死神さんといっしょ
アハハのおばけちゃん
第1話 死神さんとアットホームな職場
※
●佐藤さん(17) 職業:高校生 死因:遠足帰りのバス事故
※
「はじめまして。僕の名前は、死神さんです。この世でさまよっている魂を、あの世に送る。死神の仕事をしています」
天井が高いアーケードの下、三ノ宮のセンター街に入ってすぐ。声をかけられて、振り向き。
目の前の、ぎこちない笑みと訳の分からない言葉に固まった。
「今、待ち合わせに向かう途中ですよね。その前に、お話させてくれませんか」
放課後、学校を出て。急いで三ノ宮に着いたのは、言われたとおりだった。
私は、何で知ってるのと思いながら、【死神さん】と名乗った男のひとを見つめた。
170cmくらいで細身。長袖の赤いパーカー、白いパンツとスニーカー。前髪の厚い、くるんとした頭。白い顔、切れ長の目、薄いくちびる。
アラサーくらいのフツメンに見え、おかしなひとには見えない。それが、余計に怖いと思い。
私は、彼に背を向けて、一気に走りはじめた。
親に、子供の頃から言われていることを思い出す。知らないひとに声をかけられたら、ひとがいる場所へ走って逃げなさい。
今、三ノ宮のセンター街に居てよかった。商店街の幅が広い道には、左右たくさんのお店が並び。平日の夕方だけど、にぎわっていてひとが多い。ぶつからないよう走っていると、
「すみませんでした。いきなり、僕のようなものに話しかけられたら。驚いてしまいますよね」
隣から聞こえ、足を止めた。
「大丈夫です。みなさん、同じような反応をされますから。落ち着く場所で、ゆっくりお話をさせて頂けませんか」
顔を向けると、先ほどよりもぎこちない笑顔。私は、前を向き、再び走りはじめた。
アーケードを出て、赤信号で停まり。はあはあ、息を整えていると。
「佐藤さん。まだ若いのに、残念でしたね。佐藤さんの、もっとも心残りなこと。教えて頂けませんか」
隣からの声に、背中が冷たくなり。地面を蹴ったけれど、進めなかった。
「危ないですよ。出来れば、逃げないで頂けませんか。こうしている間にも、時間が経ってしまいます。佐藤さんが、よくない状態になってしまいます」
とても冷たい手に、腕をつかまれ。強く振り払い、走りはじめた瞬間。クラクションが大きく聞こえ、顔を向けたとき。
「危ないですよ。あなたは、生きているんですから」
死神さんが、とても近い車を寸前で素手で止めて言い。私は、起こったことに、頭が真っ白になってしまった。
「申し訳ないですが、手をつながせて頂きます。ショックで、身体がうまく動かないでしょうから。騒ぎになる前に」
「行きましょう」と、冷たい手に手をつながれ。私は、ふらふらと、歩きはじめ。いつの間にか、東遊園地に着いていた。
「お疲れ様でした。ここまで来れば、大丈夫でしょう。すぐに離れたので、ネットに動画や画像が上げられることはないでしょう。私たち、死神が、ひとが持たない力を使えば。騒ぎになることが、多々あるのですよ」
広い公園の隅、手が離され。ベンチに座らされたあと、死神さんがたんたんと言い。深く頭を下げられて、とてもおどろいた。
「すみませんでした。僕は、説明がとてもへたくそなんです。動揺させてしまい、危ない目にあわせてしまい」
「本当に、すみませんでした」と、死神さんが無表情な顔を上げたとき。
「もーう‼ なんで、そんな風なの‼ JKに対しての対応、マイナス100点‼」
明るく大きな声が、隣から聞こえ。顔を向けると、コーヒーチェーン店のカップを差し出された。
「これ、新作‼ チョベリグだから、飲んで‼」
生クリームたっぷり、チョコレートソースがかかった。フラペチーノのカップを受け取らなかった。
親に、子供のころから言われているからだ。あやしいひとから、食べ物をもらってはいけませんと。
「なあに‼ 私、あやしいひとじゃないわよ‼ そこにいる、しけた顔のひとと同じよ‼ 短い間だろうけど、仲良くしましょ‼」
いつの間にか、隣に座っていた。死神さんより、あやしく見えるひと。
「おけまる水産‼」と言った姿を、じっと見つめた。
ウィッグだろう左右みつあみをたらして、濃いお化粧をしている。あきらかにコスプレだろう、セーラー服と白いソックス姿。
死神さんより、年上でごつく見え。どう見ても、男のひとが女装しているようにしか見えない。
「ジョソウさん。彼女には、僕より、あなたのほうがあやしく見えると思います。あやしいひとからの食べ物は、食べたくないと思います」
やはり、女装さんなのかと思い。死神さんが私の気持ちを代弁してくれて、ほっとした。
「ジョソウさん。佐藤さんは、僕の案件になります。僕ひとりで、なんとかしますから」
「なんとか出来てないから‼ 見かねて、手助けしてあげてるんでしょ‼ あんたは、女心、女子高生の心なんか、絶対に分からないでしょうからね‼ 私に、任せておきなさいな‼」
「分からないですが、理解しようとすることは出来ます。佐藤さんのことを、これから、ゆっくり聞かせて頂きます」
「だ、か、ら、あ‼ そういう、ところでしょうが‼ そんなんで、お年頃のJKがあ‼ オープンセサミしてくれるわけないでしょうが‼」
死神さんと、女装のひとが言い合いをはじめ。私は、今の隙にと、ベンチから立ち上がろうとしたとき。
「何を、やってる。子供の前で、みっともない姿をさらすな。死神が、無能なものと思われる」
いつの間にか、私の目の前に立っていた。女のひとが、とても静かな声で言った。
黒いパンツスーツと黒いハイヒール。長い前髪のショートカット、ほとんど化粧してないけれど整った小さな顔。クールな雰囲気をまとう、とても美人なひとだ。
「大丈夫だ。こいつらとは違い、私はきちんとする。話を聞かせてもらえるか。いきなり、死神が現れて。二カ月ほど前、死んだはずの同級生が現れて。混乱しているだろう」
私は、じっと見つめられて、静かに言われ。ぽろりと、涙をこぼしてしまった。
「ツンデレ‼ JKを、泣かせないでよっ‼ 顔こわいの自覚しなさいよっ‼」
「大丈夫ですか。先ほどからうるさい男性と、目の前に居る女性は、僕と同じ死神の仕事をしています。目の前の女性は、必要以上に冷静なだけで。生きている人間に対し、敵意や悪意などはありません」
明るいジョソウさんと、たんたんとした死神さんの声のあと。「だまれ」と、静かな声が聞こえ。
ツンデレと呼ばれた女性に、ふたりがぎろりとにらまれた。
「申し訳ありません。ふたりは、私が至らないために助けに来てくれたんです。私が、佐藤さんの件を担当することになり。数日、あなたと佐藤さんのことを見ていましたが。非常に、よくない状態になっています」
死神さんが、とても真面目な顔と声で言い。私は、「どういうことですか」と、とても小さく聞いた。
「佐藤さんのお話を、してもらえませんか。こうしている間にも、時間が経ってしまいます。佐藤さんが、よくない状態になってしまいます」
死神さんが、とても固い顔と声で言い。他のふたりも、同じような顔になっていて。
「二カ月前、佐藤さんが死んでから。今日、約束をするまでのこと。くわしくお話して頂けませんか」
言われたことに、私は、すうっと息を吸い込み。とても、重く感じる口を開いた。
※
今年の秋の遠足は、予想しなかったことが起きた。
高校二年生、遠足が終われば将来のことを本格的に考えなければいけない。みんな、普段よりも盛り上がり。帰りのバスでは、私もだけど寝ているこが多かった。
どおんっと、聞いたことのない音が聞こえ。目を覚ますと、病院の天井が見えた。
両親と警察から、帰りのバスで事故に遭い。谷底に落ちて、クラスメートのひとりが死亡したと聞いた。
退院したあと、家に帰り。自分に起こったことが、全然受け止めきれず。久しぶりに学校に向かい、教室に入った。
