星降る駅のあやかし遺失物係

mynameis愛

第1話 星降る夜の「落とし星」

 終電が去ったホームに、静けさが戻る。

 星見市駅・遺失物窓口の夜番、志歩はシャッターの鍵を二度確かめ、深く息を吐いた。


「勤務は勤務。私情は私情。……よし」


 表の窓口は閉まっている。けれど、駅の裏手――古い石段の脇にある小さな木戸だけは、夜更けに一度だけ開く。

 人間の落とし物ではなく、“あちら”の落とし物が来るからだ。


 木戸の前に、影が二つ。

 ひとつは人間。もうひとつは、尻尾がふわりと揺れる小さな狐。


「おつかれ、志歩さん。今夜も社畜……じゃない、駅員の味方、昌之くん参上っと」


 昌之は制服ではない。警備会社の腕章をぶら下げ、口笛を吹きながら立っている。

 目つきは軽い。笑い方はさらに軽い。志歩はこの男を、かなり信用していない。


「その言い方をやめてください。あと、木戸の前で口笛も」


「はいはい。……で、今日の“お客さま”はこの子?」


 狐の子が、志歩を見上げてきゅっと鳴いた。金色の瞳が、やけに必死だ。


「受付します。お名前は?」


 狐の子は首をかしげ、足元を掻いた。

 志歩は即座に理解する。文字が書けない。人間の言葉も、たぶん得意ではない。


「ほらな。何を言っても無駄です」


 昌之が、狐の子に向かってニヤついた。

 志歩は、昌之の足を踏んだ。


「……っ! 志歩さん、足癖!」


「相手を見て言い方を選んでください。ここは窓口です」


 狐の子は「こん」と鳴き、くるりと身をひるがえして木戸の外へ走り出す。

 置いていかれたのは、志歩と昌之と、木戸の前に転がった小さな包みだけだった。


「え、置き土産? 中身、見ていい?」


「規定に従って確認します。あなたの指は触れないで」


 志歩が手袋をはめ、包みを開く。

 中から出てきたのは、透明な針のような欠片。星の光を閉じ込めたみたいに、淡く瞬いている。


「うわ。高そう」


「値段の話をしないでください」


 志歩が記録票に書き込もうとした瞬間、欠片が、ぴしっと空気を鳴らした。

 志歩の耳元で、小さな声がした気がする。


――かえして。


 志歩は眉を寄せる。

 昌之は、欠片を指でつまもうとして、また足を踏まれた。


「痛い! 志歩さん、俺の足、好き?」


「嫌いです」


 欠片は、ふっと光を強め、今度ははっきり志歩の心に言葉を落とした。


――星降る夜。ぼくは、約束を見てた。


「約束……?」


 志歩の頭に、駅の古い清掃員の顔が浮かぶ。

 夜勤明けに、休憩室の窓から空を見ていた老人。志歩が配属されてすぐ、突然いなくなった。


「あの人……」


 昌之が、志歩の視線の先を読んだみたいに言った。


「清掃の佐久間さん。先月、家で倒れて、そのまま……ってやつ?」


「勤務中の私語は控えてください」


「はいはい。で、これが佐久間さんの“落とし星”だとしたら、返す先は?」


 欠片が、机の上を小さく跳ねた。

 志歩は地図を広げ、駅周辺の住所録を指で追う。佐久間――緊急連絡先――孫――海斗。


「孫に返す。……それが妥当です」


「妥当、ねえ。志歩さんはいつも“妥当”。泣いたり笑ったりしない」


「勤務中です」


「勤務中でも笑う人、いるけど?」


 志歩は返さない。

 ただ、欠片を小箱に入れ、封をして、朱肉の印を押した。

 その手が一瞬だけ、ほんの少し震えたのを、昌之は見逃さなかった。


 翌日の夕方。

 窓口に、少年が立った。ランドセルの肩紐を握り、唇を噛んでいる。


「……じいちゃんの、物……ありますか」


 志歩は、小箱を出した。

 少年――海斗がふたを開けた瞬間、欠片がふわりと浮き、少年の指先へ降りた。


 その途端、窓の外が暗くなった。

 空から、ぱらぱらと白い光が落ちる。星が降るみたいに。


「え……?」


 海斗が目を丸くする。

 志歩も、昌之も、言葉を失う。駅の照明が一瞬だけ柔らかく揺れ、構内放送のノイズまで、なぜか優しい音に聞こえた。


――また、見ような。


 志歩の胸の奥で、確かに声がした。

 海斗の目から、涙がぽろっと落ちる。


「……じいちゃん、いつも言ってた。星が降る夜に、俺とホームで見上げるって。……でも、忙しいからって、ずっと……」


 志歩は、机の下で拳を握った。

 公私を分ける。感情は仕事に持ち込まない。そう決めてきた。

 それでも、少年の涙を前に、志歩は言葉を選んだ。


「今日は……ホーム、行きますか。窓口は私が責任を持って閉めます」


 昌之が、わざとらしく咳払いをした。


「志歩さんがそんなこと言うの、珍しい。俺も行こうかな。警備の巡回って名目で」


「好きにしてください」


 三人でホームに出ると、空にまだ小さな光が散っていた。

 海斗が欠片を胸に抱え、空を見上げる。


「……星、落ちてないよ。ちょっとだけ光ってただけだ」


 志歩は、少年の隣で静かに答えた。


「落ちる落ちないの話ではありません。約束が届いた。それで十分です」


 昌之が、背伸びしながら笑った。


「はいはい、志歩さんらしい。……でも、そういうの、嫌いじゃない」


 志歩は答えない。

 ただ、星のない夜空を見上げて、胸の奥が少しだけ温かくなるのを、初めて“勤務中”に認めた。


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2026年1月12日 19:31
2026年1月13日 19:31

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