第13話狂犬お市様の狂犬式投資術 ――「稼ぐ」より先に「増える仕組み」を作れ――

狂犬記/作者:桃(お市様祐筆)

天文十六年(西暦1547年)四月十二日 春 夜 清洲城・お市様御座所

夜の清洲城は静か――のはずだった。

「……ガリ……ゴリ……」

「……ゴォ……(煎じる音)……」

「……ザッ、ザッ(布を畳む音)……」

お市様の部屋だけが、台所と戦場と工房が合体したみたいにうるさい。

私は、障子の前で深呼吸した。

(入るのが怖い……でも祐筆は呼ばれたら行くしかない……)

同じく呼ばれた藤吉郎殿は、すでに覚悟を決めた顔をしている。

筋肉はついて、姿勢も良くなった。目つきも鋭い。

――そして、頭はつるつる。

月明かりを反射して、完全に武器である。

藤吉郎殿が小声で言った。

「桃殿……今日は、何を作らされると思う……」

「分かりません……でも、嫌な予感しかしません……」

二人で障子を開ける。

「失礼いたします……」

■ お市様の部屋:完成品がズラリ(こわい)

そこには――

机の上、畳の上、棚、壁際、全部に、完成品が並んでいた。

しかも整然としている。几帳面。狂犬なのに。

そして中心には、白衣……ではない。

なぜか“研究者っぽい羽織”を着たお市様が、腕組みして仁王立ちしていた。

「来たか」

声が、やけに低い。

これは――“やったった”テンションの時の声だ。

お市様が、得意げに顎を上げた。

「とうとう完成した」

藤吉郎殿「……な、何が……」

お市様「全部じゃ」

藤吉郎殿「全部!?」

私は、目を凝らして並べられた品を確認した。

石鹸(四角。香りが良い。見た目が強い)

化粧水(透明。瓶が綺麗。危険な予感)

乳液(白い。触りたくなる。触ると死ぬやつ)

保湿クリーム(艶々。たぶん武器)

さらに。

胃薬(乾燥した薬草。信長様が泣きそう)

腹痛薬(見るだけで腹が痛くなる名前)

葛根湯(いかにも効きそう。匂いが勝つ)

食べ物まである。

煎餅(味噌・醤油・塩)

団子(醤油・味噌・小豆・きな粉)

藍染の反物(深い青。上質。普通に売れる)

私は、思わず声が出た。

「……お、市様……これ……全部……」

お市様「そうじゃ」

「……一晩で……?」

お市様「夜な夜な」

「……何日ですか」

お市様「忘れた」

藤吉郎殿「忘れるな!!」

お市様はケラケラ笑った。

「細かいことを気にするでない。美人は細部より結果じゃ」

私(桃)「“細部より結果”を言う人が、なぜここまで整然と……」

お市様「わらわは、天才じゃからじゃ」

藤吉郎殿(小声)「……意図を考えねば……意図を……」

私は藤吉郎殿を見て、頷いた。

(藤吉郎殿は、お市様の意図を一生懸命考えて知恵にしようとしている。偉い。守ってあげたい。無理だけど。)

■ “投資術”とは何か:お市様、語る

お市様は、並べた品を指でトントンと叩いた。

「これが――狂犬式投資術じゃ」

藤吉郎殿「投資……?」

お市様「銭を増やすのに、銭を握りしめておっても増えぬ」

私「……はい」

お市様「銭を“物”に変えよ。物を“欲望”に変えよ。欲望を“定期の銭”に変えよ」

藤吉郎殿「……欲望……」

お市様「人はな、腹と肌と喉に弱い」

藤吉郎殿「……腹と肌と喉……」

お市様「つまり」

お市様は、煎餅をバキッと割った。

「食わせて、塗らせて、治せ」

藤吉郎殿「怖い理屈だな!!」

私「でも、分かりやすいです……!」

お市様は満足そうに頷いた。

「よい返事じゃ、桃」

藤吉郎殿が恐る恐る聞いた。

「姫様……これを、売る……?」

お市様「売る。だが、ただ売るのではない」

藤吉郎殿「……?」

お市様「まず、試す」

藤吉郎殿「……え?」

お市様「試すのじゃ」

私は、胸がざわついた。

(この流れ、絶対に“人柱”が出る……!)