『おはよう。お前が無事で、よかったよ』
一番に声をかけてくれた、佐藤君。一年から同じクラスで、時々、漫画を貸し借りする。
漫画の感想は、どうだったか聞けるけれど。進路をどうするのかは、聞きたくも聞けなくて。
一生、聞けなくなるなんて思わなかった。
『こないだ借りた漫画、もう少しいいか。なんか、最終巻だからさ。何回か読んでから、お前と感想言い合いたいんだよ』
佐藤君は、くしゃりと笑い。白い花が飾ってある机に座った。
彼の声が聞こえて、姿が見える。私だけで、頭がおかしくなったのかと思った。
『おはよう。あの漫画、もう一回読んでから返していいか。もう少し、感想練って伝えたいんだ』
毎朝、教室に入ると、佐藤君は声をかけてくれる。彼は、机に座り、放課後までじっとしている。授業が終わると、教室の外に出ていく。
私は、誰にも言わず、ふた月過ごし。
『おはよう。あの漫画のお礼、したいから。今日の放課後、センター街のジュンク堂行こう』
今日、佐藤君が、くしゃりと笑って言い。私は、とても驚いたけれど、うれしいと思った。
※
「……なるほど。佐藤さんと、そういった理由で待ち合わせをしていたんですね。今日は、佐藤さんが亡くなってから、四十九日が経ちました」
話し終えると、死神さんがたんたんと言い。
「仏教の考えで、中陰(ちゅういん)という期間がある。亡くなってから四十九日目まで、故人の魂がこの世とあの世をさまよい。次の生まれ変わりの準備をする期間とされる」
「魂が、この世に居ていいのは‼ 死んでから四十九日までなの‼ 四十九日過ぎると、地縛霊や悪霊になっちゃうってワケ‼ 超バッド展開になっちゃうの‼」
ツンデレさんが静かに言ったあと、ジョソウさんが分かりやすく言ってくれ。「えっ」と、声がもれてしまった。
「地縛霊や悪霊になってしまうと、魂を消してしまうことになります。産まれ変わることは出来ず、永遠に消えてしまうことになります。佐藤さんは、どこの世界からもいない存在となってしまいます。彼が生きてきた証は全て消え、あなたの記憶から消えてしまいます」
私は、死神さんが言ったことが、少しして分かり。頭が真っ白になった。
「僕は、彼を消したくはありません。一緒に彼を探して、送ってあげませんか」
死神さんが、私をじっと無表情で見つめて言い。少ししてから、こくりとうなずいた。
「よーしっ‼ じゃあ、みんなで気合いれよっ‼ えいえい、おーっ‼」
「時間がない、待ち合わせ場所に向かおう。本屋の一階で間違いないな」
「もうっ‼ そんな感じだとっ‼ シワが増えちゃうぞ‼」
ジョソウさんと、ツンデレさんが言い合いをはじめ。
「すみません。言い訳になりますが、僕たちは元人間なんです。伝説や創作物に出てくる、神様のような死神とは別ものと思って下さい。少しだけ生きているひとが持てない力を持ち、ひとの魂を送る仕事をしています。僕らは万能ではないので、仲間で協力をし、生きているひとの力を貸して頂いてます。彼のため、協力をしてくれませんか」
私は、死神さんの言葉を、少しして理解し。差し出されている冷たい手を握り、立ち上がった。
「ありがとうございます」と言われ、四人でセンター街に戻り。商店街の中にある本屋さん、ジュンク堂の入口に着いた。
「では、それぞれ、佐藤さんを探しましょう。大丈夫です。僕たちは、魂の姿を見ることが出来ます。今まで、クラスの中でひとり見えたのは。佐藤さんが、見てほしかったからだと思います」
色々と、質問をしたかったけれど。口を開かず、みんなと本屋さんの中に入った。
ふたりは、エレベーターと階段で上に上がり。私は、死神さんとエレベーターに前後で乗った。
「佐藤さんとは、漫画のお話をされていたんですよね。漫画売り場にいなかったら、どこに居るか分かりますか」
