第14話 主人公は噂のウサギになる ②

「外が騒がしいと思ったら、君が例のウサギを捕まえたのか?」


 書類の置かれた執務机に眼鏡を置き、ジルに近づいてくるラロウド宰相という男性。

 体には無駄な贅肉が付いておらず、白銀の髪を一つに束ねた姿と口元の皺から、年齢は随分と上のようだ。


「騒がせてしまい大変申し訳ありません。 私が出向いた際、このウサギが竜に何やら話しかけていたので捕獲しました」


 ジルは一礼した後、ミアの入った檻を床に置いた。

 抑揚のないジルの口ぶりにラロウドは訝しげに思いながらも、檻に近づき中でぐったりしているミアに目を向けた。

 

「話しかけていた、ということは喋るのかい?」


「何やら我々の知らない言葉で歌っているようでした」


「歌っていただと? 詠唱ではなく?」


「えぇ。 音階の様なものが聞こえました」


 ジュエルスタンにはまだ口ずさむような曲もなく、歌については教会で唄われる聖歌や魔法を使う際の詠唱程しかまだ存在していなかったのだ。


「それはぜひ聞いてみたかったな、非常に残念だ」


 ラロウドの優しい眼差しに気づいたミアは、虚ろな目をしながら少し頭を起こした。


「あぁ、まだ体調が優れないようだね」


「そのようです。そこで提案なのですが」


「『このまま生かして研究させてほしい』のだろう? お前が研究熱心なのは知ってるが、陛下がお前達を向かわせて迄捕獲しようとした対象物だ。 そう簡単には認められない」


 先程までとはまるで別人の様に、ラロウドの声はズシリと重くジルの体に伸し掛かかる。

 しかしジルも物怖じする様子もなく口角をくっと上げた。


「流石はラロウド宰相、目論みがバレましたか。 ですがこの度は少々違いまして」


「ほう」


「療養中の竜がこのウサギの歌に心酔していたようなので、それを利用してみるのは如何かと」


「利用する? どうやってだ」


「ウサギに精神面のケアをさせるんです。 心身ともに回復すれば神殿へ戻る意欲も湧くかもしれません。 それを検証する為にこのウサギを私にまかせて頂けないでしょうか」 


 微笑を浮かべるジルを見て、ラロウドは手を口に当てながら腕を組み、黙り込んだ。

 だが数分後にやれやれと溜息混じりな声と共に顔を上げ、ジルに厳しい目を向ける。


「ならば三日後に神殿へ返すのが条件だ。 出来なければ直ちにそのウサギを国王へと差し出し、お前の処分も検討する」


「三日……ですか」


「何か不満でも?」


「いえ、多大なるご配慮、誠にありがとうございます」


「正直頭を悩ませていた件だから良い結果を期待している。 ついでにそのウサギが逃げ出す事のないように努めてくれ。 また騒動になって損害が出ても困るのでな」


「勿論そのつもりです。 次に何かあれば、今度は私が息の根を止めましょう」


 ラロウドの釘刺しにも穏やかな顔で応じると、ジルは深々と頭を下げミアを連れて執務室を後にした。


 どうやら即処分は免れたようだが、それでも難しい条件を突きつけられた。

 ジルは朝日がまだ上がりきらない内に部屋を出て、空に幾つか星が見え始める頃に部屋へ戻るのだ。

 昼にも一度顔を出すものの、ミアが食事を終えると直ぐに出ていってしまう。

 そこに加えて竜の治療を担うとなると更に多忙になるに違いない。

 一連の話を聞いていたミアはジルの身を案じた。

 

「ねぇジル……コレで良かったの?」


 檻の中で揺られながら、ジルを見上げ声をかける。 

 しかし先程とは打って変わってジルの表情は固く、ウサギなど元からいないかの様に振る舞い続ける。

 ミアはこの場がまだ部屋ではないというのを思い出し、それ以上の会話は謹んだ。


 ◇


 後にミアはジルの部屋へと戻され、ふかふかのベッドの上に体を横たえた。

 檻からやっと解放された安心感からそのまま眠りについたミアは、月が輝く頃まで滾々と眠り続けた。

 目を覚ました時には、また机に向かい筆を動かすジルの背中が見えた。

 ミアはベッドから飛び降りジルの足元へと駆け寄ると、それに気づいたジルはミアを抱き上げ自分の膝に上げた。


「もう起きて大丈夫か?」


「多分大丈夫。 迷惑かけてごめんね」


「気にするな」


「ねぇ、何書いてたの?」


「お前に言っても解らない話だ」


「意地悪な言い方ね」


「だって事実だろう」


 相変わらず愛想のない返答を繰り返すジルにミアは頬を膨らますと、『元気そうで良かったよ』と目を細めて膨らんだミアの頬を指で優しく撫でた。

 初めて見る彼の優しい眼差しと綻んだ口元に、ミアの心拍数は一気に上昇した。


「元気になったなら、明日早速竜の所へ行こう」


 ジルの一言にぴっと耳を立て慌てて気を立て直す。


「でも、お仕事あるんじゃないの?」


「あぁ、だからなるべく早く終わらせて戻る。 お前も死にたくないだろう?」


 そう言うと視線はあっという間に机へと向かった。 

 それが少し寂しいと思いつつも、その眼差しもミアは嫌いではなかった。


「……ねぇジル、ここで歌ってもいい?」


 いきなりの申し出にジルは驚き思わずミアを見下ろした。


「なんだ、俺を誑かそうっていうのか?」


「違うわよ! 助けてくれたお礼よ、お礼」


「へぇ……。 じゃあ聞かせてもらおうか」


 スッと目線を逸らしたジルの顔が、路上ライブ中に通り過ぎていく人々の顔と重なる。

 けれど一度は目が合いこちらに興味を示した。

 そして『聞きたい』と言ってくれた。

 ミアは慎重に曲を選び、邪魔にならないよう囁く様に歌い始めた。

 

 唯一人の為に歌う。


 動物達の前で歌うのとは違い、目の前にいる人の心を動かすには自分の『心』を開き見せなければ伝わらない。

 ミアにとっては初めての試みだったが、心に響けと歌うミアの声に、ジルはいつからか筆を置き机に肘をついて耳を傾けていた。


「本当に魔法のようだな……」


 ジルの口からポロリと零した本音は余りに小さく、ミアの耳に届くことは無かった。



 


 

 


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