雪のなかの護送
スズキ
雪のなかの護送
中学2年生のとき、学校の行事でスキー合宿があった。
真冬、山中の青少年自然の家で過ごす3泊4日の旅。正直、僕はあんまり乗り気じゃなかった。別にスキーが滑れないからというわけではない。超マイペース人間なので、林間学校だとかそういう集団で過ごさなければならない行事が苦手だったのだ。
やだなあ、めんどくさいなあと思いながらも出発の日は近づいていた。
そんなとき熱を出した。風邪をひいたのだろう。ちょうど出発二日前くらいだったと思う。「病は気から」というけれど、それが悪い方向に作用したのかもしれない。
よおし、これで合宿休めるぞおと体温計を見てうきうきしたのだけれど、翌日には熱は引いていた。まあ、そんなものだ。
何かの間違いであって欲しいと何度も測り直したけど無駄だった。諦めなさい。
そんなこともあって気だるい気分のまま、僕はクラスメイトたちとバスに乗ってはるか何百キロも離れた田舎の合宿所へと向かったのだった。
バスに揺られること数時間。合宿先である青少年自然の家に到着し、雪景色の中でクラスの集合写真を撮り、夜は外の広場で学年全員で集まって合唱をして1日目は終わった。騒がしい大浴場が苦手で、夜に部屋で友達と楽しくおしゃべりをするタイプの人間ではないのであんまり楽しくなかった。困ったもんだ。
そして二日目の朝、起きたら熱が出ていた。治りきっていないのに極寒の山中に出たのがいけなかったのか、それとも「さっさと帰りたい」という精神的マイナスパワーが人体に影響を及ぼしたのか。
二日目から始まる予定のスキー実習だったが、こんな体調で外に出られるわけがなかったので、建物の中で留守番をすることになった。僕と同じく体調を悪くした人がいたので、残っているふたりでカードゲームのウノをした。
想像に難しくないだろうけれど、ウノはふたりでやってもあんまり楽しいゲームではない。とりあえず、半日そんな時間の過ごし方をした。
そんな感じで部屋でおとなしくしていた僕だったが、夕方になっても熱がひく気配はなかった。これを見かねた教務員一同は僕を自宅へ強制送還することを決定した。
「途中で帰らなきゃいけないなんて、残念ですう」と表面上は取り繕ったが、内心ガッツポーズをしていたのは言うまでもない。何なんだこいつ。
家に帰るまでの段取りはこうだった。山の中の合宿所から、山の麓にある赤十字病院まで僕を付き添いの先生と一緒にタクシーに乗せて護送し、診察を受けたのち自宅から遥々数時間、車で高速道路を走って駆けつけてきた両親が病院で僕を拾って帰還する、というルートだ。
教師陣が自宅の両親に連絡を入れ、僕は荷物をまとめると同室のクラスメイト達に別れを告げて山の麓からやってきたタクシーに乗り込んで山を下った。
タクシーに乗っている間、僕が座っている後部座席の隣の席では、付き添いの生徒指導の先生が車の運転手さんとずっと世間話をしていた。
そして僕は先生からもらった飴玉を口に含んで舐めながら、真冬の山中の雪景色を暖房の効いた車の窓からぼんやりと眺めていたのだった。
それからずいぶんと時が流れて大学2年生の梅雨の時期のこと。そのころ僕は連日夜遅くまで続いていた大学の実習でてんてこ舞いになっていた。
疲労が溜まりに溜まって、ココロもカラダもでろんでろんな状態になっていた僕はその日、実習終わりのミーティング中ずっと教室の机に突っ伏して脱力していた。そんなもんだから会議で話してる内容なんか全然耳に入らなかった。ちゃんと話を聴きなさい。
できればいつまでもそうしていたかったけどそうはいかない。ミーティングが終わって周りの同級生や先輩たちから「帰るよ」と声をかけられた僕は椅子から立ち上がろうとした。その時だった。
足の感覚がなくなっていたのだ。
どういうことかというと足の神経が痺れて地面を踏んでいる感じがなくなり、さらに言えばなんだかぐにゃぐにゃした気持ち悪い感じになって、なんだか太ももから下がスライムになったみたいだった。
当然足がスライムになった人間がまともに立っていられるわけがない。僕がその場にばたんと倒れると、周りにいた同級生や先輩たちが一斉に僕のもとに集まり、誰かが先生を呼んで駆けつけてきた。
僕の様子を見た先生は「こりゃ脱水だな」と判断を下した。つまり熱中症だ。この日は湿気がひどく、蒸し蒸ししていて、さらにきちんと休憩せずに水分補給を怠っていたのがまずかったらしい。
後から聞いた話によると、そのとき僕は先生から渡されたポカリスウェットを1.5リットル分一気に飲み干したそうだ。つまり1.5リットル分身体に水分が不足していたということで、本当に脱水していたみたいだ。大変な話だ。
とりあえず幸い周りに大勢人がいて、手早く処置をしてくれたおかげで大事にはならずに済んだ。良かったねえ。これが誰もいない夜道とかだったら怖いぞ。
体調も落ち着いて帰ろうとすると、先生たちが車で家まで送って行くといってきた。
別にひとりで帰れますよと返したが、そんな状態でひとりで帰すのには不安があるし、それに帰ったら学校に連絡を入れなければならないから面倒だよと反論されてしまったので、それもそうかと納得してお言葉に甘えることになった。確かにそんな疲れてる状態で電話なんてしたくない。
先生の運転する車で送ってもらっている間、僕は後部座席の窓から静かに暗い夜の景色を眺めていた。
車内は冷房が効いていて、外は夏本番のような蒸し蒸しとした暑さだったけれど、それはまるでタクシーで護送されながら雪景色をぼんやりと眺めていたあの夜のようだった。
雪のなかの護送 スズキ @suzuki_chan64
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