私は、少し考えてから、首を左右にふった。
「この本屋さんで、お礼をすると言われたんですよね。どんなことをされるか、予想は出来ませんか」
私は、漫画売り場の階に着くまで、考え。「ごめんなさい」と小さく返した。
「謝らないで下さい。あなたのような生きてるひとを巻き込み、協力をして頂いてる。私が無能なので、謝るのはこちらのほうです」
死神さんが、頭を下げそうになり。私は、「大丈夫です」と、あわてて言った。
「彼を探しましょう。タイムリミットは、今日中ですから。早く見つけてあげましょう」
私は、こくりとうなずき、死神さんと彼を探した。
図書館のよう、大きな木の本棚が並ぶ広い売り場。ひとにぶつからないよう、確認しながら進み。
「いませんね、他のふたりも見つからないようです。大丈夫です。ここが待ち合わせ場所で、不幸中の幸いでした」
死神さんに連れられて、一階上に着き。難しそうな本が並ぶ売り場の中、一番奥の棚の前。立っていた姿に、びくりと全身が揺れた。
「怖がらなくて、大丈夫です。彼は、僕たちの中で、とても優秀で優しいひとです。仕事をしていないときは、いつもここで本を読んでいるんです」
【死神さん】が、たんたんと言ったあと。細長い、男のひとに近づいていき。私は、こわごわ続いた。
180cm以上あるだろう、とても細身の身体。黒いスーツに黒いネクタイ。お父さんより年上だろう、
白髪の短髪でぎょろりとした目とこけた頬。
右頬に、斜めの長い傷があり。彼は、どう見ても、怖いひとにしか見えない。
「もう、五年目だろう。仲間を頼り、生きてる人間にまで頼る。いつになったら、ひとりで仕事が出来るようになるんだ」
とても低い声に、びくりと肩が揺れ。死神さんが、「大丈夫ですよ」と小さく言った。
「すみません。でも、この間の仕事のあと、周りをもっと頼れと言ってくれましたよね。生きてるひとにも、頼っていいと言ってくれましたよね」
死神さんが、たんたんと言ったあと。怖い見た目の男のひとが、ぎろりとこちらを見た。
「言ったが、頼りすぎだろう。女子、巻き込んでしまって」
「すまない」と、怖く見えるひとが頭を下げ。私は、とても驚いてしまった。
「彼は、本屋の隣に出来た、キャラクターショップの二階に居る。早く向かえ」
死神さんが、「ありがとうございます」と言い。うながされて、下りのエスカレーターに乗った。
「頭を上げなかったのは、怖い顔を見せないためだと思います。女性と子供に怖がられるので、なるべく見せたくないそうです」
上下に並ぶと、死神さんが言い。「そんなこと」と、小さくこぼれた。
「怖いと思うのは、仕方ないと思います。それでも、配慮が出来ることはすばらしいです。だからこそ、佐藤さんはあなたを選んだんでしょう。怖くても、優しいあなたは付き合ってくれると。よく、分かっていたのでしょう」
私は、「そんなことないです」と、ちゃんと言った。
「佐藤さんのこと、好きだったんですか。死んだと分かっているのに、会えるのがうれしかったのですか」
私は、少しして、かあっと顔が熱くなり。死神さんが、背中を向けたまま、「すみません」と言った。
「今の質問は、佐藤さんの件とは関係のないものです。答える必要はありません、私情からの質問でした」
『しじょう』の意味が、少しして分かり。どうして質問をしたか聞く前に、「この階です」と言われた。
「佐藤さんは、幸せな方だと思います。死んでも想ってくれ、送る協力もしてくれる。あなたのような存在が居たのですから」
赤いパーカーの背中に、ついていくと言われ。また、顔が熱くなった。
「そんな彼を、忘れられないのはつらくはないですか。この件が終わったあと、彼の記憶を消すことは出来ますよ」
死神さんに言われた意味が分かり。私は、顔が冷たくなって、口を開くことが出来ないまま。
本棚が並ぶ売り場を抜け、キャラクターショップに着いた。
