」をぶつけてきた。

「……尋。あんた、それ」

「嫉妬、です。最低ですよね。霖を、こんな暗い図書室に閉じ込めておきたいなんて」

尋は俯き、霖の手を振り払おうとした。けれど、霖の力の方が強かった。

霖はニヤリと、それこそ性格の悪さが滲み出るような、最高に魅力的な「本性」の笑みを浮かべた。

「最低じゃないわよ。むしろ最高よ。あんたがそんな顔するなんて、思ってもみなかったわ」

霖は尋の腰に腕を回し、ぐいっと自分の体に引き寄せた。

「いい? 瀬戸に返したのは『ありがとう、でも好きな人がいるから無理』っていう、完璧な振りの言葉よ。あのプレゼントも、中身はただの高級チョコ。……後で二人で、ヤケ食いしてあげましょうか」

「え?」

「あんたが嫉妬して、私のことを独り占めしたいって言うなら……。喜んで閉じ込められてあげるわよ。この、カビ臭くて最高な、私たちの聖域にね」

霖は尋の眼鏡をそっと外し、視界がぼやける距離で、その唇を尋の耳元に寄せた。

「もっと嫉妬しなさいよ、尋。あんたが私に執着するたびに、私は自分が生きてるって、実感が持てるんだから」

尋の胸の痛みは、いつの間にか、霖の熱い体温に溶かされて消えていた。


「ねえ、尋。さっき言ったわよね、私のこと『閉じ込めておきたい』って」

霖の声は、いつもより低く、少しだけ湿り気を帯びていた。

図書室の窓の外は、すでに藍色の闇が降りてきている。完全な密室となったこの空間で、霖は尋を本棚の隅へと追い詰め、逃げ道を塞ぐように両手を壁についた。

「霖、さん……?」

「霖、でしょ。……言い直しなさいよ」

至近距離で、霖の瞳が尋を射抜く。

いつもは尋がリードされる側だけれど、今の霖は、どこか切羽詰まったような、ひどく我儘な熱を放っていた。

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