第13話 鳴っている人
ライブハウスは、思っていたよりも小さかった。
扉を開けた瞬間、
音と匂いが一緒に流れ込んでくる。
アルコールと煙草、
少し湿った空気。
併設されたバーでビールを頼み、
壁際に立つ。
対バンのステージが始まっていた。
悪くない音だ。
ちゃんと音楽をやっている。
それだけだった。
煙草に火をつけて、
グラスを傾ける。
時間は、静かに過ぎていく。
転換のあいだ、
ステージの奥に、
見覚えのある後ろ姿が現れた。
ドラムセットに座る、
あいつだった。
照明が落ちる。
カウントが入る。
最初の一音で、
胸の奥が、
少しだけ持ち上がった。
上手いとか、
久しぶりだとか、
そういう感想は、
全部あとから来る。
音が、楽しそうだった。
正確に言えば、
叩いている本人が、
楽しむ場所に、
まだ立っていた。
無理をしている感じはない。
若返っているわけでもない。
今の生活の延長線上で、
自然に鳴っている音だった。
それが、
たまらなかった。
一人では出せない音がある。
そう気づいてしまった夜のことを、
思い出す。
ああ、
こういう音だ。
誰かの音に、
自分の音が押し出されて、
形を変えていく感覚。
自分だけでは、
辿り着けない場所。
ライブが終わるころ、
胸の奥が、
静かに熱を持っていた。
楽屋口で、
あいつと目が合う。
「来てたんだな」
「まあな」
それだけで、
十分だった。
「またやろうぜ」
冗談みたいな声。
でも、冗談じゃない。
「……おう」
ほんの少しだけ笑って、
そう返した。
「じゃあ、帰るわ」
「おう」
「嫁さんと息子に、よろしくな」
一瞬だけ、
あいつは驚いた顔をして、
それから、
いつもの顔で頷いた。
「またな」
ライブハウスを出ると、
夜の音が、
急に遠ざかる。
それでも、
身体の中では、
まだドラムが鳴っていた。
今日、
何かが始まったわけじゃない。
何かが戻ったわけでもない。
ただ、
音が、まだ生きていることを、
はっきり見てしまった。
それだけで、
十分だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます