いつか、で終わる恋

ささくれ

第1話 少し動いた世界


   1


「久しぶりだねー。元気してた?数ヶ月ぶりかな。」

 周りは笑顔や楽しさに溢れていた。

 信号を待つ子供は、お母さんらしき人と手を繋いではしゃいでいた。あそこには幸せそうな若い男女が歩いていた。それらを見ると自分がまた醜く思えた。自分だけ、顔に誰かの笑顔を貼り付けているような感覚だった。

 私の前で座る小夜の笑顔は、無邪気で確実に一目惚れするほど可愛らしい笑顔だった。今もこの笑顔のおかげで、何とかこの生命を持ち堪えられている。この笑顔は私の世界に一筋の光を灯した。



 私が小夜のことを好きだと気づいたのは、高校に入学して数日経ったぐらいだった。

 雲一つない快晴で、私はその空を見上げるほど苛立っていた。他の生徒やその家族たちは晴れてよかったな、天気良いね、と口々に喋っていた。ただ、私からすれば雨のほうが落ち着くし、晴れていると疎外感に蝕まれて嫌になる。

 高校に入学しても、私は周りの生徒のように浮き足立たなかった。結局また、つまらないパターン化された生活を、送るだけなのだ。どうせ他の生徒と関わっても、同じような生活に煩わしさが加わるだけだ。

 そう思って、本を開いた。

「えーっと、中澤さんだっけ?私のこと、覚えてないかな」

 唐突にその一言は耳に入った。

 誰だかわからなかった。振り向くと、母性をくすぐられるような可愛らしい笑顔があった。長い睫毛に一重の小さな目。鼻先は少し丸く、低めの鼻。その下には微笑を浮かべる桃色の薄い唇がある。

「ごめん。覚えてないな」

「え。そっかぁ。入試受ける時に隣の席で、集団面接も同じ組み合わせだったんだけどな。」

 本当に誰だか分からなかった。こんなに可愛いなら覚えていてもおかしくないが、その時の私の視線は、ずっと床に向いていたのかもしれない。

「私、長篠小夜って言うの。よろしくね」

「え、あーうん。よろしく」

 こうやって一人一人に話しかけているのだろうか。態々、こんな私に話しかけているところを考えると、多分そうなのだろうと考えられる。それにしても見惚れる容姿をしている。あの顔にも拘らず、低身長で大人っぽい黒髪ボブは本当に小動物みたいだ。

「中澤なにって読むの?この名前。ずいき?」

「瑞希、中澤瑞希。覚えても無駄だよこんな名前」

「えー可愛い名前だと思うけどなぁ。私はその名前好きだよ、瑞希」

 久しぶりに自分を褒められた。覚えている限りで褒められたのは一、二年ぶりだ。しかも、初対面で名前だけで呼ばれたのは驚きだった。少し心の緊張が解けた。ただ、まだ疑問は幾らか残っていた。まずは────

「なんで私に話しかけたの?他にもいい人いっぱいいるじゃん」

「その人がいい人かそうじゃないかは、外観だけじゃ分からないよ。ていうか、嫌だった?私は中澤さんのことが、気になってたんだよ。だって試験中なのに十分前、いや十五分前かな。それぐらいに寝ちゃうんだもん」

 確かに、問題が簡単すぎて寝ていた。だが、それと私に関わることに、何の関係性があるのかは全く持って分からない。本当に不思議な人だ。

「しかもさ、中澤さんって顔整ってるし、中学校で結構人気だったでしょ。それで私、中澤さんがどんな人か入試の時から知りたくなっちゃって、全然集中できなかったんだよね。」

「つまり、入試の時に、私のことが気になったってことね。気になるかならないかは自由だけど、関わらない方が賢明だよ。長篠さんまで巻き添えを食らうかもしれないし」とにかく距離を置けば、長篠さんも冷静になって、関わらなくなってくると思った。

 でもそんな思い通りに行くほど、現実は寛容ではなかった。

 その時の長篠さんは、私の言葉から何を感じ取ったのかは分からないが、その言葉を聞いてから、私のところを自然に離れていった。



 たが、その後も定期的に、長篠さんは私のところへ話しかけに来た。

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