最後の一秒まで

いふる〜と

第1話

あなたは、本気で努力をしたことはありますか?


涙が出るくらい勉強したことがありますか?


気絶するまで、走り続けたことはありますか?


(僕は…ない。)


僕―――新浜心一には、熱中できるものがない。

テストは学年順位の真ん中、運動神経も悪くはないが良くもない帰宅部。


文化部ですらなく、趣味なんて高尚な物もない。

どこまでも平凡で、陰でも陽でもない無。


「このまま行けば勝てるぞ!!」


「よっしゃ頑張れっ!!」


茹だるような暑さと、燃え上がる熱さ。

炎天の太陽が照らすグラウンドには、豪華な装飾が施されている。


今日は体育祭。多くの人が楽しみ、胸を躍らせ、思い出をつくる日。


僕は、独りだった。


現在行われているのは、クラス対抗リレー。

特段足が速いわけでもない僕は、やや後ろ寄りの真ん中だ。


(…どうでもいい。どうせ、誰も僕のことなんて、見てない。)


僕はこの中学校に来てから、2ヶ月と経っていない。1年生というわけではなく、もう3年生だ。


親が、転勤族だった。

半年に一回は転勤で通う学校が変わるせいで、仲のいい友達なんてできなかったし、作っても直ぐに別れてしまった。


いつしか、人と関わらなくなっていた。

最初から話さなければ、仲良くならない。

仲良くなければ、別れるのも、辛くない。


そうして僕は、逃げていた。

そして今日も、無為に百メートルを走る。


「次の人早くこい!!」


クラスの陽キャが、僕のことを呼ぶ。次の人、なんて言う辺り、名前すら覚えていないのかもしれない。


少しだけ、胸が痛んだ気がした。

泥に沈んだように重たい足を引きずって、レーンの上に乗る。


(…どうして、いないんだろうな…)


前髪で隠れた目で、周囲を見渡す。

母さんも、父さんも、誰も来ていない。

僕を大切にしてくれる人は、誰もいない。


今日は、早く帰ろう。

虚しさを抱えたその時…



「がんばれっ!心一くんっ!!」



声が、聞こえた。


肩が跳ねて、瞳が潤って、心が震える。

そこには、髪の毛を茶色に染めた可愛い女の子がいた。


(高瀬…!?)


高瀬愛奈。去年の冬から、春まで通っていた学校のクラスメイト。席が偶然隣で、気を使ってよく話しかけてくれた人。


なんで、どうして?

僕たちは、そんなに仲が良かったはずしゃないのに。

ここは東京で、名古屋からは遠いはずなのに。


(まさか、僕のために、名古屋から一人で来たのか…!?)


…泥沼を抜け出したように、足が軽い。



「ッ…」



高瀬から視線を切り、ハチマキを強く結び直す。

ウザったらしく伸びた前髪をかきあげて、見やすいように分ける。


僕は、本気で頑張ったことなんて無い。

誰も見てくれないし、褒めてくれないから。


でも、1人くらいは、いるみたいだ。

彼女の視線が、ここまで来てくれたことが、応援してくれた声が。


僕を太陽のように、照らし上げる。


「っいけ!!」


「ッ!!」


そして、バトンを受け取る。

練習もろくに積んでいない分、稚拙ともいえるバトンパスだったが、確かに受け取った。


走れ。


足を動かして、腕を振って、魂を懸けろ。

本気の出し方を、思い出せ。


「ぐぅっ…!!」


現在順位、2位。

3位は僅差で後ろについてきているし、1位は少し前にいる。


それが、どうした。


「あ゙あ゙あ゙あ゙!!!!」


叫んで、走って、追いつく。

思い出すんだ。誰に見られていなくとも、ただ走るだけで楽しかったあの頃を。


足掻け、最後の一秒まで。

勝利か敗北かわかる、その瞬間まで。



「いけッ!!!!」



そして、追い抜かす。

インに入り込み、順位を逆転させて次の人へと深紅のバトンを渡した。


息が切れる、足が猛烈に痛い。

当然のように、クラスメイトは僕を見ていない。

全員が、バトンを持って走る人を見ている。


「すごかったよ心一くん!!」


「っ…!」


彼女、以外は。


本当に嬉しそうに、まるで自分のことのように喜んで手を振っている女の子がいた。


クラスメイトは、学校のみんなは、僕のことなんて見ていない。


だけど、僕にはソレだけで、良かったのかもしれない。


(…勉強、頑張るか。)


高瀬の目指している高校は、偏差値の高い高校だ。

今から目指すのじゃ、平凡な僕には遅い。


「…高瀬、ありがとう。」


僕は、ようやく思い出せた気がするんだ。

本気の出し方を、見てもらえる喜びを、見られたいという欲望を。


…僕は、本気で努力をしたことはない。


でも、最後まで足掻いてみせるよ。

合格か不合格かわかる、その瞬間まで。


最後の一秒まで、死ぬ気でさ。




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