『片方だけの筈の証明』

ケルン

『片方だけの筈の証明』

『片方だけの筈の証明』




――吉谷 陸(よしたにりく)(15歳)


 吉谷陸は、目立たない。

 それは自己評価じゃなく、事実だっ  

 た。


 クラスの端にいて、名前を呼ばれるのは出席確認のときだけ。


 誰かに嫌われることもなければ、特別に好かれることもない。


 話しかけられれば返すし、必要なら動   

 く。

 でも、自分から前に出ることはない。



 陸はそういう距離感で、世界と折り合いをつけてきた。


 それで困ったことは、あまりなかった。


 ――少なくとも、彼女と関わるまでは。





――美国 空(みくにそら)(15歳)




 美国空は、いつも誰の視界にもいる。

 教室にいても、廊下にいても、校門の  

 前でも。



 派手なわけじゃない。

 声が大きいわけでもない。

 それでも、気づけば皆の中心にいる。


 笑うと、周りが柔らぐ。

 落ち込んでいる人がいれば、自然と声 

 をかける。


 そういう“無意識の引力”を持ってい 

 る。


 だから空は、学園のアイドルと呼ばれ 

 ていた。


 本人が、特にそれを望んでいなくて 

 も。




――吉谷 陸


 陸は、空を遠くから知っていた。

 視線が重なったことは、たぶん一度も 

 ない。


 同じ学校。

 同じ学年。

 それだけの距離。


 彼女は光の中にいて、

 自分はその外側にいる。


 陸は、そう思っていた。



 だから――

 この二人が交わる理由なんて、どこにもないはずだった。






――吉谷 陸




 川沿いの道は、学校から家へ帰るための「最短」だ。


 でも最短であるほど、人が通らない。 

 夕方は特にそうだった。


 空はまだ明るいのに、風は冷たい。



 制服のシャツの隙間から、ひやりとし 

 た空気が入ってくる。


 陸は無意識に襟元を指で押さえ、歩幅 

 を少しだけ早めた。



 前を歩く人はいない。


 後ろから来る自転車の気配もない。


 川の水音だけが、一定のリズムで耳に 

 入る。



 肩に掛けた学生カバンが、歩くたびに 

 腰骨に軽く当たる。


 ファスナーの端につけたアクセサリーが、かすかに鳴った。


 同じものが二つ。

 どちらも限定品で、たまたま、運よく 

 二つ手に入った。



 高校の制服みたいに、同じものを

 身につけるのが嫌いだったわけじゃない。


 でもこれは、誰とも揃っていない

     “自分だけのもの”

って感じがして、気に入っていた。



 だから、ずっと付けたままだった。

 その日も、何も起きない

--

--

--

      はずだった。




 ふと、

 水音に混じって、異物みたいな声が聞  

 こえた。



「……たすけて!」



 一瞬、何のことか分からない。

 次の瞬間、川の中央で水面が跳ね、

 白い腕が見えた。



(子ども……?...つっ!!!)



 考えるより先に足が走り出す。

 心臓が、暴れ始める。




 土手を駆け下りるとき、肩のカバンが 

 揺れて邪魔だった。


 手で押さえる暇もなく、

 反射でカバンを地面に置いた。


 置いた、というより放った。

 コンクリートと小石が混じった川岸 

 に、どさ、と落ちる。


 金属がチャリ、と鳴った。

 アクセサリーの一つが、地面の突起に 

 引っかかった音だった。





 それに気づかないまま、

 無我夢中で川へ踏み込む。



 冷たい。



 足首がしびれる。

 一瞬で皮膚の感覚が鈍くなる。


 制服のズボンが

   水を吸って重くなる。



 水が太ももまで来たあたりで、

急に恐怖が形になる。





(流れが..、速い!?)


 足元が安定しない。

 一歩踏み出すたび、膝が押されて、

  体が斜めになる。



(俺が沈んだら、どうなる?)


