ソフィアのえにっき
Fughse
第1話――はじまりのはじまり?
……私の名前はソフィア。
……叡智って意味。
……古い言葉ではアイオーン。
……でもそう呼ばないで。
……せめて夢の中では。
むかしむかし、あるところに青い髪の妖精の少女がいた。
ソフィアは相棒の小さい飛竜――〝ちびドラ〟の背に乗るのが好きだ。
半分の半分くらい風まかせのソフィアと違って。
2人で飛ぶと、いろいろな場所を巡れるから。
〝ちびドラ〟は小さいのに、驚くほど疾い。
飛んでいるときは、猛スピードの空気が顔にまとわりついてくる。
「!」
一瞬だけ、息が苦しくなったとき。
「……」
音を置き去りにしたような静寂が訪れるのだ。
空の青さ、地面の緑や茶色、無性に小さい頃を思い出してしまう夕日――そして夜は街の灯りが色鮮やかになる。
……キラキラでポケットがあふれるの。
……前よりもっと。
……あふれてこぼれて。
……今よりも。
……この世が星で満たされたらいいな。
……その先も。
旅も好きだが、飛んでいるときの煌きこそがソフィアの楽しみだ。
最近の彼女のお気に入りは、未明と夜明けのちょうどあいだ。
夜空の宝石箱をちりばめたような満天と、東の果てから昇ってくる太陽が同居する時間。
儚く短いその一瞬だけ、夜と朝が同居する。
日の出もいい。
眠りの退屈を吹き飛ばしてくれる――そんな予感がするから。
……ただいま。
ソフィアと〝ちびドラ〟はたったいま、冒険から帰ってきた。
世界の端を越えた先までの長い旅だった。
ただ、世界の果てを目指した旅のゴールは期待とはちょっと違った。
あれこそが、あそこにあった大きな樹こそ、世界の中心だった。
世界の端っこに住んでいたのは、むしろ自分自身。
……私は何も知らなかった。
……ソフィアなのに。
それにしても大きく、不思議な形の樹だった。
10本の幹が絡まり、螺旋状に伸びながら3本の木が三角に交差し、そして合わせて22本の枝。
そしてもうひとつ。
……あの樹からさがってた〝卵〟はなに?
妖精の少女にはひとつ心当たりがあった。
ソフィアが家の中で旅を振り返っていたときだ。
「ピン♪ ポン♪ パン♪ ポーン♪」
呼び鈴を押さずに、典型的なメロディを口ずさむ、粗野な青年の声がした。
「ヒャッハー! 俺は地獄の大尉、悪魔のヨハン様だ!」
「入っていいと言ってない」
ソフィアの抗議を無視して、悪魔を称する青年は、妖精の小さな家に入り込んでくる。
無様に這いずりながら。
「よろしくどうぞ、メスガキ妖精ちゃん」
彼は両肘を床について、絶妙に人の神経を逆撫でする姿勢をとった。
無礼な挨拶もそこそこに、ヨハンは本題に入る。
「お前さんが旅してたキラキラした世界だけが、この世の真実じゃない――もっと面白いものを見に行こうぜ! 連れてってやるからさ! ロハで!」
どうやらこのヨハンは本物の悪魔のようだ。
なぜなら、妖精の少女が最も心を弾ませるものを知っていたからだ。
一般的にそれを〝好奇心〟と呼ぶ――あるいは探究心とも言い換えられる。
ソフィアは、
「面白い?」と訊いた。
……つい訊いちゃった。
ヨハンは嬉しそうに頷くと続ける。
「それだけが地獄の取り柄だ――性病のストリッパーと冷えてないビールに勘弁してやれば、天国より天国だぜ!」
「ふーん」
ソフィアはお昼寝中の〝ちびドラ〟を留守番させて、ヨハンと地獄巡りの小旅行へと出かけるのだった。
家の外に出ると、ヨハンは悪魔を象徴する黒い翼を背中に生やした。
カラスよりも真っ黒な、艶のある光沢を帯びた2枚の翼。
「ん」
肯定でも否定でもない、曖昧な返事をしたソフィアは悪魔の肩に立つ。
ヨハンに連れ回されて、地獄を観光するソフィア。
「けっこう、イメージと違うだろ?」
「ん」
地獄の景色はずっと夜がつづく。
しかし、この世界はまったく暗くない。
ヨハンは〝けっこう〟などと言ったが、それどころではない。
通りは一面に人工の照明で輝き照らされ、地面や建物に反射して光で彩る。
色とりどりの看板やネオンサイン、みんな明かりを灯している。
……まるで〝夜〟を怖がってるみたい。
道を行く人々はみんな笑っていた。
……なにがそんなに楽しいの?
