「君のスキル『掃除』はゴミだから解雇ね」と追放されたが、俺が消していたのは仲間の『疲労』と『死の運命』だった件。今さら泣きつかれても、君たちの身体はもう崩壊始まってますよ?
@yuksut
第一話 廃棄された掃除係
「――『浄化(クリーン)』」
俺、アレンの短い詠唱と共に、勇者レオンの白銀の鎧に付着したどす黒い竜の返り血が、跡形もなく消え去る。
同時に、聖女マリアのローブに染み込んだ泥汚れも、俺が指を鳴らすだけで瞬時に霧散し、新品同様の輝きを取り戻した。
「遅いぞアレン! 俺の華麗な剣技が血糊で汚れたらどうするんだ! 見栄えが悪いだろうが!」
怒鳴り声が、ダンジョンの最深部に反響する。
声の主は、Sランクパーティー『銀の翼』のリーダーであり、若くして王国の至宝と謳われる勇者レオン。
彼は今しがた討伐したばかりの『深淵の腐竜(アビス・ドラゴン)』の巨体を足蹴にし、苛立ちを隠そうともせずに俺を睨みつけていた。
「す、すまないレオン。腐竜の吐き出す瘴気が思ったより濃くて、中和するのに時間がかかってしまったんだ」
「言い訳など聞きたくない! まったく、これだから『生活魔法』しか使えない雑用係は困るんだ。戦力にもならず、ただ後ろでこそこそと掃除をしているだけ。お前がパーティーにいるだけで、俺たちの格式が下がる気がするぜ」
レオンは鼻を鳴らし、鞘に納めた聖剣『エクスカリバー・レプリカ』の柄を撫でる。
その剣は数多の激戦を潜り抜けてきたにもかかわらず、刃こぼれ一つなく、鏡のような輝きを放っていた。
「……アレン。あなた、また私のヒールより遅かったわよね?」
冷ややかな声が、反対側から降ってくる。
聖女マリアだ。俺の幼馴染であり、かつては俺を冒険の世界へと誘ってくれた少女。
だが、今の彼女の瞳に、かつてのような温かさは微塵もない。あるのは、路傍の石を見るような無関心と、微かな軽蔑だけだ。
「マリア、ごめん。でも、君が怪我をしたわけじゃ……」
「私の肌のことよ! 腐竜の瘴気でお肌が荒れたらどうしてくれるの? あなたの『浄化』は、私たちが快適に冒険するためだけのものなんでしょ? それすら満足にできないなら、本当にいる意味がないわ」
マリアは長い金髪を指で弄りながら、深いため息をついた。
俺は唇を噛みしめ、俯くことしかできない。
確かに、俺の戦闘能力は皆無に等しい。
俺の固有スキルは『浄化』。
一般的には、服の汚れを落としたり、生水の毒を抜いたりする程度の、Dランク以下の生活魔法とされている。
だから俺は、戦闘中は彼らのサポートに徹してきた。
彼らが気づいていない「汚れ」を落とし、快適な環境を維持する。それが俺の役割だと信じていたからだ。
「よし、魔石の回収は終わったな。……おいアレン、さっさと解体して素材を袋に詰めろ。血の一滴も残すなよ、臭くてたまらん」
レオンの命令に従い、俺はナイフを取り出して巨大な竜の死骸に向き合う。
硬い鱗に刃を入れる作業は重労働だ。
だが、彼らは手伝おうともしない。離れた場所で優雅に紅茶を飲みながら、次の遠征先について談笑している。
俺の『浄化』スキルは、彼らが思っているような単純な「掃除」ではない。
なんとなく、昔から違和感はあった。
単に汚れを落とすだけなら、なぜレオンの剣は一度も研がずに切れ味を保っているのか?
なぜマリアは、徹夜で歩き続けても肌荒れ一つせず、化粧ノリが良いままなのか?