 想像は一瞬にして終わりを描いてしま 

 った。



 怖い。

 怖い。

 怖い。



 でも、女の子の頭が沈みかけたのが見 

 えた。



 歯を食いしばった。


「っ……!」


 手を伸ばす。

 指先が届いた瞬間、女の子の手首を掴 

 む。


 掴んだ瞬間、女の子の体から力が抜け 

 た。



(気絶……)



 嫌な予感が背中を伝う。

 指が冷えて、掴んでいる感覚が薄い。


(離したら終わる)


 陸は腕に全力を込め、体を捻って岸へ 

 向かった。


 泳ぐというより、

  必死に“流れに逆らう形”を作る。


 膝が川底の石にぶつかり、

 鈍い痛みが走る。

 痛い、と思う前に足が滑る。



「……げぶゅっ!」


 水を飲みかけて咳き込む。

 それでも腕は離さない。



浅瀬に入った途端、女の子を抱え直し

最後は泥に手を突いて

必死に岸へ這い上がった。



 引き上げる。

 地面に寝かせる。



 女の子は目を閉じたまま、

 反応がない。


 髪が頬に張り付いている。


 小さな肩が、

ほんの少し震えているように見えた。



最悪の結末が、頭をよぎる。





「……呼吸」


 陸は耳を近づけ、胸の動きを見る。

 一瞬、静かすぎて世界が止まったように感じた。



 次の瞬間、胸がかすかに上下した。


「...!!!、よかった......」



 息が抜けて、肩が落ちる。

 でも、ここで終わりじゃない。救急。



 濡れた指でスマホを掴む。

 画面が滑って反応しない。



指が震える。



(頼む、動け)


 何度もタップして、やっと繋がる。


「119です」


「溺れていました! 小学生くらい! 意識はないけど呼吸あります!」



 声が裏返りそうになる。

 でも言い直す余裕はない。




 場所――どこだ。-----------




 陸は周囲を見回し、


橋の名前と、

川沿いの標識を見つけた。



「○○橋の近く! 川沿いの道、土手の下です!」



 電話の向こうで指示が飛ぶ。


 陸は「はい」「わかりました」

     を繰り返しながら、

女の子の体を横向きにした。

 吐きやすい姿勢。気道の確保。



 電話を切ったあと、

陸は女の子の顔をもう一度見た。


 頬を伝う水滴。白い唇。

 生きているのに、あまりにも静かだ。





(……救護義務)


授業で聞いた言葉が、

急に現実の重さを帯びて戻ってくる。



 助けられるなら助ける。

 救急につなぐ。

 放置しない。

 無理はしない。



(俺は、放置してない。助けた。

 通報した。呼吸も確認した)



遠くからサイレンが聞こえてきた。

 音が近づいてくるほど、

 肩の力が少しずつ抜ける。


(……もう大丈夫だ)


 ここから先は専門の人の仕事。

 陸ができることは、もう多くない。


 女の子を寝かせた場所は、

さっきカバンを置いた場所の

すぐ横だった。



応急処置をするのに、

いちばん平らで、

いちばん近かったから。


 つまり――


 この“中心”は、カバンのすぐそばだ。




 陸は立ち上がり、

カバンを拾いに戻った。


   濡れた制服が体に張りつき、

寒さが骨に染みる。




カバンを掴んで持ち上げた...瞬間。




 ブツッ。


 小さな音

 千切れた音



 同時に、ファスナーの引き手

(小さな合皮のパーツ)

 が外れて地面に落ちた。



「……...?」



疲れ切っていた

集中力が切れていた

限界だった



 一瞬だけ立ち止まった。


 が、その瞬間、救急車のサイレンが

   すぐそこまで来ていた。



(見つかったら、事情を聞かれる)


 名前。学校。連絡先。

 それは救護義務とは別の話だ。



(……助かったなら、それでいい)



 俺は咄嗟に背を向けた。



 走る。

 濡れた靴が、足が、重い。

 寒い。

 でも止まれない。



背後で救急車が止まる音がして、

誰かの足音がして、

声がした気がした。


 でも、陸は振り返らなかった。


 アクセサリーの一つと、

 カバンの一部を――

 女の子のすぐ近くに残したまま。



---





――美国 空




 病院の廊下は白い。

 白すぎて、音が吸い込まれる

 気がした。



 凛が運ばれてきたと聞いて、

空は走った。


 走っているのに、足が床を蹴る感触が曖昧だった。


ベッドに横たわる凛の顔を見た瞬間、

胸が潰れそうにだった。



   顔色が悪い。唇が白い。


小さな手がシーツの上で

力なく開いている。


 でも、胸は上下している。

 機械音に混じって、呼吸がある。



「命に別状はありません」



医師の言葉を聞いた瞬間

息を吐いて、

同時に涙が出そうになった。


 でも泣けば、壊れる。

 そう思って必死に堪える。


「引き上げと通報が早かった。

応急の対応も適切でした」


 空は顔を上げた。


「その人は……?」


 医師は首を振る。


「名乗られていません。救急隊も同じことを言っています」


胸の奥が、きゅっと縮む。

妹が助かったのに、

心が落ち着かない理由がそこにあった。



(ありがとうを言いたい)