……ここは地獄なのに。
次に妖精の少女が連れてこられたのは、中央にダンスフロアのあるディスコだった。
あるいはナイトクラブともいう。
中央のダンスフロアとそれを取り囲むボックス席、それから中2階にも似たような半個室の席が並んでいる。
その座席に座っている客たちは、みな一様に四角い板を見つめて、たまに触っているようだ。
……端末水晶?
……変なマーク。
板――端末水晶の裏面には禁断の実である、リンゴを象った印が刻まれている。
そして誰も口を利かないし、隣の席の人とも話さない。
目も合わせない。
ときおり失笑を漏らしたり。
舌打ちしたり。
かと思えば、親指を立てたり下に向けたり。
……あんなのに夢中になって。
……ばかみたい。
……だから亡者なの?
また、テープルにあるのは缶のジュースばかりだ。
中身は致死量のカフェインとアルギニン。
それからいくら飲んでも太れない甘味料。
……お花の蜜の甘さを知らないんだ。
……亡者は哀れで惨め。
――♪ ジルバ(ナイト)♪ ジルバ(ナイト)♪
イントロに合わせて、軽薄な指を鳴らす音が繰り返された。
背後の音楽がうるさくて、ソフィアは振り返った。
相思相愛で気分は有頂天♪
身も心も天国まで一直線♪
他の客はみな中央のダンスフロアに集って、音楽に身を委ねている。
「言っただろ? ここのビールは温いし、ストリッパーは全員が性病持ちだって」
「ん」
どちらも彼女には興味なかった。
ふと、ソフィアの口から別の疑問が湧いてくる。
「寝たいときはどうするの?」
ヨハンは答える。
「レコードが擦り切れるまで踊るんだ」
出発前には起こしてよ♪
僕をヨーヨーみたいにしないでね♪
ソフィアは首をかしげてしまう。
それでは眠れないではないか。
「意味わからない」
これにヨハンはおどけて、リズムに乗って踊りだしながら言う。
「そんなもんないぜ――そんなもん」
出発前には起こしてよ♪
君のお転婆は見逃したくない♪
ヨハンに合わせて、いつのまにか周りに集まった、顔のない人形たちもいっせいに踊りだす。
出発前には起こしてよ♪
いっしょに踊って、元気になろうね♪
やる気アゲアゲで盛り上げたいんだ♪
「……」
……もういい。
……付き合ってられない。
ソフィアは眠りたくなって、ちょうど居心地のよさそうな暗い場所を懸命に探そうとする。
ところが、どこにも休めそうなところはない。
……電気のスイッチはどこ?