そして何より、なぜ彼らはSランクの激戦を連戦しても、「疲れた」とは言うものの、翌日にはケロリとしているのか?
俺は解体作業の合間に、無意識に彼らの方へ『浄化』を飛ばす。
目には見えない澱み――彼らの肉体に蓄積しようとする『疲労物質』や、装備に生じようとする微細な『金属疲労』の亀裂。
それらを「汚れ」として認識し、拭い去る。
それが俺の日課だった。
「ふう……終わったよ」
一時間後。
綺麗に素材別に分けられた竜の部位をマジックバッグに詰め込み、俺は立ち上がった。
全身汗だくで、手のひらにはマメができている。
それでも、彼らの役に立てたならそれでいい。そう思って笑顔を作ろうとした、その時だった。
「ご苦労だったな、アレン。……さて、本題だ」
レオンが紅茶のカップを置き、俺を真っ直ぐに見据えた。
その瞳には、明確な拒絶の色が浮かんでいた。
「単刀直入に言う。お前、今日でクビだ」
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
思考が空白に染まり、心臓が早鐘を打つ。
「……え? クビ、って……パーティーを抜けろってこと?」
「そうだ。言っただろう? お前は役に立たないと」
レオンは面倒くさそうに肩をすくめる。
「俺たち『銀の翼』は、近々王都から正式に勇者パーティーとして認定される予定だ。そうなれば、今以上に過酷な依頼が舞い込む。そんな中に、戦闘もできない、回復魔法も使えない、ただの『掃除夫』を連れて行く余裕はないんだよ」
「で、でも! 俺だって荷物持ちや、野営の準備、装備の手入れとか、色々やってきたじゃないか! それに、ダンジョンの瘴気対策だって俺が……」
「装備の手入れ?」
レオンが鼻で笑った。
「勘違いするなよ。俺の聖剣が折れないのは、俺の剣技が神の領域にあるからだ。マリアの法衣が汚れないのは、彼女の聖なる加護があるからだ。お前がちまちまと『浄化』なんて地味な魔法をかけていたからじゃない」
自信満々に言い放つレオン。
彼は本気でそう思っているのだ。
俺が毎晩、彼らが眠った後に、剣に見えないレベルで生じた『亀裂』や『劣化』の概念を消去していたことなど、露ほども知らない。
俺は救いを求めるようにマリアを見た。
幼馴染の彼女なら、きっと庇ってくれるはずだ。
俺たちは田舎の村で、「一緒に世界一の冒険者になろう」と誓い合った仲じゃないか。
「マリア……君も、そう思うのか?」
縋るような俺の問いかけに、マリアは冷ややかな視線を返した。
「ごめんね、アレン。でも、これはパーティーのためなの」
彼女の言葉は、鋭利な刃物のように俺の胸を抉った。
「正直に言うとね、私、ずっと不満だったの。回復役(ヒーラー)は私一人で十分なのに、あなたが『浄化』なんて中途半端なことをするせいで、私の聖女としての威厳が霞むのよ。それに……Sランクパーティーに無能な幼馴染がいるって、周りから見たら『コネ』だと思われちゃうでしょ? 私の評判に関わるの」
評判。威厳。
そんなもののために、俺たちの十年の絆は切り捨てられるのか。
呆然とする俺に、さらに追い打ちをかけるように、新しい男が岩陰から姿を現した。
「紹介しよう。今日から俺たちの新しい仲間になる、Aランク攻撃魔導師のゲイルだ」
現れたのは、炎のような赤い髪をした、派手なローブの男だった。
彼は俺を見るなり、嘲るような笑みを浮かべる。
「へぇ、こいつが噂の『お掃除係』か。なるほど、魔力も少なそうだし、貧相なツラだ。こんなのがSランクパーティーに寄生してたなんて、笑い話にもならねえな」
「そういうことだ。ゲイルの火力があれば、俺たちはさらに上を目指せる。枠はお前と入れ替えだ」
レオンが残酷な事実を告げる。
俺の居場所は、最初から用意されていたこの男のために奪われたのだ。
「……わかった。そこまで言うなら、抜けるよ」
俺は震える声で言った。
悔しさと、情けなさと、怒りが混ざり合って、視界が滲む。
これ以上ここにいても、惨めになるだけだ。
俺は背を向け、出口の方へ歩き出そうとした。
「待てよ、アレン」
レオンの声が呼び止める。
まさか、少しは情けをかけてくれるのか? 退職金くらいはくれるのか?
