終話 「祭りのあとで」①


 クルト・ベレ、フィデリオ・バーゴップの人生は、とある人買いによって崩された。家族をその人物に殺され、彼ら自身は回収され、クルトは息子として、フィデリオは従者として別の人買いに売られた。その人買いというのがメーネでクルトの父と名乗った者だ。


 彼のキャンプが炎上したのは、クルトたちをはじめとした反意ある者たちが火を放ったためであった。その頃から、クルトたちは復讐を誓っていたのだ。自分たちの人生をぐちゃぐちゃにした人買いを。


 その人買い、名をラニサヴ・ビットナーという男で、リエレット地方のみならずフレーダーマオス大陸全土で多少の差あれど行われている人身売買の元締めとして指名手配されている。一般には年齢不詳、詳しい容姿も不明。しかし確かに存在する。その男を捕らえるために組織された専門の機関すら中央にあるほどだ。中々姿を現さない用心深い男であり、人買いたちの中でも彼と面会出来る者はひどく少ないのだという。


 クルトたちが自身の運命を変えたはずの人買いという忌むべき犯罪に手を染めたのも、それゆえであった。同じ人買いになり、地位を上げ、面会を叶えてその手で幕を引きたい。その一途で歪んだ願いを元に。


 今回の事件が成功すればクルトたちはその悲願を達成するはずだったのだ。しかしそれは、猟師たちによって阻まれてしまった。




「――ってのが、俺がクルトから聞いた話っす」


 報告を終わらせて、痛々しく腫れ上がらせた顔一面に湿布を貼っているレギナルトは、沈んだ様子で俯いた。


 他の猟師たちが何を訊いても口を噤み続けたクルトたちが、昔馴染みのレギナルトにだけ明かした真実に、ヴァッサーフォーゲルのハンターギルドに集まった猟師たちはそれぞれの表情を浮かべる。苦い顔をする者、同情して悲しそうな顔をする者、冷徹に無関心を表す者、まるで気にもしていない者。言葉を発するのが罪であるかのように静まり返るギルドと、光と音に包まれる外の騒ぎは真逆であり、一種異様な空間と化していた。


 首謀者であるクルト、フィデリオを確保し、その他の者たちもほぼ全員が捕らえられた。少女たちは全員が保護されている。――残念ながら、数人は〝攫われる前と完全に同じ〟という状態ではないのだが。


 その他後始末をしていたら、日は早々に暮れてしまった。すでに時計は翌日を指しているが、町は何事もなかったかのように祭りの音に包まれている。


「……何か、可哀想……」


 誰かがぽつりと呟いた言葉を皮切りにギルド内がざわめき出した。


「何が可哀想なんだよ。犯罪は犯罪だろ」


「だけどそうなった原因は自分じゃどうにもならなかったことだろ」


「犯罪者になったのはあいつらの意思でしょ? 殺したのはどうかと思うけど、折角逃げられたならそのまま平和にだって生きられたじゃない」


「私は何となくその道を選んだあの人たちの気持ち分かる気がします。私だって家族は大事だし、そんなめちゃくちゃにされたら復讐したいって思うかもしれない」


「そんなのは意思が弱ぇだけだろうが。人買いから救われて真っ当に生きてる奴だってたくさんいんだぞ」


「だけど……」


「でも……」


「だから……」


 喧々囂々けんけんごうごうと猟師たちは肯定・否定に分かれて各々の意見を言い合う。その騒ぎの中、アニカは立ち上がり、近くにいたツェンタに下がることを告げてギルドを出た。しばらくひとりで歩いていると、背後から騒がしい声が追いかけてくる。


「アーニカー」


「待てよー、置いてくなって」


「アニカさーん」


「……何よ、宿屋帰るだけだから。祭り行きたいなら行ってくればいいでしょ」


 トルステン、トミー、レギナルトに追いかけてこられ、アニカは前を向いたまま適当にあしらった。


「うんまあそれはこの後行くとして」


 やっぱり行くのか。


「あいつら止めないのか?」


 問われ、アニカは足を止め振り向く。


「止めない。止まらないわよ。感情が元になってる善悪論なんて人それぞれなんだから、〝結論〟なんて出やしない。だったら勝手にやらせてればいいでしょ、飽きたらやめるわよ。……大体、あたしはどっちつかずなのよ。クルトたちに同情する気持ちもあるけど、弱いからだと突き放したくなる気持ちも分かるもの」


 だから何も言わない。そう締めくくってアニカはまた歩き出す。トルステンとトミーは互いに顔を見合わせ、複雑な表情をしているレギナルトに視線を向け、彼の背を押しながらその後に続いた。


「……なあアニカー?」


 トルステンが声をかけてくる。何、と短く問い返すと、トルステンは彼女に駆け寄りその髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。