■ 試験開始:団子と煎餅と、手洗いと胃薬(謎の流れ)

お市様は、急に明るい声になった。

「まずは、食え!」

藤吉郎殿「はい!?」

私「えっ、今!?」

お市様「団子じゃ。まず味が良いか確かめる。投資の基本じゃ」

藤吉郎殿「投資の基本が団子!?」

お市様「基本じゃ」

お市様は、団子を皿に並べる。

醤油は香ばしい。味噌は甘辛い。小豆は上品。きな粉は素朴。

藤吉郎殿が一口食べて、目を丸くした。

「……うまい……」

私も食べた。

「……うまい……!」

お市様は、鼻で笑った。

「当然じゃ。わらわが作った」

次、煎餅。

バリッ。

藤吉郎殿「……これも、うまい……」

私「味噌が……強い……けど旨い……!」

お市様「味噌は尾張の魂じゃ」

※尾張小ネタ:この辺り、味噌が濃い。濃いのが正義。

清洲の台所では「薄い味付け」はだいたい“負け”である。

藤吉郎殿「……でも姫様、食べるだけで投資が……」

お市様「次じゃ」

お市様は石鹸をスッと差し出した。

「手を洗え」

藤吉郎殿「急に清潔!」

私「清潔、大事です!」

二人で石鹸を使うと、泡立ちが良い。匂いも良い。

何より、手がつるっとする。

藤吉郎殿「……これ、売れますよ……」

お市様「売れる」

そしてお市様は、薬包を置いた。

「次、胃薬じゃ」

藤吉郎殿「えっ、今、胃痛くないけど……」

お市様「未来に備えるのじゃ。投資とは未来じゃ」

私「未来……」

藤吉郎殿「理屈が雑すぎる!!」

でも飲む。

飲んだ瞬間、口の中が薬草で埋まる。

藤吉郎殿「……ぐっ……苦い……!」

私「……胃が、元気になりそうです……!」

お市様「そうじゃろ。信長にも飲ませる」

藤吉郎殿「兄上の胃が死ぬ!」

■ 最終試験:藤吉郎の頭、貸し出し命令

お市様が、満面の笑みで言った。

「さて。最後じゃ」

藤吉郎殿「……最後……?」

お市様は、化粧水の瓶を持ち上げた。

次に乳液。

次に保湿クリーム。

そして、藤吉郎殿を見た。

「藤吉郎。頭を貸せ」

藤吉郎殿「……は?」

私(桃)は、察した。

(あっ……来た……)

お市様「パッチテストじゃ。まずは禿げ鼠で試す」

藤吉郎殿「禿げ鼠って言うな!!」

お市様「禿げておる」

藤吉郎殿「それは、姫様のせいだろ!!」

お市様「よいから座れ」

藤吉郎殿「話を聞けぇぇぇ!」

だが、座る。

藤吉郎殿は弟子である。忠義と恐怖で動く。

お市様は、化粧水を手に取った。

そして藤吉郎殿の頭に、ぺちぺちと塗る。

藤吉郎殿「冷たっ!?」

お市様「肌が喜んでおる」

次、乳液。

ぬるっと、しっとり。

藤吉郎殿「ぬぉっ……!」

お市様「肌が笑っておる」

最後に保湿クリーム。

艶が、乗る。乗りすぎる。

藤吉郎殿「……なんか……ぬるぬるする……」

お市様は、満足そうに頷き、灯りを藤吉郎殿の頭に近づけた。

その瞬間――

テカァァァァァ……!!

