【青春友情もの】12月の雪キラキラ

花田(ハナダ)

第1話

 午後から降り出した冷たい雨は、線路の上に静かに降り注いでいる。沈んだ心を容赦なく凍えさせる。

 高校から駅へ向かう途中、愛美は口を開けば悪口ばかり言っていた。だから、


「愛美って文句ばかりだね」


 と、思わず言ってしまった。

 あいつは授業中うるさい、とか。

 あいつはあざといから、先生に媚び売って人気校の推薦をとりやがった、とか。

 あの先生は声が小さくて苛々する、とか。

 担任はカワイイ生徒ばかりに贔屓している、とか。

 下らないことばかりだから聞き流してきたけれど、とうとう嫌になってつい口に出ただけだ。

 怒った愛美は黙って背中を向けて先に行ってしまった。私も追いかけたりしない。

 問題なのは、最寄り駅の上りホームという目的地が同じことだった。改札を抜け、ホームに下りる階段の先に愛美を見つけると、背を向けて逆方向へと歩き出す。つまり、同じ駅のホームにいるはずなのに、私は先頭車両を待ち、愛美は最後尾に乗り込もうとしている。

 12月の日暮れは早くて、私たちを焦らせる。

 駅から見える町並みはすでに街明かりが灯っていた。

 この頃になると指定校推薦で進路を決めた人がポツポツと現れ始める。私もその一人だった。

 愛美は、経済的理由というやつで国立大学しか目指せないと言っていた。

 私が推薦で大学を決めたことは、愛美への裏切りだったかもしれない。そんなはずはないのに、そんな気がして、ただ、胸が痛い。

 ふと、雨音がやんだ。

 音を立てていた雨粒がそっと息を潜めるように、ゆっくりと白く冷たく、雪へと変身していったのだ。駅は静寂に包まれた。


(雪だ)


 ただ、それだけのことなのに、私は急激に愛美に会いたくなった。水を含んで重そうな雪が次々に落ちてくるのを見ていたら、どうしても愛美と話したくなった。

 出席番号が近いというだけで仲良くなった愛美。真面目すぎて、誰彼構わず注意をするから友だちができない愛美。トイレの出入り口にある姿見が怖くて、用を足した後いつも走って逃げ帰る愛美。

 席が近くなければ話すことも近づくこともないタイプなのに、春を過ぎても、夏休みが終わっても、初雪の季節になっても、何となく一緒にいた。

 だって愛美の隣は居心地がいい。悪い奴じゃない。私はちゃんと知っているから。

 愛美と話したい。


「菜緒」


 突然名前を呼ばれて振り返ると、愛美が立っていた。白くてモコモコしたものを抱えている。

 頑固な愛美が喧嘩中なのに声をかけてくれたことと、その白いモコモコに驚いて、私は何も言えずにいた。


「仔犬を拾った」


 愛美の腕の中で暴れているのは白くて毛の長い犬だった。


「仔犬?」


 仔犬と呼ぶには大きすぎる。

 でも、愛美と私に視線を注ぐ純真無垢な黒目はれっきとした仔犬の瞳。雨に濡れて汚れてはいるもののまるで抱き心地のいい熊のぬいぐるみみたいだ。


「グレートピレニーズじゃないかな」


「珍しいの?」


「多分。その辺にウロウロしているような犬種ではない」


「怖くないの?」


「ちゃんと首輪しているから」


 だとしても、制服が汚れるのも気にせず、事も無げに拾いあげてしまう愛美はすごい。


「駅員のところまで一緒に来てくれないかな」


 白い仔犬にじゃれられっぱなしの愛美に訊ねられ、


「いいよ」


 と、すぐに答える。いつも通りに。


「ありがとう」


 愛美は先を歩き出した。


「あと、さっきはごめん」


 背中越しにポツリと言う。愛美も自分と同じだった。胸がほんのりと優しく、温かくなる。


「この仔犬のこと、ものすごく菜緒に話したくなった。私も雨が雪になったことも」


 愛美が言葉を返す代わりに、肩の上で白い仔犬が顔を出した。キラキラした瞳でじっと私を見つめていた。


「合格おめでとう」


 ふと、愛美が言った。


「わたしはもう少し頑張る」


「うん」


 そう答えたあと、「応援する」と言おうと思ってやっぱりやめる。多分愛美はわかっている。


 階段をあがり、向こうに見える駅員室にはすでにリードを持った飼い主らしき人がいた。

 こちらに気づき、仔犬の名前を呼びながら駆けてくる。無邪気な大きすぎる仔犬もそれに気づいて、愛美の腕からぴょんと降りた。飼い主を押し倒さんばかりに飛びかかり、ベロベロと顔を舐め回す。


「よかった」


 その再会にわたしと愛美は顔を見合わせて笑った。


 それから、次の電車を待ちながら温かいミルクティーを飲んだ。

 雪は街の何もかもを白く変えていく。焦りも意味のない罪悪感も包み隠していく。

 この冬が終わり春が来れば離れ離れになる。愛美はまだ受験の真っ只中だ。未来に僅かな希望を抱いたとしても、先のことなど何もかも不明。不安や焦燥の渦の中にいる。

 それでも、白い雪は綺麗で、仔犬は可愛くて、仲直りの後の他愛のないお喋りは底抜けに温かい。


「寒いね」


 愛美が言う。


「早く電車こないかな」


 私が言う。

 今日、喧嘩をして、初雪を見て、モフモフの仔犬を拾って、仲直りをした。

 優しい冬の時間がゆっくりと私たちを包み込んでいた。

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