第1章 君はいま嬉しそうに景色を 0
暗い嵐の夜だった。黒々とした空に雨粒が白く光り、稲妻が刹那に空を明滅させる。
荒れ狂う太平洋のその水面に、月が落ちてきたかと見紛うほどの巨大な影が落ちた。黒か白しかなかった世界により暗澹とした黒が現れる。雨がやみ、雷光が届かなくなる。影は焦れったいほどゆっくりと北半球を南下してゆく。
海の傘となり静謐な夜をその直下に作り上げていたのは、陸地がそのまま浮きあがってきたような巨大な要塞都市であった。荘厳なつくりの尖塔がいくつも連なる城、激しい雨を受けて黒光りする堅い城壁、そして街や森が太平洋の二千メートル上空を浮遊しているのである。
雪が残っていた石造りの街は嵐の影響を受けあちこちに道を塞ぐほどの水たまりができ、街灯や家々の灯りがぼやぼやと不安げに辺りを照らしていた。嵐の夜に外に出る人はなくもの寂しい、森閑とした都市のその中央に一際目を引く立派な城があった。
「明日にはメイルにつくわね」
その城の尖塔のひとつ、青い先頭型アーチ屋根の下。光の満たされた窓から外を眺める少女がいた。少女は、部屋の入口の脇に立つ侍女が微笑むのを見て満足そうに続けた。
「この嵐も朝までには止むわ。お別れね、エミーリヤ」
「傍でお仕えできなくとも、わたくしはお嬢様の栄光をお祈りしていますよ」
「ありがとう」
侍女の言葉に少女は寂しそうな笑みを浮かべ、視線を窓に戻す。外では雷鳴が轟き、激しい風に煽られた雨粒が絶え間なく窓を叩いている。
到底今夜中に止みそうにない嵐だと少女は思った。
しかしその直感とは裏腹に、彼女が自身で魔術を練り上げて構築した航海図の予測では明日は快晴なのだという。今の時刻は夜十時。部屋の中央に浮いている直径五メートルほどの円盤には小さな世界が広がっていて、中央にはこの国が浮いている。円周上には時刻が示される文字列があり、時刻を進めると地上の世界は南から北に流れ、それに伴うようにして雲が晴れていく。
少女は窓に反射した航海図をつまらなそうに眺めてつぶやいた。
「わたし今夜ははやく眠ることにするわ」
灯りを消してちょうだい、と言うと部屋は暗闇につつまれた。轟々と嵐の音がより一層強く聞こえるような気がした。
明日から新しく始まる生活に不安こそあれど胸躍ることなどない少女にとって、連日続いていたこの嵐は、自身の憂いに天が寄り添ってくれているように感じられていた。
先月に戴冠式を終え、若干十五歳にしてこの国の正式な王となった少女は、先代のいなくなった悲しみをまだ受け止めきれずにいた。国内では少女の生まれる前から人と鬼との戦争が続いており、王家の血を継ぐ者は彼女1人になってしまった。あとのない不安が常に全身を強ばらせていた。
明日の晩餐会が上手くいけば。
明日はこの空で最も大きな力を持つ国・王国メイルと太平洋沖で落ち合い、国王に戴冠式を終えたことを報告するのだ。幼い頃のパーティーで会ったきり全く顔も覚えていない王と親しくならなければならない。
過保護に育てられ自国を出たことがない、ただ優しいばかりの女王には想像もできない仕事である。
これまで少女の心に頷きかけていた天も、明日は彼女を置いて晴れ晴れとした色を浮かべるのだ。
せめて、イフさまだけはわたくしとともにありますように。
少女は祈るような気持ちのまま眠りについた。
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