勇者は量産される

済美 凛 

第1話 勇者教育学校・入学式

「……自分は、選ばれた存在なのではないか」


 そう思わない子供など、この世界には一人もいない。


 鏡の前で木剣を振り回し、誰も見たことのない奥義の名前を叫ぶ。いつか自分を迎えに来るはずの「何か」を待って、眠れない夜を過ごす。


 勇者教育学校の門を叩く少年少女たちは、例外なく、その輝かしい熱病に侵されていた。


​ 白亜の校舎、整備された訓練場。


 中庭に集まった新入生たちは、配給されたばかりの白銀の制服に袖を通し、隣り合う者同士で期待を語り合っていた。


​「本日の日程を説明する」


 壇上に上がったのは、人材再配置局の事務官、エドガー・ラインハルトだ。


 彼は祝辞を述べることもなく、手元の端末を操作しながら事務的に告げる。


「今から、君たちの背中に管理番号を割り振る。この番号は、君たちが今後行うすべての『判断』と『結果』に紐付けられる。……10001番、前へ」


​「はい」


 凛とした声で応じたのは、セラ・ノクスだ。


 彼女は迷いのない足取りで壇上へ向かう。測定器に手をかざすと、数値が瞬時に跳ね上がった。


「魔力出力、極めて安定。理論値通りだ。10001番、君は今日から『A班・リーダー候補』として登録される。班員のミスは君の不備として計上される。いいな?」


「承知いたしました。規約の範囲内で、最適な統制を行います」


 セラは淀みなく答え、列へ戻る。その完璧な所作に、周囲からはため息が漏れた。


​「次は俺だろ!」


 番号を呼ばれる前に前に出たのは、フィン・アレストだ。


 彼は周囲の緊張をほぐすように笑い、医務官たちにも明るく挨拶する。


「あ、これ触ればいいんですか? よし……っ!」


 彼が手をかざすと、魔力計が眩い光を放った。


「出力、最大。……10005番(フィン)。君は『A班・突撃候補』だ。君が前に出ることで発生する周辺被害は、すべて君の評価から差し引かれる。了解しろ」


「えっ、被害? ……まあ、俺がもっと上手くやればいいだけですよね。任せてください!」


 フィンは胸を叩き、不安がる仲間たちに親指を立てて見せた。


​「……五月蝿いな」


 列の最後尾で、カイン・ルーフェンが壁を蹴る。

 彼は自分の番が来ると、測定器を睨みつけるようにして魔力を叩きつけた。警告音が鳴り響き、針が限界値を振り切る。


「……10009番(カイン)。出力は申し分ないが、波形が乱れている。規律に従え。さもなくば、君の力は『欠陥』として処理される」


「勝手に測ってろよ。結果がすべてだ」


 カインは毒づきながら、他の生徒たちを威圧するように列を割り込んで戻った。


​「……みんな凄いな」


 その混乱を少し離れた場所で見ていたのは、ガルド・ヴァイスだ。


 彼は自分の番号が呼ばれると、目立たない歩幅で壇上へ向かう。


「10015番(ガルド)。出力、中。……バランスはいい。君は『A班・支援調整』だ。全体の整合性を保て」


「了解しました」


 彼は短く答え、戻り際にフィンが落とした手袋を拾い、セラが通りやすいように列を微調整した。誰に言われるでもなく、彼はすでに「自分以外の何か」のために動き始めていた。


​ そして。


 全ての「主役」たちの測定が終わり、中庭の空気が弛緩し始めた頃。


「……最後。155番。前に」


​ 呼ばれた男――リオ・カーディンは、ゆっくりと歩み出た。


 寝癖が少し残った髪に、サイズの合っていない制服。


 彼は測定器に手を触れる。


​ ……沈黙。


 針は動かず、光も漏れない。


 医務官が首を傾げ、計測器を叩く。


「故障か? ……いや、魔力供給はされている。……数値が出ないな」


 エドガーが端末を覗き込み、リオの顔を無感情に見つめた。


「……155番。魔力反応、検知不可。異常耐性、有意な反応なし。……特記事項、なしだ。列に戻れ」


​ リオは短く「はい」とだけ言い、背景の一部に戻った。


 セラは興味を失って前を向き、フィンは「どんまい」と苦笑し、カインは鼻で笑った。


​ 訓練所の食堂へ向かう生徒たちの群れの中で、リオは誰とも会話をせず、ただ歩く。


 後ろを歩く候補生が、リオの背中を見て囁いた。


「あいつ、なんで入学できたんだ?」


「さあな。定員合わせのモブだろ」


​ その言葉を耳にしても、リオの歩幅は変わらなかった。


 白亜の校舎に、重苦しい午後の講義を知らせる鐘が鳴り響く。

 

 勇者教育学校。


 それぞれの「特別」を抱えた若者たちが、同じ制服を着て、同じ廊下を歩き出す。


 その中で一人、何の数字も刻まれなかったリオだけが、誰の視線にも触れることなく、静かに校舎の奥へと消えていった。

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