ゴミ箱の底には宇宙が広がっているとして

こま

車窓にて



「鈴鹿さんって」

「あ?……ああ、なんすか」


低いエンジン音の響く車内で、助手席に埋まった正田は何の気なしにそう呟いた。車内の窓に片腕をかけた鈴鹿が、小さく首をかしげる。


「この仕事、長いんですか?」

「……あー……まあ、ぼちぼち」

「ぼちぼちって……だって、だって意味わかんなくないですか?街のど真ん中に怪獣出るなんて聞いてないですよ」

「言ってないんで聞いてないでしょうね」


身も蓋もない返答に、正田はまた口を噤んだ。

うららかな春の日だった。鈴鹿が常にふかしている電子タバコのためか、常に明け放たれた窓からまだ冷たい風が吹き込んでくる。


「これからどうなるんですか?」

「えぇ……しらね……」

「しらねってなんですか!?俺、おれ何も聞いてないんですよ!?」

「いやしらねぇから……ええ……だる……正田さん若いっすね」

「若いですよ!?高校生なんで!!」

「さいですか。鈴鹿さんにはちょっと眩しいっすわ……あーあ、おっ、今日七のつく日じゃん」

「は?七がつくからなんなんですか?」

「そらもうこれっすよ」


鈴鹿は存外繊細な指で横並びになったボタンを押すような仕草をしてみせた。正田ははて、と首を傾げる。


「え、なんすか……」

「うぇ高校生こわぁ……なんでもねーですよ」

「そ、そうですか……」


鈴鹿はハンドルに右手をおいて、左手の電子タバコを口元にやった。それからふと、その手を留めて目を細める。薄い唇がフィルターを挟む前に息をついた。


「まあ、なに、よくぞご無事で」

「……まあ、まあ、なんか、なんとかなりましたけど」

「なんとかしてましたねぇ。いやーやっぱ若いと身体能力が違いますわ。俺なんかね、最近階段あがっただけで息が切れちゃうんだから」

「煙草やめたら良いんじゃないんですか……」

「これ無いと俺、息が出来ないんすよ」

「…………」

「ところで正田さん今財布にいくらあります?」

「貸しませんよ!?」

「やだなぁ貸してなんて言ってないでしょ?」

「あ、ああそうですか……」

「ちょうだいって言おうと思って」

「尚悪いですよね!?」

「金ねぇんだよなぁ。馬なら勝てるって宮山田さん言ってたのに、全然勝てねぇ吸われたわ。スロと一緒。あーあ、やっぱコツコツ働くしかねぇのかなぁ、世知辛いっすねぇ」

「…………鈴鹿さん借金凄いあるって聞きましたけど」

「あ、聞きました?あるんすよ。計画性を母の腹に置いて来ちゃったからずーっと借金塗れ。まあ何とかなりますよ。人はね、金がなくても何とかなる」

「ほ、本当ですか?」

「そらもう、こうなるのが条件っすけど」


鈴鹿は自嘲気味にそう言って、歪んだ眼鏡の奥の半眼を細めてみせた。


「借りたものは、返すもんじゃないですか……?」

「あーなんかそうらしいんで、最近はちゃんと気をつけてますよ」

「そ、そうですよね?……だからちょうだいですか!?」

「ははぁ鋭い。鈴鹿さん処世術身につけちゃいましたよ。宮山田さんに教わったんすよ」

「宮山田さんとんでもないじゃないですか!!だから!?だから宮山田社長の長男なのになんか、ふわっとしてるんですか!?」

「あの人凄いっすよ。これぇ……頂いてもいいです、よね?で全部持ってくから。あの人はなぁ、愛嬌がすげぇ。俺も目指そうかな愛嬌。……正田さん、お財布頂いても……」

「良くないですよ!?」

「えぇー……じゃあさぁ、せめてチップで二十万くださいよぉ、たんまりもらってんでしょ?」

「貰ってないし知らないんですけど!?俺今日初出勤!何も聞いてない!初めてのアルバイト!何も聞いてない!こんなことあります!?」

「あ?正田さん知らないんすか、世の中にはねぇ悪いオトナがいるんすわ」

「鈴鹿さんみたいに?」

「俺ぁあれですわ、オトナになれなかったガキだから、オトナ枠に入れないで。蕁麻疹でちゃう」

「でも鈴鹿さん三十二歳ですよね……」

「人ってぼんやり生きてても三十二歳になるんすよぉ。ってか、俺三十二なの?ああそう。…………三十二!?うっわこっわ……時の流れ秒かよ……永遠に二十代続くと思ってたわ……」

「そんなはずないじゃないですか……」

「まあねぇ、そんなはずないっすよ。今日が来たから明日が来るわけじゃないんすけどねぇ」

「え?」

「いやそうでしょ?どうします?明日、来なかったら」

「はい?」

「怪獣なんかでてくるんだから、今日で世界は終わりかもしれないっすね」


鈴鹿は何でもないようにそう嘯く。正田はその意図をつかみ損ねて呆然とし、そこではたと気が付く。ただひたすらフロントガラスの先に視線をやる鈴鹿の目が、不可思議な色をしていた。青と紺と淡いピンクをマーブルにしたような、そう、まるで夕暮れ時の空の色のような瞳に、小さく息を呑む。


「正田さん」

「え、あ、ああ、なんですか?」

「コンビニで酒買ってくれません?」

「良いわけ無いですよね!?」




車窓にて

あの日、街に怪獣が立った

世界はまだ終わっていない





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