第4話

陳老師は視線を外へと向け、あずまやの外の彼方を見つめた。その姿はまるで、はるかなる太古の時代を振り返っているかのようだった。


「――天魂の柱……。目に見えるままを語るなら、それは巨大な石柱だ。お前たちの想像を遥かに超えるほどに、あまりにも巨大な柱だ。それは世界の中心、四つの王国が交わる場所に、堂々とそびえ立っている。

あまりにも高く、その頂は雲海の中へと消え去っている。誰一人として頂上に辿り着いた者はおらず、その根がどれほど深く大地に食い込んでいるのかも、誰も知らない」


「その表面は、誰も知らぬ未知の素材でできている。石でもなく、金属でもない。あらゆる武器をもってしても、傷一つつけられぬほどに堅牢だ。

それは太古の昔から、ずっとそこに在り続けている……我らの祖先が最初の都市を築くよりも、はるか以前からな。

あれは、時の流れを見守り続けてきた証人なのだ」


老師は一度言葉を切り、子どもたちにその壮大な情景を想像させる時間を与えた。

ムーランは背筋を伸ばして座り、瞳を大きく見開く。彼女の頭の中では、決して壊れることのない巨大な柱の姿が描かれていた。


「だが――その真の重要性は、目に見えるものを遥かに超えている」


陳老師の声は、次第に重みを帯びていく。


「伝承によれば、遥かなる始原の時代、人間は他の獣とさほど変わらぬ存在だった。

生まれ、生き、そして死ぬ――特別な力など何一つ持たぬ存在だった。

しかし、ある日……あの柱が“目覚めた”のだ」


「なぜそうなったのかは誰にも分からない。だが突然、柱全体に刻まれていた数え切れぬほどの古代文字が黄金の光を放ち始めた。その光は大地全土を照らし――

その日、人類は初めて、自らの血脈に眠る“霊力”を覚醒させたのだ」


「霊力とは、天魂の柱が人類に授けた祝福。

それは異なる次元――驚異なる生命で満ちた世界と繋がる力。

我らが“霊獣界”と呼ぶ領域への扉だ」


ムーランは息を呑んだ。

それは、祖母が語ってくれたどんな昔話よりも壮大で、胸を高鳴らせる物語だった。

彼女が幼い頃から聞いてきた“力”の起源――それが、今まさに語られている。


「だが、力を持つだけでは意味がない。使い方を知らねばな」


老賢者はムーランの机に置かれた書を指差した。


「これこそが、柱が与えた第二の贈り物――光り輝く文字で綴られた、世界最初の書だ。

霊力を持つ者が知るべき、すべての知識がそこに記されている」


「八つの霊力階位、四種の血統、召喚の法、魂の契約……

“霊戦士”として生きるための、あらゆる規範と術が記されている。

祖先たちは幾百年もの歳月を費やし、それを解き明かし、理論と技として後世へと伝えてきた」


陳老師は教室の前へ歩み出て、再び子どもたちを見渡した。


「天魂の柱の覚醒は、この世界を永遠に変えた。

霊獣と交感し、その力を操る者たちは、王となり、将軍となり、守護者となり――時には破壊者ともなった。

今お前たちが知る名門や修練の流派は、すべてこの発見を源としている」


「それは我らの王国が強大である理由であり、偉大なる霊戦士たちの物語が語り継がれる理由なのだ」


話はそこで終わった。

あずまやには静寂が満ち、子どもたちは物語の余韻に呑み込まれていた。


だが、最も強く輝く瞳をしていたのは、最前列に座る少女――ムーランだった。


彼女にとって、それは単なる伝説ではない。

平凡だと思っていた世界に隠された、途方もない真実。

胸の奥で、小さな願いが芽生え始めていた――この壮大な物語の一部になりたい、という願いが。


「……では」


ムーランは小さな声で問いかけた。


「今も、その柱は……そこにあるのですか?」


陳老師は微笑んだ。


「もちろんだ。今も同じ場所に立ち、文字は光を放ち続けている。

我らは千年にわたり学び続けてきたが、誰一人として、その真の意味を理解したとは言えぬ。

その起源、その目的――それこそが、この世界最大の謎なのだ」


その瞬間、都市中央の鐘楼から鐘の音が響いた。


――ゴォン……ゴォン……ゴォン……


授業の終わりを告げる合図だった。


ムーランが古びた木造のあずまやを飛び出しても、天魂の柱の物語は頭から離れなかった。

世界は突然、広く、神秘に満ちたものへと変わった。


やがて彼女は、午後の仕事のために「月満ちる宿」へ向かう。

静かな城下町――だが、その日は違っていた。


市場の入り口で、ムーランは足を止める。

人々は商いをやめ、ざわめきながら同じ方向を見つめていた。


「何があったの、白おじさん?」


「しっ……都から捕吏が来たんだ。大勢でな」


そして彼女が目にしたのは――


黒き鎧に身を包んだ捕吏の一団、

その先頭に寄り添うように歩く――


漆黒の霊狼。


それはただの獣ではなかった。

威厳、知性、そして圧倒的な存在感。


「……霊獣だ」


誰かが震える声で呟いた。


ムーランの胸は高鳴った。

恐怖はなかった。ただ、憧れだけがあった。


――これが、本物の霊獣。

――霊戦士の、相棒。


その瞬間、彼女の小さな世界は――

激しく、揺さぶられ始めていた。

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