そんな淡い期待は、次の瞬間に粉々に打ち砕かれた。
「どこへ行くつもりだ? そのマジックバッグと、着ているローブ。それは『銀の翼』の共有財産だぞ」
「は……?」
「お前が稼いだ金じゃないだろ? 俺たちが命がけで魔物を倒して得た報酬で買ったものだ。それを持ち逃げする気か? 泥棒扱いされたくなければ、全部置いていけ」
耳を疑った。
このローブは、俺が徹夜で薬草採取のバイトをして、ようやく手に入れた安物だ。
マジックバッグだって、俺が管理を任されていただけで、中身は彼らの戦利品だが、バッグ自体は俺の私物だったはずだ。
「ふざけるな! これは俺が……!」
「うるさいっ!」
ドガッ、と鈍い音が響く。
レオンの蹴りが俺の鳩尾に突き刺さった。
呼吸ができなくなり、俺は地面に無様に転がる。
「痛っ……ぅ、ぐ……」
「口答えするな、寄生虫が。今まで俺たちの金で飯を食わせてやった恩を忘れたか? 身一つで放り出されないだけ感謝しろ」
レオンは俺の指からマジックバッグを強引に奪い取り、ついでに腰に下げていた小銭入れまでもむしり取った。
さらにゲイルが、俺のローブを剥ぎ取る。
「おっ、こいつ結構いい生地使ってんじゃん。予備の布切れにちょうどいいな」
「ちょ、返せ……それは……」
「あーあ、汚い手で触らないでよね」
マリアが、這いつくばる俺の手を冷たく見下ろす。
彼女の手には、転移結晶が握られていた。
ダンジョンから一瞬で脱出できる、高価なマジックアイテムだ。
「じゃあね、アレン。今までお掃除ご苦労様。田舎に帰って、ドブ掃除でもしてるといいわ」
マリアが詠唱を始める。
光が彼らを包み込む。
「あばよ、掃除屋! ここから自力で帰れたら、土下座くらいはさせてやるよ! ギャハハハハ!」
ゲイルの下卑た笑い声。
レオンの嘲笑。
そして、マリアの無関心な横顔。
それらを残して、光の粒子と共に彼らは消え去った。
「……あ……ああ……」
残されたのは、暗闇と静寂。
そして、下着同然の格好で地面に転がる、俺一人。
ここはダンジョンの地下50階層、『奈落の淵』と呼ばれるエリアだ。
Sランク冒険者ですら、万全の装備でなければ命を落とす危険地帯。
武器もない。防具もない。食料も、水も、金もない。
あるのは、尽きかけた魔力と、『浄化』という生活魔法だけ。
「はは……なんだよ、これ……」
乾いた笑いが漏れる。
あまりにも理不尽だ。
俺は、彼らのために尽くしてきた。
自分の時間を犠牲にし、プライドを捨て、彼らが輝くための土台として、泥に塗れることを厭わなかった。
それなのに、この仕打ちか?
仲間だと思っていたのは、俺だけだったのか?
俺はただの、便利な道具でしかなかったのか?