月明かりと灯りが反射して、

藤吉郎殿の頭が、まぶしいくらい輝いた。

私「まっ……まぶしー!!」

藤吉郎殿「やめろぉぉぉ!!」

お市様は腹を抱えて笑った。

「ケラケラケラ!!」

「今日から――」

お市様が、藤吉郎殿の頭を指さす。

「お光り様じゃの!」

藤吉郎殿「不名誉すぎるだろ!!」

お市様「誉れじゃ」

藤吉郎殿「どこがだ!!」

私「……でも……効いてます……肌が……綺麗……」

藤吉郎殿「桃殿まで裏切るな!!」

■ 藤吉郎、意図を読み取る(えらい、そしてつらい)

藤吉郎殿は、必死に呼吸を整えながら言った。

「姫様……つまり……」

お市様「言うてみよ」

藤吉郎殿「これを売れば……金が増える。

金が増えれば……薬草も買える。

薬草が買えれば……胃薬も作れる。

胃薬があれば……兄上が生き延びる。

兄上が生き延びれば……織田が動ける。

織田が動けば……戦を減らせる……」

お市様は、にやり。

「ほう。分かってきたの」

藤吉郎殿は、さらに続けた。

「……そして……化粧品は……女が買う。

女が買えば……町が動く。

町が動けば……商人が動く。

商人が動けば……物流が強くなる。

物流が強くなれば……兵站が強くなる……!」

お市様「そうじゃ。藤吉郎、頭だけでなく脳も光ってきたの」

藤吉郎殿「頭は光らせなくていい!!」

私は思わず息を吐いた。

(藤吉郎殿、偉い。

あの狂犬理論を“知恵”に変換しようとしている……

これが、のちの天下人の芽……?)

■ お市様、最終宣言:投資は“回収”が本番

お市様は、藍染の反物を手に取り、さらっと言った。

「売るのは化粧品だけではない。反物も売る。石鹸も売る。

煎餅も団子も売る。

薬は――まずは内々、次に外へ」

私「外へ……」

お市様「熱田じゃ。次は清洲じゃ。津島もよい。尾張は広い」

藤吉郎殿「……姫様……どこまで……」

お市様は、笑った。

「世界じゃ」

藤吉郎殿「うわぁ……」

私「……胃が痛いです……」

お市様「胃が痛いか。なら飲め」

(胃薬を出す)

私「痛くないです!!」

藤吉郎殿「俺も!!」

お市様「よし。では寝よ。明日から忙しい」

藤吉郎殿「寝れるかぁぁぁ!」

◉桃の感想(祐筆として)

お市様の部屋は、工房であり台所であり薬局であり戦場だった。

完成品が多すぎて、祐筆の私でも記録が追いつかない。

藤吉郎殿は、姫様の意図を必死に考えて知恵にしようとしている。偉い。頭は光っている。

化粧品のパッチテストは、藤吉郎殿の頭が最適だった。まぶしい。

「投資術」と言いながら、結局“売って回収して次に回す”という仕組みを作ろうとしている。怖いけど、筋は通っている。

明日から、もっと忙しくなる予感しかしない。

◉桃の日記(狂犬記/作者:桃)

天文十六年(西暦1547年)四月十二日 春 夜

本日、お市様より呼び出し。夜な夜な研究していた品が完成したと宣言あり。

完成品は、石鹸・化粧水・乳液・保湿クリーム、胃薬・腹痛薬・葛根湯、煎餅(味噌・醤油・塩)団子(醤油・味噌・小豆・きな粉)藍染反物。

藤吉郎殿と私は、団子と煎餅で味見、石鹸で手洗い、胃薬を試飲。

最後に化粧水・乳液・保湿クリームの試験として、藤吉郎殿の頭でパッチテスト実施。

結果、藤吉郎殿の頭は月明かりを反射し、まぶしい。

お市様、藤吉郎殿を「お光り様」と命名し大笑い。

藤吉郎殿は屈辱しつつも、お市様の意図を考え、投資=回収の仕組みであると理解しようとしていた。

――以上。

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