月夜のペダル

perchin

月夜のペダル

 小学校六年生になる次男が、自転車の練習を始めた。

 始めるには少し遅すぎるくらいかもしれない。

 それでも、自転車に乗れれば行動範囲も広がる。世界も少しだけ広がるだろう。

 何より、本人が「乗りたい」と言い出したことが嬉しかった。

 サドルに跨る次男の背中は、いつの間にか大きくなっていたが、ハンドルを握る手はガチガチに強張っている。

 勢いよくペダルを踏み込む。

 自転車はふらふらと意図しない方向へ進んでいく。

 制御を失い、コンクリートの壁に激突する。

 バランスを崩し、植え込みに突っ込む。

 止まろうとして足がもつれ、派手に立ちゴケする。

「いてて……」

 膝を擦りむいた次男が照れ笑いを浮かべる。


「自転車行こう!」

 次男は目を輝かせて言った。

 翌日も、その翌日も。

 夕食を終え、人通りが少なくなった夜の道。

 街灯の明かりが、ふらつく影法師を長く伸ばす。

 タイヤがアスファルトを噛む音と、荒い息遣いだけが響く。

 ふらつきながら、ハンドルを必死に抑え込み、彼は懸命に前へ進もうとする。

 遠ざかっていくその背中が、昨日よりも少しだけ頼もしく見えた夜だった。

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