「佐藤さん、いましたよ。私が行くと、逃げてしまうかもしれません。おひとりで声をかけて頂けませんか。大丈夫です。私たちは、少し離れた場所で見ています。何かあれば、対応をしますから」
死神さんに、たんたんと言われ。私は、ごくりとのどを鳴らしてから、「分かりました」と返した。
彼の居る場所を指さされ、嫌に鳴る胸をおさえて向かい。
「何で、ここが分かったんだよ。サプライズ、したかったのに」
そばに立つと、佐藤君はくしゃりと笑った。
「お前さ、このキャラクター好きだろ。俺も、言ってなかったけど、好きなんだよね」
佐藤君が、明るい笑みと声で言い。私は、胸がきゅうっとしめつけられてしまった。
「だからさ、漫画のお礼にさ。このキャラクターの、何か渡そうと思ってたんだけど。何がいいか、すげえ迷ってる」
目の前に居るのは、ふた月前に死んでしまったひと。死んでから、生きているときよりも、近く居れてる。
彼を見えて話せるのは、私だけ。それは、とても、うれしいことだった。
まるで、世界にふたりきりでいるみたい。ずっと、このままでもいいとさえ思った。
「文房具は、小学生みたいだし。カップは、割れて使えなくなるし。キーホルダーは、失くすかもしれないし。だからさ、嫌だったらいいんだけど。このトレーナー、おそろいにしたいんだけど」
佐藤君は、照れくさそうに、黒地にキャラクターがプリントされたものを指さし。私は、今、彼が言ってくれたことを忘れたくないと思った。
「いいかな。これ、一緒に着られたら。思い残すことないからさ」
私は、こくりとうなずいて、
「俺、ふれることも、買うことも出来ないからさ。申し訳ないけど、頼んでいいかな」
顔を上げると、いつもと違う笑みが見えた。
「この二カ月、悪かったな。俺のこと、怖かっただろ。こんな、死んでる人間に付き合ってくれてさ。本当に、お前って優しいよな」
私は、言われたことに、胸が強くしめつけられ。さびしそうに見える笑みに、泣きそうになった。
「俺、死んでから。お前と、ふたりきりみたいだったから。すごく、うれしかったんだ」
「ありがとう」と、言われ。私は、目の前が、ぼやぼやになってしまった。
「お前は、これから、幸せに生きてくれよな。俺のこと、忘れていいから」
「やだ」と、かすれた声が出て。ぼやける視界で、手を伸ばした。
「俺は、もう、十分優しくしてもらったから。心残りはないから」
佐藤君の、大好きな笑みが見えて声が聞こえるのに。手をさわることは出来なかった。
私は、胸がとても痛くなって、「やだ」とくり返し。
「佐藤さん。あなたは、まだ若いのにとても立派です。心残りは、私が引き受けます。安心して、あの世へ旅立って下さい」
いつの間にか、死神さんがそばに立っていて。顔を向けたとき。
「ありがとうございます。一緒に連れて行けばいいって、言うひといたけど。誘惑に勝てました」
佐藤君の、とても真面目な声が聞こえ。顔を向けると、姿がなかった。
「彼を、誘惑したもの。この世にさまよっている、地縛霊や悪霊でしょう。そんなことをすれば、永遠に地獄でつらい目にあっていました。彼は、誘惑に勝ち、天国で魂の休息をしたあと生まれ変わることが出来ます。とても立派な選択をし、徳をつんだので、次の人生の幸せは確かでしょう」
死神さんが、たんたんと言い。私は、我慢が出来なくなって、わんわん泣きはじめ。
「子供は、感受性が強い。こんなときは、優しくしてやれ」
「そうよ‼ ギャルは繊細なんだから‼ やさしくしてあげてよね‼」
左右の腕を、ジョソウさんとツンデレさんが抱いてくれ。優しい言葉に、よけい、涙が止まらくなり。
「すみませんでした。ご協力、深く感謝申し上げます。彼の記憶は、消さないでもよろしいでしょうか」
私は、こくりと、うなずき。冷たい手が、頭にふれた。