……暗がりを作れたらいいのに。
ディスコから出たソフィアを、ヨハンは歩いて追いかけてくる。
彼は歩いているのに、空を翔ぶソフィアが振り切れない。
ヨハンをよく見ると、後ろ向きに滑るような歩み。
地面に足をこすりつけるような、独特の後ろ歩き。
ひと昔前、あるいはもっと前に流行った、奇妙な動きをヨハンは得意げに披露した。
彼はおかしい。
そうだ、ヨハンは悪魔だった。
……本で読んだことがある。
……悪魔は魂を〝食べて〟しまうの。
きっと、ヨハンもソフィアを捕まえて、妖精の魂を食べるつもりだ。
彼の後ろには同じ歩き方で、無数の顔のない人形たちが付いてくる。
悪魔に率いられた、のっぺらぼうの1個小隊。
「こんなのおかしい」
妖精の少女がつぶやくと、
「みんなおかしいんだぜ」とヨハンは言った。
そして悪魔は笑い出す。
「ヒャーハッハハハハ!」
人形たちもつられて笑い出す――いつの間にか、人形たちには顔が描かれていた。
どれも表情は違うが、その顔は全てピエロだ。
「ヒャハハ」
「ヒヒヒ」
「フフフ」
「ヘヘヘ」
「……」
ソフィアだけが笑わずに、無言で彼らを一瞥すると再び翔んで逃げた。
……失敗しちゃった。
……ここに入る前に地図を作るべきだったのに。
……出口へ先回りされた。
やがて、妖精の少女は袋小路に追い詰められてしまう。
ヨハンを中心に、ピエロの人形たちがソフィアを笑顔で取り囲んだ。
「やれ、ハーレークインども――シックスより全隊へ。交戦を許可する。前面に展開、しかる後に半包囲せよ」
ヨハンがこれまでと打って変わって冷たい声で命じた。
「ゴメイレイを〝しっくす〟よりジュリョウ――〝はーれーくいん〟はコウセンキテイにシタガい、モクヒョウにタイショします……」
すると、目の下に涙を描かれたピエロが両手を伸ばしてきた。
ソフィアを掴まえるために。
「……」
絶体絶命かと思いきや、輝く白い羽が降ってくる。
ゆらゆらと揺れながら。
「っ――!」
一瞬だけ、時間が止まったように全員が呆気にとられた。
2人の間に、剣と天秤をそれぞれの手に持った天使が舞い降りてくる。
「ちっ!」
ヨハンが舌打ちした。
着地の勢いのまま、天使は涙のピエロを一刀両断した。
さらに天使が剣を振るうと、ソフィアを取り囲んでいたピエロ人形たちは風の勢いで吹き飛ばされていく。
ソフィアの青い髪も揺れた。
「出たな! 巨乳ちゃん!」
ヨハンが下劣な言葉を放った。
天使の天秤だけが動かない。
ピエロ人形たちを薙ぎ払った天使は、悪魔と正面から向かい合った。
左手の天秤を前に突き出し、右手の剣を大上段に構えて言う。
「我が神聖なる名は天使長の副官ミリアム――汚らわしき闇の者、おさがりなさい」
悪魔に構わず、
「さあ、羽のある小さな旅人さん、こんな不健全な場所からは御暇しましょう」と天使ミリアムが天秤を携える手を伸ばした。
「ん」
ソフィアが天秤の片側に立った直後。
カタンと音を立てて、天秤が傾いた。
それから輝くミリアムの翼が突風を起こした。
台風の風よりも強く光よりも静かな力が生まれた。
これに抗えず、影でできた体のヨハンを吹き飛ばされてしまう。
悪魔の青年は天使の涼しい風に巻き上げられながら、
「覚えてやがれ! 顔が良くて体がスケベな天使め! 次はパフパフの刑で頼むぜ!」と負け惜しみを残して去ったのだった。
ミリアムに救い出されたソフィアは天国へと案内された。
「……どこに行ったの?」
気がつくと、いっしょにいたミリアムの姿はなかった。
ソフィアは周囲を見回す。
妖精の少女は今までの旅で心が丈夫になっていたため、怖がったりはしない。
それでもちょっとだけ心細いような気がした。
なぜかはわからない。
……きっと気のせい。
ソフィアはそう思うことに決めた。
改めて天国を観察すると、そこは不思議な場所だった。
どこまでも清浄な光で満ちた真っ白な輝きの世界。
地獄とは大違いだ。
明るいのは似ているが、とにかく静けさに満ちている。
無音なのに耳がキーンとする。
……静かすぎるから?
……音楽くらい、かければいいのに。
……レコードが擦り切れちゃったの?
ソフィアは先程までいた地獄の喧騒が、少しだけ懐かしくなった。
ここは、誰もいない孤独の白亜の国。
ソフィアはひとりぼっちなまま。
耳を済ませると、誰かに呼ばれた気がする。
〝ようこそ天国へ〟
優しい女の人の声だ。
〝ここは無の光の国〟
〝私たちの仲間におなりなさい〟
「……」
ソフィアは唐突に嫌な予感がして、翔んで逃げようとする。
「なんで?」
しかし、妖精の力が失われてしまったのか、いっこうに身体が浮かない。
なにもないとわかってはいるのに、石ころを背負わされたように重たい。
冷たくなった背中を振り向くと、輝く鱗粉が少しずつ周囲の清浄な光に吸われている。
天国の光が妖精の力を少しずつ奪っていたようだ。
このままではソフィア自身も危ない。
〝悪魔は魂を食べる〟というが天国は〝まる呑み〟してくるのか。
少しずつ光に溶かしながら。
ソフィアはたまらず走り出す。
方角も、道も、自分の足元すら見えない輝く白い地面を……
「やっぱな――そうなるよな。うん、知ってた知ってた」
地獄でミリアムに吹き飛ばされたヨハンが憮然としてつぶやいた。
その手にはどこから出したのか、軍用のミル目盛り付きの双眼鏡を携えている。
頭上を見上げながら。
悪魔だというのに、地獄にいながら彼は天国が見えるのか。
「ハーレークイン全隊へ――シックスだ。これより一方通信で命じる。全隊はしばらく待機せよ。ブレイク、次の命令まで任意交戦と先制を許可する。ブレイク、以後の指揮はシニアに委譲する。シックス、アウト」
誰もいないところで、彼は極めて事務的な命令を下した。
ヨハンはピエロ人形たちに待機命令を与えると翼を広げた。
カラスよりも真っ黒な、艷やかな悪魔の翼を。
「!」
地面を蹴った悪魔は瞬きよりも短い間で光に匹敵するまで加速して飛び、夜空のさらに向こうを目指した。
天国に連れてこられたソフィアは、なにもない空間を走っている。
右から左から前から後ろから上から下から、
〝こっちにおいでなさい〟と優しい女の人の声がした。
〝あかるいところへ〟
〝もっとこちらへ〟
〝さあ〟
ソフィアは無視をつづける。
妖精の彼女がこんなに走るのは初めてのことだ。
「あっ」
ついにソフィアの足がもつれて転んでしまった。
勢いよく手をついたせいで、手の平がビリビリ痺れるように痛い。
膝に体重をかけると、地面が固く氷のように冷たいことがわかった。
ただ翔べないだけで、こんなに惨めな気持ちになるなんて。
ソフィアはこんなことも知らなかったのかと、自分に嫌気が差して、
「帰りたい」と弱音が口から漏れた。
誰にも聞こえない妖精の小さな声だった。
はずなのだが……
ここはソフィアの家。
「……!」
お昼寝中だった〝ちびドラ〟が目をあける。
竜の瞳の中にある瞳孔が縦に長くなった。
「……」
猫のように背中を丸めたり伸ばすように、身体に力を巡らせる。
〝ちびドラ〟はゆっくりと翼を広げはじめた。
立ちあがったソフィアはあいかわらず、天国を走り続けていた。
自分を取り囲んでいる無数の声から逃げるために。
そこへ大天使ミリアムが再び姿を現した。
彼女は微笑して、ソフィアの手を一瞥する。
「気の毒に」
翼から1枚の羽を抜いて、息を吹きかけると――それは粉のように舞い、ソフィアの手の平の擦り傷を癒やす。
もう痛みはない。
「……」
天使は、
「何を恐れますか」と訊いてきた。
ミリアムはソフィアの答えを待たず、続けて言う。
「天国では誰もが平等で、永遠に安らかに過ごせますのに」