 それだけ。

 それだけなのに。



 空は、その場で泣かなかった。

 でも帰り道、病院のトイレで鏡の前に  

 立ったとき、

 耐えられなくなった。



「……会いたい」



 声が出ない。

 唇だけが動く。


 凛を救った人。

 怖かったはずだ。冷たかったはずだ。

 それでも離さないでいてくれた人。


 その人が、どこにもいない。



凛は見た目ほど容体は悪くなく、

経過観察だけで済むそうだった。



 後日、連絡が入った。



「現場付近に落とし物がありました」



警察の人が


今回の件は水難事故で

事件性はない


だけど位置が位置なので、

救助者に関係あるかもしれないと。


なので、もし持ち主が現れたら

返してくださいますか?



って言って、

一端私に預けてくれた」



 渡されたのは、アクセサリー一つと、学生カバンの破片だった。



 アクセサリーは、凛が寝かされていたすぐそばに落ちていたという。

 空の心が跳ねる。



(凛の近く……)



 つまり、凛の救助をして、

凛のそばで応急処置をした人の持ち物。

 自然とそう考えた。



 空はその場でアクセサリーを

 手のひらに乗せた。



 冷たい。小さな傷。

 でも確かに、

誰かの“日常”だったもの。



 家に帰ってすぐ、空は調べ始めた。



 刻印。形。シリーズ名。

 なんでもいい


 画像検索。公式サイト。

 周りへの聞き込み。

 検索履歴がどんどん埋まっていく。



「……限定品?」


 百個だけ。



 それだけでも十分に手がかりなのに、空の心を動かしたのは別の部分だった。


ほんのちっぽけな可能性


(同じのを二つ付けてる人、

いるのかな?.....)



凛の近くに落ちていた。

 つまり、助けた人のカバンは、

その近くにあった可能性が高い。



 それらしき、カバンの破片。



 合皮の小さな引き手。

 そこに付いていた金属のリング。


 学生カバンの一部であることは確かだった。


その人のカバンという確証が無い。


学校指定かどうかも分からない。


でも空は、その形に見覚えがあるような気がした。



同じようなものを、

校内で何度も見ている。


制服ほど統一ではない。けれど、

似たカバンを使う生徒は多い。



(同じ高校の可能性……ある?)


 空は、その瞬間に気づいてしまった。





(私、.....恋を....してる)


 妹の恩人に。


 普通に考えたら変だ。

 名前も顔も知らないのに。



 でも、凛が生きている。

 それが、その人の手の中で決まった。



 空は隠さなかった。


 友達に聞かれたとき、

否定できなかった。


「……探してるの?」


 空は頷いた。


「うん」


「お礼?」


 空は一瞬だけ迷って、正直に言った。


「……たぶん、恋..だと思う」


 友達は目を丸くした。


「え、マジで?」


 空は苦笑いみたいに息を吐いた。



「笑っていいよ。私も、

 自分で変だと思う」



「でもなんで」



 空は、アクセサリーを握りしめた。


「凛を、救ってくれたから」


 それは“恩”の言葉のはずなのに、空の胸はそれだけじゃ済まない。


「それだけじゃなくて……

     私、会いたい。どうしても」



 その日の内に噂が広がった。



学園のアイドルが、

恩人に恋をしている。

 

名前も顔も知らない相手を、

必死で探している。



周りにどう見えようと、

空は止まれなかった。



---





――吉谷 陸




 噂は、あっという間に陸の耳にも届いた。



「美国さん、恩人に恋してるらしい」 「ガチで探してるって」



 陸は、笑えなかった。

 胃のあたりが、ぎゅっと縮む。


(……俺だ)


 言えない。

 言ったら、何かが終わる。


 数日後、噂がさらに繋がった。



「溺れたの、美国さんの妹なんだって」


 背中に冷たい汗が走る。



(俺が助けた子が……)



 助けたときは知らなかった。

 ただ、溺れてる子がいたから飛び込んだだけ。




 でも今は知っている。

 彼女が必死に探している。

 彼女が恋だと言っている。

 周囲がそれを知っている。



廊下で見かける空の顔が、

いつもと違う。



 笑っているのに、目が赤い。

 誰かに囲まれているのに、どこか孤独に見える。



 職員室に入っていく背中。

 図書室で本を読む横顔。

 校舎裏で一人、夕焼けを見ている姿。



その手に握られている...

あれって...?



ふと、カバンを確認した。



「...ん?....あれ.....?」


「!!」


アクセサリーが一つしかついてない。

喉が鳴る。心臓が止まる。



(落とした。あの子の近くに)



 だってあの子は、

カバンのすぐ横で寝かせた。

 処置のために、そこしかなかった。



なぜこんな事に気づかなかったのか

マヌケも良い所だ



(なら、もう一つも外せば...)