「分かりました。それでは、私たち、死神の記憶は消させて頂きますね。優しいあなたが、彼が願ったよう幸せに生きられることを祈っています。協力して頂き、ありがとうございました」
口を開く前、瞼がとても重くなり。閉じた瞼に、彼が生きていたときの笑みが浮かび。
「さよなら」と、小さく言ったあと。意識がとぎれてしまった。
※
今年の秋の遠足から、三カ月が経った。
佐藤君の席は、教室からなくなり。みんな、自分の進路や冬季試験のことでいっぱいで、彼のことをどんどん忘れていく。
私は、二カ月ふたりきりだったこと、最後のやりとりを絶対に忘れない。
冬季試験が終わった日、彼のお墓参りにひとりで向かった。洋風のきれいな墓場は山の上にあり、風は冷たいけれど暖かい場所に感じた。
私は、彼のお墓に、彼から送られてきたトレーナーを着せた。
「……遅くなって、ごめんね。今回の試験、これからの進路に関係あるから。がんばらないとダメだったから」
彼が死んで、四十九日経った。翌日、彼から荷物が届いた。
入っていたのは、貸していた漫画と私の好きなキャラクターがついたトレーナーが二枚と手紙。手紙には、長文の漫画の感想と最後のお願いがふたつあった。
「……こんなこと、早く、言ってくれたらよかったのに。……全然、大丈夫なのに」
私は、お願いのひとつ、彼に着せたトレーナーと同じものを頭からかぶった。「おそろい」と、トレーナーを着せた墓石に言い。涙がぽろりとこぼれてしまった。
「……獣医さんに、なりたかったの。……私が、叶えてあげるよ。……これから、高校卒業して、大学合格して、大学卒業して、獣医さんになって、……いつか、結婚して、子供が出来て、……おばあちゃんになるまで、生きるよ」
私は、お願いことのふたつめ、彼が望むこれからの私を泣きながら言い。「またね」と残して、彼に背を向けたとき。
「大丈夫ですか。今日は、とても冷えますから。よかったら」
「どうぞ」と、缶のおしるこを伸ばされた。
「大丈夫ですよ。俺は、この霊園のものです。おしるこ、おいしいですよ」
そう言った、作業服で帽子をかぶった男のひと。アラサーぐらいだろう、目じりのシワを深くしている。ひとの良さそうな感じがとてもして、温かい缶を受け取った。
「気を付けて、帰って下さいね。霊園を出るまでは、後ろを向かないで下さい。きちんと、処理しておきますから」
男のひとが、にこっと擬音が聞こえるような笑みで言い。私は、こくりとうなずいて、右手の温かさとともに出入口へ向かった。
後ろから、動物の声が聞こえた気がしたけれど。振り向くことはせず、佐藤君の笑みを思い出しながら。「また来るね」と残して、霊園をあとにした。
※
●【死神さん】(30) 職業:死神(五年目) 前職業:地方公務員(役所窓口八年)
※
僕が、死神の職に就いて、五年が経とうとしている。
生きている人間の社会なら、やっと、一人前と認められる時期だろうが。
五十年、百年近く続けている先輩がいるので。半人前どころか、ひょっことしか思われていない。
そう思われてしまうのは、仕事の出来なさもあるだろう。
「だからさあ‼ ヤクショちゃん‼ もっと、お仕事楽しみなさいよお‼」
「楽しむ必要はない。速やかに、行えばいいだけだ」
今日は、先輩たちと仕事を終え、反省会に連れてこられた。
神戸市中央区、三ノ宮の駅からすぐ。正月三が日で100万から150万人、生きた人間が集まる。縁結びのご利益で有名な生田神社。
正面出口の鳥居をくぐった駐車場の隅。日暮れから、屋台が現れる。訪れることが出来るのは、死神の職に就いているものだけ。
「ヤクショちゃん‼ 聞いてるのお‼ 先輩の話はちゃんと聞けえい‼」
「うるさい。くり返し、同じ話をするな。根性論ばかりでなく、実践例を話せ」
「もう‼ そんなんだから‼ ツンデレは、ひとの心の機微が分からないのよお‼」
「うるさい。その呼び方を、やめろ。ジョソウ」