「明日朝一でファニー連れてヴァインシュトックに一回帰んな。んで、あいつ、、、と話したらまたこっち来いよ。それまで俺らが代わりに仕事してっから」


 歯を見せて朗らかに笑ったトルステンの勧めに、アニカは一体何だと言いたげな表情を浮かべる。しかし、反応するより早くトミーが後押ししてきた。


「ああ、そりゃいい。行って来い行って来い。仕方ねぇなぁ、このトミーさんが一肌脱いでやっから」


 ばんばんと背中を叩かれ、アニカは即座に文句を言おうと口を開く。だが、数度口をぱくつかせるとぐっと唇を結んだ。そして、長い息を吐いて頷いた。


「……分かったわ。ファニーを一人で帰らせるのも怖いし、そうする。あ、じゃああたし泊まってる宿屋あそこだからここでね。あんまり馬鹿騒ぎするんじゃないわよ。おやすみ」


 口早に言うとアニカはさっさと宿屋に向かって歩いていってしまう。軽く手を振って見送ってから、トルステンたちはさあ祭りに繰り出すぞと違う意味で気合を入れた。最後までアニカを見送っていたレギナルトは、彼女の姿が見えなくなってから彼らに声をかける。


「トルさんトミーさん、あいつって……?」


 ただひとり何の話をしているのか分からなかったレギナルトの疑問にトルステンとトミーは揃って「ああ」と声を出した。そして流れるようにじゃんけんを交わしてから、負けたトミーが喋りだす。


「デリアだよ。あいつも、クルトと同じだったからな」


 クルトと同じ。レギナルトの目が見開かれる。


「ただ、あいつは三年前の、クルトたちが起こした方の騒ぎの被害者だけどな。アルダグの配下に家族を殺されて、売っ払われた。その売られた先の奴使ってその配下ってのを殺そうとしたんだ。けど、その頃にはこっちの地方の管轄だったんだんだよな。残党狩りに参加してたアニカに会って、助けられたんだ」


 その時盛大に喧嘩をしたらしいが、以降ふたりは今のように仲良くなったのだ。当時のことを思い出して笑って会話をするトルステンとトミーをよそに、レギナルトは唇を噛み締めて俯く。


 同じ、確かに同じだ。ただ違うのは、アニカはデリアを救え、レギナルトはクルトたちを救えなかったこと。子供の頃からその状況であったのならば、どこかで止める機会があったはずなのだ。それに、レギナルトは全く気付かなかった。友達だとあれだけ堂々と口にしていたのに、レギナルトは彼らの辛さに気付いてやれなかった。


 どんな思いをしていたのだろう。レギナルトが馬鹿のようにへらへらと笑っている間、どんな思いをして、隣で笑っていたのだろう。


 足元がふらつき、視界が歪む。倒れそうになる気持ち悪さを覚えた、その時、突然両脇から背中を叩かれる。


「痛っ……!」


 何故、と涙目になり背後を振り返ると、予想外に真剣な二対の視線とぶつかった。


「レギナルト、誰かの人生背負うつもりならまず笑え。相手がどんなに辛い人生になっても、受け止めてやれるぐらい強くだ。それが出来ないなら、まだ自分のためだけに生きろ。少なくともそんな暗い顔してる奴には早い」


「おおよ。男ってのはな、でっかくなったら親なり嫁なり子供なりを背負うことになるんだ。それが友達だってこともあるだろうよ。けどいいか、心の芯が弱い奴に背負われるのなんざ誰だって御免だ。誰かの助けになりたいなら、まずはそっから強くなれ」


 夫として、父として、家族を背負う男たちの真っ直ぐな感情が視線を通して運ばれてくる。何も言っていないのに見抜かれてしまった恥ずかしさと、見抜いてくれた嬉しさが、レギナルト心の中で激しく入り混じった。


 深く俯き顔を見せなくなってしまったレギナルトに向けていた視線をお互いに合わせて、トルステンとトミーは「まだ早いか」と言うような顔をする。そして、にっと歯を見せて笑うとまたレギナルトの背を数回叩いた。


「ま、今言っても仕方ねぇな。よっしゃ、今夜は俺の奢りだ。飲み食いすんぞ、トミー、レギナルト」


「何ぃ、この金持ちめ。俺行きにばたばたしてたからお小遣いもらえなかったから金ねぇかんな。ごちになります」


 いつも通りのテンションで、トルステンとトミーは祭りに向かって歩き出す。すると、そのふたりの服の背を、レギナルトが引いた。


「んがっ!?」


「ど、どしたレギー?」


 子供のような引かれ方だが、図体のでかいレギナルトがやるとある意味凶器である。思い切り首を絞められてしまったトルステンとトミーは軽く咳き込みながら振り返った。そして、背後の大きな子供に苦笑する。


「うっぐ、う~~~っ……!」


 歯を食いしばって声を出ないようにしているが、ぼろぼろと涙をこぼし鼻をすするその様は十九の青年とはとても思えない。ふたりは進んだ分を戻りレギナルトを両側から挟んで背中に腕を回した。


「おお、泣いておけ泣いておけ。すっきりして強くなろうぜ」


「そうだそうだ。もっと強くなって早くアニカ口説きにいけるようになれよ。俺らはお前の味方だかんな」


 年長者ふたりの励ましを受けて、みっともない泣き顔をそのままにレギナルトはゆっくりと歩き出した。この情けなさを、みじめさを力に変えようと心に決めて。


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