831

羽柴56

短編

 頬を撫でる風が心地良い。

 芝生と土の香り、踏みしめた大地の感触。

 少し雲が厚い。

 その空模様は、煩わしい仕事を辞めた私の心を映し取った様だ。

 雨が近いのだろうか、眼下の水溜まりには蛙が集まりゲコゲコと鳴いた。


 この世界を作ったのは私。

 こういった五感を刺激するギミックには拘ったのを覚えている。

 結果納期に追われ、開発開始から今までまともに休みが取れた記憶はない。

 生活の全てをこの世界に捧げた。

 私の全てが詰まった世界。

 最後にどうしても自分の世界を直接見て、感じておきたかったのだった。


 大学卒業後勤めたゲームプログラマーの仕事は、急速に発達したAI技術によりVRMMO業界も席巻した。

 自動生成による拡張世界は、人が一から作り出すには広大過ぎたのだ。

 三十路手前まで、VRMMO【ティアーズワールド】のプログラマの一人として世界を作り続けた。


 しかし運営コストの為に人員削減が言い渡され、私は自分の作った世界にAI導入という会社の方針に、やるせなさを感じ早期退職願いを提出した。


 私が激務から解放され、1週間。

 燃え尽きた心は、凪のままに過ぎさる。

 特に目的もなく見ていた動画サイトの広告に、【ティアーズワールド】がマップやクエストが自動生成されて再始動する旨が伝えられた。

 理由も分からず涙が出た。


 アップデートまであと5日、気づけば私は初期スポーンの高原に立っていた。

 なんの気なしに自分が作った世界を旅したくなったのである。


 以前作った家で遊ぶ為の、テスト用アカウント。

 @_りう。現実の性別とは違う男性アバター。


 この世界の最後と新生を見届ける者の名。

 激務の中、実際に遊ぶ時間はほとんどなかった。

 この機会に全てを、楽しもう。

 鎮魂歌レクイエムのつもりで、私はこの世界へと降り立った。


 高原の先には、赤い鳥居と境内が見える。

【ティアーズワールド】の世界は、いくつもの物語りの欠片を紡ぐスローライフ系のMMOだ。

 全ては、この小さな稲荷神社がスタート地点。

 狐耳のマスコットキャラ、ウカちゃんに会って土地を貰う事から始まる。


 ウカちゃんは、大きなリボンをつけた三頭身の女の子。

 巫女服で浮遊した姿はそれだけでも、かわいらしい。 

 だがそれ以上に、垂れた大きな尻尾がゆらゆら揺れるのはデザイナーの拘りが感じられた。


「やぁやぁ@_りうちゃん。 それは管理者IDだね? テスト用セーブデータを使用するかい?」


「ウカちゃん久しぶりぃ! 装備集めもめんどくさいし、ロードして貰える?」


「はぁい了解! えっと装備は、白銀の全身鎧とロンギヌスの槍、アクセサリーは白馬の首飾りだね。 移動系基礎アイテムは取得済みということで! じゃあ土地も用意したから楽しんできてねぇ〜!」


 そう言って小さな狐の肉球を見せて、手を振るウカちゃん。

 その肉球の魔力だけでその場に留まりたくなるが、あまり時間はない。

 後ろ髪ひかれる思い、で私はその場を離れた。


 このウカちゃんのデザイナーとは、長年知恵を出し合ったのを覚えている。

 無骨な腕をした大男の癖に、繊細なタッチでキャラ造形をする男。

 同期入社の彼とは、とても趣味があった。

 私のアイデアがデザインに反映された事は、一度や二度ではなかった。


 彼は私が辞める前に、このプロジェクトから外され会社からも去っていった。

 送別会の日。私に何かを言おうとして、そのまま去っていったのを思いだす。


「君と私で描いた世界、やっぱり素敵だよ」


 境内を越えた先。

 デフォルメされた妖精達が遊ぶ森の中、木々のさざめきと、川のせせらぎを聞きながら自分達の作り出した世界を感じる。

 何かを残した。そんな満足感が、心を満たすのだった。


 暫く私はこの初期マップに似つかわしくない、白銀の鎧を身に纏い辺りを散策した。

 出会うモンスターも丸っこい。

 かわいらしい容姿で、槍で貫くのは躊躇われる物ばかりだった。


「倒す時のぐにって感触がリアルすぎね。 やってみないと罪悪感ってわかんないものね〜」


 今更、デバック不足を痛感する。

 もうすでに会社をやめているというのに、未だに開発者目線が抜け切らない物である。

 自分の未練がましさに、少し自嘲した。


 私は一通り初期マップを見て回っていると、何故か初心者以外のプレイヤーが多い事に気付く。

 何かを血眼になって探している――そんな感じだ。


 その必死な姿が気になり、私はその一人に声を掛けてみる事にした。


「ねぇ? 何を探しているの?」


 廃課金装備に身を固めた男性は、驚いた顔をするも気さくに答えてくれる。


「あれ? お兄さん知らない? 曇り空の蛙人」


「曇り空の蛙人?」


「レアエネミー?とか、消し忘れたバグとか? 良くわかんないけど、ここ数日で目撃情報が増えてさ! 自動生成が始まったら見れなくなるかも知れないから、皆今のうちに探してんのさ!」


 そんなの用意した記憶はなかった。

 しかし、曇り空限定のレアエネミーの話はデザイナーとした記憶がある。

 あまりに限定的過ぎたのと、初期マップに配置する事で高レベルプレイヤーが狩場を荒らす危険性から実装には至らなかった話だ。


 なんだか、仕事のやり残しを見つけたようでばつが悪い。

 私は男性にお礼を言って、自分も実装した記憶がないレアエネミー探しを開始したのだった。


 結局色々回ろうと思っていた5日間は、蛙人探しに費やされた。


「なにしてるんだろ?」


 そんな言葉がこみ上げる。

 こうやって細かい所に拘るから、労力の無駄と散々なじられるのだ。

 わかっている。

 しかしこれが性分だった。


 すで深夜を回り、0時のアップデートまであと15分。

 暗い森の中、私はやっと蛙顔の見慣れないモンスターを発見した。

 そのモンスターは、特に動くこともなく槍を突き出すと、手応えもなくあっという間に倒れた。


「バグ? 手応えがここまでないのはおかしいわね」


 私は戦利品を確認する。

 取得したのは831と書かれた謎のアイテ厶。

 これは、管理者アカウントのみが取得可能なデバックアイテムとして存在していた。


 私はそのアイテムを、管理者権限で開封する。

 開封されたアイテムには、作成者のデザイナーの名前と私とまたゲームを作りたいと記載されていた。


「831ってなに!」


 私はアップデートで、強制終了され目覚めた部屋で叫ぶ。

 怒りのままに電話を掛けるとデザイナーは、恥ずかしそうに831の数字の意味を私に語った。

私は意味を知って、


「そんなもんゲーム内に残すな!」


その夜は一晩中、説教した。


後日私達は、二人で会社を立ち上げた。

831の答えは保留している。



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831 羽柴56 @hashiba56

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