「ふざけるな……ふざけるなよ……ッ!!」
地面を拳で叩く。
皮膚が裂け、血が滲む。だが、痛みよりも心の空洞の方が大きかった。
悔しい。
殺してやりたいほど憎い。
だが、それ以上に、自分の無力さが惨めだった。
その時だった。
『グルルルル……』
重低音が、洞窟の奥から響いてきた。
腐臭と共に漂う、圧倒的な死の気配。
顔を上げると、暗闇の中から六つの赤い瞳が光っていた。
『深淵の狼(アビス・ウルフ)』の群れだ。
一匹でもAランク相当の魔物が、群れを成してこちらを包囲している。
「……最悪だ」
死ぬのか。ここで。
あんな奴らに裏切られたまま、誰にも知られずに、魔物の餌になって終わるのか?
(――嫌だ)
心の底から、熱いものがこみ上げてくる。
死にたくない。
あいつらを見返したい。
俺を捨てたことを、一生後悔させてやりたい。
(俺には力がない? 『浄化』しかできない?)
迫りくる狼の牙。
その鋭い切っ先が、俺の喉元に迫る。
走馬灯のように、今まで彼らにかけてきた魔法の感覚が蘇る。
レオンの剣の『摩耗』を消した感覚。
マリアの肌の『老化』を消した感覚。
彼らの体内に蓄積した『疲労』という概念を、無意識に拭い去っていたあの感覚。
俺がやっていたのは、ただの汚れ落としじゃない。
対象にとって「不利益な状態」を、「なかったこと」にする力。
『状態異常』も、『物理的な破損』も、『生物としての限界』も。
全ては「あるべき完全な状態」からの「汚れ」だとしたら?
(……消せる)
俺は、迫りくる狼に向かって、震える手をかざした。
狼の牙が、俺の皮膚に触れる寸前。
俺は本能のままに、魔力を練り上げる。
イメージするのは、目の前の存在が持つ「害意」と、それを構成する「生命維持活動」そのものを、シミ一つ残さず『拭き取る』感覚。
「……消えろ、『浄化(クリーン)』」
瞬間。
世界から音が消えた。
ドサッ、ドサッ、ドサッ。
飛びかかってきていたはずの狼たちが、糸が切れた人形のように地面に崩れ落ちる。
血は流れていない。外傷もない。
ただ、まるで最初から「死体」であったかのように、ピクリとも動かなくなった。
彼らの肉体から『生命』という概念だけが、綺麗さっぱり洗い流されたのだ。
「……え?」
俺は自分の手を見つめる。
手のひらに残るのは、奇妙な全能感と、ぞっとするような冷たさ。
今まで俺は、この力を味方を「維持」するために使っていた。
マイナスの状態をゼロに戻すために。
だが、もしこれを敵に使えば?
敵の「プラスの状態(生命)」を「ゼロ(死)」に戻すことができるのではないか?
「はは……なんだよ、これ」
狼の死体の山を見下ろしながら、俺は口元を歪めた。
絶望の淵で、俺の中で何かが壊れ、そして何かが生まれた音がした。
「ゴミ扱いされたスキルが、これかよ……」
俺はゆっくりと立ち上がる。
裸足の足裏に伝わる岩の冷たさは、もう気にならない。
レオン。マリア。
お前たちは言ったな。「俺がいなくても変わらない」と。
「俺のスキルは掃除しかできない」と。
「……後悔するなよ」
暗闇の中で、俺は嗤った。
俺がいなくなったお前たちのパーティーが、これからどうなるか。
俺が毎日消し続けていた『死へのカウントダウン』が、誰にも止められずに積もり積もっていく様を想像すると、笑いが止まらなかった。
俺は歩き出す。
このダンジョンの底から這い上がり、必ず生き延びる。
そしていつか、ボロボロになった彼らが俺の前に泣きついてきた時、最高の笑顔でこう言ってやるんだ。
『お掃除が必要ですか? でも、君たち自身がゴミだから、消去するしかありませんね』
覚醒した『概念浄化』の力が、俺の全身に脈動していた。
それは、かつての仲間たちへの、残酷なまでの復讐の狼煙(のろし)だった。
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