 見られたら、終わる。

 でも急に外したら、逆に怪しい。


 だから自然に。

 何でもないタイミングで。



今日と明日の間に

最初から無かった事にしよう...




---





――美国 空




 空は確信に近づいていた。



 限定アクセサリー。

 学生カバンの破片。

 同じ高校の可能性。



 探す範囲は、もう絞れている。



 空は廊下を歩きながら、

生徒のカバンのファスナーを

無意識に見てしまう。

自分でも嫌になる。



(ごめんね...)


公言したら

隠されてしまうかもしれない。


まだ本人が気付いていないかも

しれない。




   ...もう、止まれないよ。



その日の放課後、空は校舎裏にいた。


何故だか、どうしてか、

足が向いてしまった。



夕焼けが校舎の壁を赤く染める。

その中で、ある男子生徒がベンチの前に立っているのが見えた。



カバンを置いて、

何かを外そうとしている。



 空の視界が、そこだけ鮮明になる。


(……あれ)


 ファスナーの端で揺れる金属。

 見覚えがあった。


 空は息を吸い、声を出した。



「……え?」



 自分でも情けないくらい小さな声。

 でも相手はびくっと肩を跳ねさせた。


 振り返った顔。



「キミは…吉谷、陸くん..?」


「え、...あ、ああ……」



少し困ったように笑う。


図書室で1〜2回くらいだけど、

隣で本を読んでいた人。


似た本を読んでたから印象に残ったし

生徒証表示の端末画面を見て、

覚えやすい名前だなって。




 でも、今の空には、

 なにより手元が重要だった。



 空は震える声で言った。


「同じ限定品……二つ持ってる人、初めて見た」



 陸の喉が鳴った。


 空はポケットから、アクセサリーを取り出した。


 同じもの。



「凛の近くに落ちてた」


「........」



 陸の目が揺れる。



 空は続けた。


「それだけじゃないよ。

 コレも一緒にあった。」


 小さな合皮の引き手。

 金属のリング。



「凛を寝かせた場所のすぐ近くで見つかったって、聞いた」


 空の声が震え始める。


「……どうして...?黙ってたの...?」



 陸の顔が、白くなる。


 空は分かってしまう。

 これ以上、逃げ道はない。






 なのに――


「……ごめん!!」


 陸は走った。



 空は驚いて一瞬、止まった。


 でも次の瞬間、足が動いていた。




「待って!!」




 逃がしたくない。

 怒っているんじゃない。

 責めたいわけでもない。


 ただ、消えないでほしい。


 廊下に足音が響く。

 息が切れる。喉が痛い。

 涙が勝手に滲んでくる。



「逃げないで!!」


 声が震えて、涙が混じった。


 陸の背中が、昇降口の前で止まった。




---




――吉谷 陸




 肺が痛い。

 足が重い。

 でも一番痛いのは胸だった。


 振り返ると、空が立っていた。

 息を切らし、目を赤くしている。


 陸は先に言った。




「……助かってよかったんだ」




 言い訳みたいに聞こえるのが嫌で、

 言葉を重ねた。



「本当に、それだけで……よかった」



 空の肩が震える。



 陸は俯いて、吐き出した。



「……俺じゃ、だめなんだ」



 声が小さくなる。


「君が、恩人に恋してるって……学校中が知ってる。

 その相手が俺だって分かったら……」


 喉が詰まる。


「俺は、特別じゃない。

 たまたま通りかかっただけだ。

 君の隣に立てる人間じゃない」




だかーーー




次の瞬間だった。


衝撃が来た、と思った。


胸のあたりに、

柔らかい何かがぶつかって、

勢いのまま体が半歩よろける。


「……っ!?」

 声にならなかった。

 息が、詰まる。


 腕が回ってくる感触が遅れて伝わる。

 制服越しに、体温。


指先が、

掴むみたいに背中の布を引き寄せる。



(……え)



 理解が追いつかない。

 視界の端に、見慣れた髪の色。

 近すぎて、顔が見えない。

 代わりに、額が胸元に当たる感触があ 

 る。



 心臓が、一拍、完全に跳ねた。


(ちょ、なに……)