その声は天使の翼のように柔らかく、透き通って綺麗な響きだった。
しかし、
「そんなの詭弁――誰も平等なんかじゃない」とソフィアは言い返した。
上品に笑う天使。
負けじとソフィアは自分の心に正直になる。
「だってみんなが平等だったら、私には友だちができなかった」
ソフィアは後ろを振り返った。
つられて天使のミリアムもその視線を追った。
「っ!」
ミリアムは瞠目した。
まさか――この天国に招かれもせずに侵入できる存在など、いるわけがない。
「あれは例外だもん」
ミリアムの驚きを見透かしたかのように、ソフィアが言った。
遥か彼方から何かがまっすぐこちらを目指して飛んでくる。
物体が超音速に達する直前に発生する、ソニックブームを連続で炸裂させながら突進してくる影。
〝ちびドラ〟だ。
「やっと来た」
相棒が自分を見つけてくれた――ソフィアの言葉はいつもと同じく怜悧だ。
……来るってわかってた。
ただ、少しだけ嬉しそうだった。
ちょうどそこに、悪魔ヨハンまで天国にやってきた。
ご丁寧に、地獄のディスコでかかっていた曲の続きを流しながら。
その素っ気ない意地悪が癖になる♪
おかしくなっちゃうのが気持ちいい♪
カモンベイビー♪
戦いよりも踊ろうよ♪
ヨハンが翼を小さくして急降下してくる。
頭上から天国の真っ白い地面に、クレーターを作る勢いで着地したのだ。
……悪魔のくせに天国に?
……なんて滅茶苦茶なの。
……ちょっと面白い――ちょっとだけ。
妖精の価値観はやはり少し変わっているようだ。
この状況を面白がるのがソフィアだ。
ヨハンは言う。
「俺もいっしょに行くぜ!」
悪魔は親指を立てながら、ソフィアに笑顔を向けてきた。
勢いに任せてヨハンは体当たりを仕掛けて、そのまま大天使ミリアムに抱きつくような形で抱えあげてしまう。
「ヒャッハー! お前さんも道連れだぁああ」
ヨハンの悪魔じみた下品な笑い声と、
「いやぁあああ! 穢れるぅううう!」というミリアムの悲鳴が重なった。
先ほどまでの凛然とした態度と打って変わって、道化の振る舞いに清楚な天使が巻き込まれてしまった。
……出来の悪い即興劇。
茶番に心で舌を出している場合ではない。
ソフィアは迎えに来てくれた友だちに掴まらなくては。
〝ちびドラ〟は近づくに連れて、どんどん大きくなっていく。
ついに大人の飛竜へと成長したのだ。
「っ――!」
飛竜は短い咆哮を漏らした。
それを耳にしただけで、定命の人間――あるいは動物ならば一瞬で心臓を凍らせてしまう。
「ヒャッハァ……」
「……」
悪魔や天使ですら戦慄を覚えるのが竜の咆哮だ。
「ん」
妖精の女の子だけが動じていない。
なぜならば彼らは友だちだから。
旅の相棒だから。
飛竜の背に乗ったソフィアたちに〝ちびドラ〟が訊く。
〝かそけき小さな旅人、ならびに便乗者たちよ――我が真名を唱えることを許してつかわす〟
「ん」
〝叡智の裁定者――答申せよ〟
「マイア」
〝承認――これよりいっとき、翼をそなたに授けようぞ〟
飛竜の背に乗ったソフィアは、天国から元の世界に帰ろうとする。
ソフィアが振り返ると、後ろでは悪魔ヨハンと天使ミリアムが口喧嘩をしている。
「なんてことをしたんですか!」
「なにって、巨乳と尻を楽しんだだけだが? なんだ、おかわりのリクエストか? このスケベめ」
「破廉恥です!」
「俺は地獄の大尉だぜ! 天使を堕落させんのは業務の一環だ! 中間管理職は、残業代だって固定支給だし。だったら楽しんだモン勝ちだろ? それもこれもサイコ女神の阿呆が、この世の始まる前からエデンのベリーズでバカンスの最中だからだ!」
