マギスの学び舎 ~魔物恐怖症のへっぽこ魔法使い、塾講師になって王都を陰から守ります!~

りっく

1.新生活の始まり

 よく晴れたある日の昼下がり。

 街の中心部にある学校を出て、門の前の坂道を下っていく。

 

 石造りの建物に囲まれた街路を一ブロック分進んだら、その角を左に曲がる。

 すると見えてくるのは、美しく整備された街並みには似つかわしくない、古びた木造の建物だ。


「よし、行くよ……って、うわぁ!?」


 建物の前にたむろしていた鳥が、人の気配に反応してバサバサと羽音を立ててどこかに飛んでいく。

 たったそれだけのことなのに、つい大声をあげてしまった。

 

 私、ルーナ・ブライトは魔物恐怖症だ。

 

 私が住むこのフィリストリアム王国というところには――いいえ、国を飛び出してなお、大きく広がるイスメリア大陸全土には、魔物が棲息している。

 火を吹くもの、空を飛ぶもの、毒を持つもの、他にもたくさん、たくさん。


 魔物と一口に言っても、その中には凶暴なものもいれば無害なものもいる。

 街の中にいるグロウバードなんて、無害なものの最たる例だ。夜になると羽が光ることから、星に準えられ、平和の象徴とも言われている。

 それでも、私にとっては恐怖の対象だった。


 魔物の八割は無害である。だから怯えすぎだとよく言われる。

 だけど、私はどうしてもそうは思えない。

 

 だって、たくさんいる中の八割が無害なら、残りの二割は逆に有害ということだ。

 現に、街中に魔物が入ってきて人を襲ったというニュースや、遠くの街でスタンピード――魔物の群れが集団で襲ってる事件のこと――が起こったという噂がないわけじゃない。

 そんな状態で、怯えるなと言われる方が無理である。


 

 昔、自分の魔物恐怖症のことを、魔法学校のクラスメイトであるネネちゃんに相談したことがある。ネネちゃんは私の顔を見てけろりと笑って言った。

 

「それは、ルーナの魔法が弱いからでしょ。魔法がふつうに使えたら、魔物なんて怖くないって」

 

 まぁまず実技の試験がんばりな。私の肩をぽんと叩いてから、ネネちゃんは教室を出ていく。

 可哀想だよー、と笑いながら他の子がネネちゃんに言って、ネネちゃんも笑っていて、私はしょんぼりしてしまった。

 

 6年通った魔法学校だけど、そんな思い出がほとんどだ。でも、本当に私は魔法が下手だから、言われてもしかたない。

 魔法学校を落第もせずに卒業して、魔導師免許を手に入れられたことが奇跡のようなものである。

 

 そして、その奇跡が起こったのはここのおかげだ。

 私は、目の前の古びた木造の扉に向かう。

 オンボロで飾り気がないけれど、私にとっては愛着のある建物だ。

 

 意を決して、軋む扉を開ける。

 片手には、ついこの間卒業式でもらったばかりの魔導師免許を持って。私はその場所に凱旋した。

 

 “マギスの学び舎”――王立魔法学校専用の個別指導塾。

 扉を開けると、ポポン! と軽やかな爆発音が鳴り響いた。魔法で作ったクラッカーが弾けて、ひらひらと私の視界に紙吹雪が舞う。

 

「卒業おめでとう、ルーナ!」

 

 何人もの先生たちが私に笑顔を向けて、祝ってくれている。魔法が苦手な魔法使いを、立派に育てあげてくれた恩師たちだ。

 

 なかでも私は、一番にお世話になった先生の前に駆け寄る。

 その男の人は、お祝いしてくれた先生たちの一番端っこにいて、澄ました顔をしている。真っ黒の長い前髪で片目を隠した、寡黙な先生はそれでもちゃんと拍手をしてくれていた。

 

「クロウ先生、見てくださいこれ!」

 

 私は片手に持ったバインダーをその人――クロウ先生の目の前で広げる。

 これが私の魔導師免許。これがあれば、外でも自由に魔法を使えるようになるし、人に魔法を教えることもできるようになる。

 

「うん」

 

 クロウ先生は小さく頷いた。表情は長い前髪とポーカーフェイスのせいで読み取りにくいけれど、多分、喜んでくれている。

 

「これで、先生と一緒に働けます! 私も素敵な先生になれるかな」

 

 そう聞くと、初めてクロウ先生は表情を緩めた。

 

「ああ。きっとなれるよ」

 

 何の根拠もないけれど、クロウ先生の言うことはいつでも正しいと、私は知っている。

 私たちの会話を聞いた、隣にいたナタネ先生が目を丸くする。


「ルーナさん、もしかして……」

「はい! 卒業後は、ここで働かせてもらうことになってます!」


 よろしくお願いします、と元気よく言うと、再度拍手が巻き起こる。

 新しい生活への期待を胸に、私は他の先生たちに向けて深々と頭を下げた。

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2026年1月14日 17:40
2026年1月15日 17:40
2026年1月16日 17:40

マギスの学び舎 ~魔物恐怖症のへっぽこ魔法使い、塾講師になって王都を陰から守ります!~ りっく @rickyamashita

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