 体が固まる。

 腕の置き場が分からない。


押し返すべきか、

離れるべきか、

それとも――



 そのどれもが、間に合わなかった。



 背中に回された腕に、

 思ったより強い力がこもる。


 抱きつく、というより、

 逃がさないみたいな力。


 呼吸をしようとしても、吸えない。

 胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。


 そこで、ようやく分かった。


 ――抱きつかれている。



 美国空に。



 遅れて、温かさが広がる。


 そして、制服の布越しに伝わる、

小さな震え。



(……泣いてる)


 その事実が分かった瞬間、


 驚きは、音を立ててひっくり返った。


 何も言えないまま、

 何もできないまま、


 ただ、その場に立ち尽くす。

 頭の中が真っ白なのに、


 心臓だけが、やけにうるさい。



 ――逃げる、という選択肢が、

完全に消えた。



「……やっと捕まえた」


 声が泣き声になっていた。


「勝手に決めないで...」


 胸元に顔を押し付けたまま、空は言った。


「君がどう思ってるかじゃなくて、私がどう思ったかを聞いて...」



 陸の肩に、温かいものが落ちた。涙だ。



「私ね……恋してた」



 空は顔を上げた。

 涙で濡れた目で、真っ直ぐに見てくる。



「妹の恩人に。名前も顔も知らない人に。

 変だって言われても、止まらなかった」



 空は息を吸う。



「でも今は、もっとはっきりしてる」


 震える声で、言い切った。



「好き。君が」



 陸の胸が、ぎゅっと痛む。


「恩人だから、だけじゃない。

 君が逃げたから可哀想で、でもない」


 空は泣きながら笑った。


「君が、自分を消そうとしてまで誰かを助けたところが、

どうしようもなく愛おしくて...」


 陸は言葉を失った。

 否定もできない。


 だから、抱きしめ返した。

 初めて、自分から。



「……ごめん」

「ううん」



 空は首を振った。


「会えたから、もういい」


 陸は目を閉じて、正直に言った。


「……俺も、君が好きだった」


 喉が痛い。


「ずっと前から。

 だから、恩人って形で近づくのが嫌だった。

 好きなのに、恩で近づいたら卑怯になる気がして……逃げた」



 空は、アクセサリーを握りしめたまま言った。


「卑怯じゃない」

「……」


「君は、凛を助けてくれた。

 通報して、処置して、守った。

 それで終わりにしたかっただけ」


 空は陸の手を取る。


「でも私は終わりにしたくない」


 涙を拭って、笑う。


「これからは、私が君のこと、

逃がさない」


 陸は、涙が出そうで笑ってしまった。


「……かなわないな」

「うん」


 空は頷いて、もう一度ぎゅっと抱きしめた。


「一緒にいたい」


 夕焼けが、ふたりの影を長く伸ばしていた。






---





エピローグ




――美国 空


 学校公開日。


人が多くて、廊下がいつもよりうるさい。

空はその中で、陸の袖を指先でつまんだ。



 こうしていないと、

  また逃げられそうで。



 陸のカバンには、

同じアクセサリーが二つ。


 ちゃんと並んで揺れている。


空はそれを見るたび、

胸が温かくなる。


 片方だけだった“証拠”が、もう“ふたり”になったから。


「ねえ」


 空が言う。


「また外す?」


「もう外さない」


 陸の声は小さいけど、迷いがない。


 空は、満足そうに笑った。



---




――吉谷 陸


 校門の方から、元気な声が聞こえた。


「お姉ちゃーん!」


 美国凛、九歳。

 来校していた保護者に混じって、

ぴょこぴょこ跳ねるように走ってくる。



「〜!?走っちゃダメ!!」


 空が慌てて抱きとめる。

 凛は陸を見ると、にっと笑った。


「お兄ちゃん、うちに来る?」

「は!? え!?」


 陸が固まると、凛はさらに笑う。


「だってお姉ちゃん、

 このお兄ちゃん好きでしょー?」


 空は耳まで真っ赤になり、

 凛の口を塞ぐ。


「こら!!」


 凛は楽しそうに目を細める。


 陸は、逃げる代わりに小さく言った。


「……好きだよ」


 空が止まる。

 凛が満面の笑みになる。


「ほらー!!」


 空は陸の袖を引っ張り、目を逸らしながら呟いた。



「……言わなくていいのに」


「……ごめん」


「……でも」


 空はほんの少しだけ笑った。


「うれしい」


 陸は照れ隠しにカバンを持ち直す。

 二つのアクセサリーが、

 同じ音で揺れた。



 もう、外さない。

 もう、離れない



 片方だけだった証拠は、

 いつのまにか“ふたりの証明”になっていた。





読んでいただき、

ありがとうございました。


※本小説の作成にはAIが携わっています

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『片方だけの筈の証明』 ケルン @kaikainight

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