減らず口を叩いたヨハンに、ミリアムが顔を真っ赤にして怒り出す。
「冒涜をおやめなさい! なんて不遜な!」
「あのまんま、いい子ちゃんでいたら――お前さんも近い内に死んじまってたぜ?」
「それで結構! あなたこそ地獄に帰りなさい!」
「ヒャッハー! 言われなくたってその予定だ!」
そのやりとりを振り返っていたソフィアは、
「どこかで見た――前にも見た。どこだったかわかる?」と訊いた。
話しかけられた飛竜――マイアは頷いて、音速からもっともっと速い速度を出す。
〝朝の夢の此岸より――夜の帳の彼岸へ送ってしんぜよう〟
なんとなく相棒がそう言ったような気がした。
天国を突き抜けて、ついに漆黒の闇の世界へ飛び出してしまう。
そこは無数の小さな光が点滅する小さな世界。
宇宙。
ぐるぐる回る飛竜マイアの背中で、ソフィアは一点を見つめていた。
そして、
「あっち」と妖精の少女が指さした。
……あそこが一番あったかい。
……だからわかるの。
……私が行くべき場所だって。
そこへ向かって、マイアは小さな光の点を目指す。
落ちるより疾く飛ぶ。
光の粒に近づくにつれて、青い海と緑と茶色の大地と、そこを縦断する大きな河が見えてきた。
もうどこにも天国と地獄は見えない。
これで安心していいのか。
……保証がほしいの?
……人生が退屈になるだけなのに?
その直後にソフィアは気がついた。
「このままだとぶつかる――危ない」
警告を無視してマイアはスピードを維持して、地面に突っ込んでしまう。
「……」
「……」
「……」
「……」
そして夢の外へ。
どれくらい経ったか、ソフィアは目を覚ます。
目をこする。
そんなに眠っていないはずだ。
彼女が周囲の見慣れた景色を確認していたとき、
「にゃーん」と猫の鳴き声がした。
聞き覚えのある声。
「にゃーん!」
今のは、
〝トイレ完了! 遊び再開! 誰か来て!〟という意味だ。
人間にはわからないがソフィアは妖精だ。
鳴いているのは、基地で〝飼っていない〟〝警邏の支援をする〟と書類上で処理された猫。
ジェネラルと呼ばれ親しまれている、小さな小さな闖入者。
……不細工な方の友だち。
「私、やっと帰れたの?」
ソフィアはそう言ってから気がつく。
……帰ってきたって、どこから?
彼女が腕を組んで首をかしげているときに、
「まだ寝ぼけてんのかよ」と聞き覚えのある、軍人の青年の声がした。
彼は陸軍の大尉で上官――れっきとした貴族だ。
なのに、ちっともそれらしく見えない。
ヨハンは言う。
「射撃訓練が終わって次はお前さんの出番だ――野戦通信教範の講義担当に、自分で名乗りを上げたんだからお手本頼むぜ。昼寝は俺が代わってやるよ。腕木通信のアルファベットの単元で、どうせ挫折するしな」
無遠慮なのに安心する妙な気持ちにさせられる。
それから少し胸が温かい。
ソフィアは肩をすくめた。
「ヨハンはズルい――いつもそう。おはよ」
はじまりのはじまり?
次回予告
悪魔だったヨハンが帝国陸軍の大尉!?
天使だったミリアムがヨハンの部下!?
なんなんだこの狂った世界は!!
ヨハンの「ヒャッハー」に振り回されるミリアム。
しかしここでもブレないのが、我らが〝叡智〟の妖精ソフィア。
ダウナークールな妖精はどこに行ってもそのまんま。
それが銃弾と魔法が飛び交う魔族との戦場でも、猫を巡る争いの場でも……
次回〝ハーレークインたちのダンス〟をお楽しみに。
ソフィアのえにっき Fughse @fughse
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