ハラスメント

髙山あきら

ハラスメント

「ちょ、聞いて。課長に呼び出しされた」

茨城くんからOutlookのチャットが届いた。

私は一瞬、パソコン入力の手を止めた。


「え?なんで?」

背後に誰もいないことを確認してから返事を打つ。


「僕が松本さんにセクハラしたってwwww」


「松本さんが課長に訴えたの?」


「違う違う。」


え?違う?どういうこと?

セクハラって、性的に不快だと感じた本人が訴えるものじゃないのか。

くそ。頭の中で仕事の集中力が完全に切れた。


「今から行ってくるわ」

それが最後のチャットだった。


私はついネットで『ハラスメント 種類』と検索した。

セクハラ、モラハラ、マタハラ、パワハラ…知らない言葉まで含めれば30種類以上。

頭の中で言葉が絡まり、混乱する。

これも情報過多ハラスメントだわ、と苦笑した。


要は、「ただし、イケメンに限る」ってやつだろうか。

同じ言葉でも、誰が言うかで受け止め方が変わる。

裏を返せば、「あなたのことが心底嫌いです」と公言されているようなものだ。


私はふと、自分の価値観を振り返った。

私は昭和脳だ。昔からセクハラじみたことを言うおじさんが周囲にいたが、別に構わなかった。

悪気がない限り、楽しんで受け流せばいいと思っていた。

でも今は違う。社会は、聞いた話だけで人を裁く。

無実であっても、告発されたら防ぎようがないのだ。


後日、事情を聞くとこうだった。

茨城くんと松本さんの会話を偶然聞いた第三者が、「これはセクハラでは」と上司に報告したのだという。

松本さん自身は何も不快に思っていない。

茨城くんも悪いことはしていない。


それでも、上司は動かざるを得ない。

告発があった以上、事実確認は避けられない。

否定しても、告発があったという事実は消えない。


それから、何回か課長室に向かう茨城くんの背中を見た。

加害者でも被害者でもないのに、たった一言の解釈で人生の一部が揺らぐ。

それはまるで、痴漢冤罪のニュースで見る被告人のようだった。


無罪だとしても、元には戻らない。

交通事故で身体に障害が残るのと同じで、この出来事は、茨城くんの人生に一生消えない痕を残したのではないかと思った。


これで、茨城くんが病んでしまったら、何ハラになるんだろうか。セクハラハラハラ…?

私がこの件をハラスメントに置き換えて告発したら、何ハラになるのだろうか、としばらく真面目に考えた。


結局は、誰も悪くなかった。

あの第三者も、茨城くんを陥れようとしたわけではない。

純粋に「セクハラではないか」と思ったから声を上げただけだ。


それなら、なぜ多様性を大事にと言いながら、少数派やマイノリティを差別する人を攻撃するのだろう?

理不尽さは、加害者・被害者の存在に関わらず、いつも誰かの背中に重くのしかかるのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ハラスメント 髙山あきら @untaro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画