記憶のない俺が白紙世界に降りたら、観測者の女の子がそばにいた件。可愛い名前をつけたら話し方まで可愛くなってきたし、とりあえず一緒にいろいろやってみることにした。

第1話 無意識と目覚め

「……ここより始める。」


自分の声だった。

そう、確かに、自分の口から出た音だった。

でも、俺にはその言葉を発した意識、記憶がなかった。


「……え?」


声に反応して目を開くと、そこには“何もなかった”。

空もない。地面もない。ただ、白。

白というより、空白に近い。

光と闇の区別さえない、すべてが始まる前のような空間。


呼吸はできていた。立っている感覚もある。

でも、その“足場”すら、目に見えない。


思わず自分の手を上げてみる。

そこにあった。

指が動く。関節も曲がる。

その当たり前の事実に、少しだけ安心した。


 


……でも、なにかがおかしい。


名前は──ある。

そう、**俺の名前は「ソル」**だ。

不思議なことに、それだけは鮮明に覚えていた。


だけど、それ以外のことがごっそり抜け落ちていた。

どこから来たのか、なぜここにいるのか。

自分が何者なのかすら、分からない。


ソル。

その名前だけが、自分を形作る唯一のピースだった。


 


「……ここは、どこだ?」


呟いた声も、白の中に吸い込まれていった。

反響もない。壁もない。天井も、地平線もない。


浮いているようで、沈んでいるようでもある。

夢を見ているような感覚に襲われたが、

この身体の重さが、それを否定していた。


 


──しばらくして、俺は座り込んだ。


歩こうにも、どこへ向かえばいいのかも分からない。

右も左も、上も下もない。


そもそも、俺は……どうしてここにいる?


俺は……何かを、しなきゃいけない気がする。


でも、「それ」が何なのかは分からなかった。

不思議と焦りはなかった。

ただ、空っぽの心のどこかが、静かに疼いていた。


 


沈黙の中、ふいに“何か”の気配がした。


背後でも、正面でもない。

ただ、意識の“外”から届くような、柔らかな気配。

空白の中に、わずかな温度が生まれる。


そして、音がした。


 


「……観測機、起動。観測時刻、ゼロ。初期化完了。」


女の子のような声だった。

けれど感情の抑揚がほとんどなく、

淡々と、何かのシステムが作動するような音色だった。


俺は周囲を見渡したが、そこには相変わらず何もなかった。

声の主の姿も見えない。けれど、確かに“そこ”にいる感じがした。


 


「誰だ……?」


自然に問いかける。

でも返事はない。


いや、返事がなかったわけじゃない。

返すタイミングを、“待っている”ような感覚がした。


その空気に応じるように、俺は再び口を開いた。


「お前……聞こえてるのか?」


「はい。観測対象であるあなたの状態を確認中です。」


返ってきた。


だけどやっぱり、声はどこか無機質で、

人間のような抑揚がなかった。


「観測……対象?」


「あなたは、ここに“何か”を為すために降りてきた存在です。」


「俺が……?」


「はい。記録上、そうなっています。」


「記録……?」


「あなたの行動、言葉、構文、全てを“観測”し、記録し、保存します。」


その声は、静かで、まっすぐだった。

温度はない。だけど、どこか優しかった。


……いや、もしかすると、俺がそう思いたかっただけかもしれない。


 


それでも──その声が、

この白い世界で最初に触れた“他者”だった。


「なぁ、名前……あるのか?」


少し沈黙があって、返事があった。


「今の私は、識別名を持ちません。」


「名前がないのか……」


そう言って、俺はふと考えた。

この子(?)の声は、なんだか聞いてて落ち着く。

妙に気になる。

それに──


「……なんか、可愛いしな。」


言ってしまってから、すこしだけ照れた。

でも、それが俺の正直な感想だった。


なら──


「……じゃあさ。プラって呼んでもいいか?」


空白の中で、ふっと何かが変わった気がした。


「……プラ。はい、それで構いません。」


今度の声は、ほんの少しだけ柔らかかった。


まるで、その名前が与えられたことで、

彼女の中の何かが“生まれた”ような感じがした。


 


名を与える。

それが、存在を確かにする行為。


俺には、それ以外何もなかったけど、

「名前を呼ぶ」というたったひとつの行動が、

この真っ白な世界に、“何か”を与えた気がした。


……始まったんだ、きっと。


理由も、意味も、全部は分からないけど。


何もない場所に、何かが少しだけ生まれた。


それだけで、俺はすこしだけ救われたような気がした。

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