「やだあ‼ ツンデレに呼ばれると‼ 除草剤みたいでかわいくない‼」
先輩ふたりが、反省会そっちのけで、僕を挟み言い合いを続けている。
僕を、ヤクショちゃんと呼び、いつも女装をしている男の先輩。
今日は、チャイナドレスを着て、おでんをあてに生ビールを呑みごきげんだ。
僕を、厳しく指導してくれる、ツンデレと呼ばれるのが嫌な女性の先輩。
今日も、パンツスーツ姿で、姿勢正しくおちょこで日本酒を呑んでいる。
「ヤクショちゃん‼ どっちがいい先輩か‼ はっきり言いなさいよ‼」
「無意味なことを、聞くな。答えは、決まっているだろうが。言え」
いきなり、ふたりに詰め寄られ。真ん中でさらに小さくなり、おちょこを強く握ったとき。
「お疲れ様です。僕も、参加させてもらっていいですか」
明るい声とともに、僕の指導員だった男の先輩が現れた。
「ダンサーちゃあん‼ 久しぶりい‼ 呑みなさいよお‼」
「お前は、北区担当だろうが。中央区に、頻繁に来るな」
僕の左右の先輩が、正反対の言葉をかけ。ダンサーと呼ばれる彼は、「生ひとつ」と言い、僕とジョソウさんの間に座った。
「さっきの質問だけど、俺だよね。ひと月前、協力してくれた女子高生のこ。送った男の子の墓参り来てたんだけど、しつこい奴ら消しといたよ」
僕は、ひと月前、協力してもらった優しい女子高生を思い出し。「ありがとうございます」と、ダンサーさんに頭を下げた。
「送る魂に、悪意がないとしても。四十九日まで、この世に留まり続けると。どうしても、ね」
ダンサーさんが、生ビールのジョッキを持ち。「乾杯」と、僕のおちょこに当てた。
「ほんと‼ あいつらやっかいよね‼ 素直に送られればいいのに‼」
「悪霊や地縛霊に、なるようなやつらだ。まともでは、ない」
「珍しく意見が合うわね‼ うれしいわ‼ ツンデレ‼」
「私は、うれしくない。ダンサー。送るよりも、悪霊や地縛霊を消すのに。やっきになるな」
ダンサーさんは、「はいはい」とジョッキをあおり。
「でもね、ムカつくんですよ。生きてるひとに、ちょっかいかけるやつ」
笑みを消して、真面目な顔と声で言ったとき。
「生きてるひとを、至上にするな。生きているひとが、この世で一番怖い」
後ろから、地をはうような低音が聞こえた。
「クミチョ‼ めずらしいわね‼ 山崎のロックでよかったわよね‼」
ジョソウさんが、クミチョと呼ぶ。この辺りでは、もっとも古株の先輩。
僕は、強面の見た目と正反対、彼がとても優しいひとだと知っている。
「クミチョは、元ヤクザですもんね。生きてたとき、病院からほとんど出られなかった。俺とは、人生経験が違いますもんね。でも、だからこそ、俺は生きてるひとが至上だと思います」
僕は、どんなひとでも警戒しない、ダンサーさんの笑みを見つめ。この辺りで出会う同業者で、一番怖いのは彼だろうと思った。
「酒を呑みに、喧嘩をしにきたわけでもない。ヤクショ、ジョソウ、ツンデレ、それぞれ単独の仕事だ」
ジョソウさんが「ええっ‼」と大きく言い。
「はーい、文句言わないの! おしごと、がんばるケロっ!」
右肩から声がして、顔を向けた。
「みんな! スタンプ、ほしいケロっ! がんばってね!」
薄い緑色のカエルの姿。一見かわいいぬいぐるみが、明るい声で言い。先輩たちの顔から、笑みが消えた。
「ヤクショさん! 今度こそ、スタンプひとつもらえるよう! がんばるケロっ!」
「はい。ズンダさん。僕、死神スタンプカードいっぱいに出来るよう、がんばりますね」
僕は、僕を死神にした、カエルのぬいぐるみズンダさんに言い。アットホームな職場で、よかったなと思った。
第一話 死神さんとアットホームな職場 了
死神さんといっしょ アハハのおばけちゃん @obakechan2525
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