第9話「兄の焦燥と進軍」

 砂煙を巻き上げながら、装甲馬車と騎馬隊が荒野を疾走していた。

 その数、およそ二百。

 正規軍ではない。

 ガルド・アルトが私財を投じて雇い入れた傭兵と、領地の兵士たちだ。

 馬車の中で、ガルドは爪を噛んでいた。

「遅い! もっと速度を上げろ!」

「し、しかし閣下、馬が持ちません!」

「潰れても構わん! 替えの馬などいくらでも用意する!」

 ガルドの目は血走っていた。

 焦りがあった。

 領地は崩壊寸前だ。

 農民たちは逃げ出し、商人は寄り付かない。

 このままでは爵位剥奪は免れない。

 そんな中、届いた情報。

『北の荒野に、黄金を生む農園がある』

『そこには、かつて追放された弟カイがいる』

 最初は信じられなかった。

 あの無能な弟が、そんな大層なことができるはずがない。

 きっと、何か古代の遺跡かアーティファクトを発見したに違いない。

 そうだ、あいつはズルをしているのだ。

「俺の領地から盗んだ魔道具を使って、私腹を肥やしているに決まっている……!」

 歪んだ論理で自分を正当化し、ガルドは北を目指した。

 あいつから全てを奪い取れば、領地は救われる。

 いや、俺が国一番の富豪になれるかもしれない。

 伝説のドラゴンがいるという噂もあったが、ガルドは鼻で笑った。

「どうせ、トカゲの魔物を大袈裟に言っているだけだ。我らが精鋭部隊にかかれば、イチコロよ」

 連れている傭兵団は、「赤き牙」と呼ばれる腕利きの集団だ。

 高額な報酬と引き換えに、どんな汚れ仕事も請け負う。

 数日の強行軍の末、視界の先に異様な光景が広がった。

 赤茶色の荒野の中に、突如として現れた緑の楽園。

 陽光を反射して輝くビニールハウス(カイがクリスタル虫の粘液で作った透明な膜)の群れ。

 たわわに実る果樹園。

 そして、風に乗って漂ってくる甘い香り。

「な、なんだあれは……?」

「ここだけ、別世界じゃないか……」

 兵士たちがざわめく。

 ガルドは窓から身を乗り出し、その光景を貪るように見つめた。

「素晴らしい……! これだ、これが俺の新しい領地だ!」

 美しい農園。

 これを手に入れれば、王都の貴族たちを見返すことができる。

 ガルドの欲望は頂点に達した。

「総員、突撃せよ! 抵抗する者は殺して構わん! ただし、生産設備とカイは生け捕りにしろ! 奴には死ぬまで肥料を作らせてやる!」

「「「オオオオオッ!」」」

 雄叫びを上げて、部隊が農園になだれ込もうとする。

 だが、その時だった。

 農園の手前に引かれた一本の白線の内側から、一人の男が姿を現した。

 麦わら帽子を被り、首にタオルを巻き、片手にはとれたてのキュウリを持った青年。

 カイ・アルトだ。

 彼は二百の軍勢を前にしても、眉一つ動かさず、まるで近所の散歩に出てきたかのような気楽さで立っていた。

「おいおい、土足で人の畑に入ろうとするなよ。マナーがなってないな」

 その声は、魔法で増幅されているのか、戦場の喧騒を突き抜けて全員の耳に届いた。

「カイ……! 貴様、よくも俺の顔に泥を塗ってくれたな!」

 ガルドが馬車から飛び出し、叫ぶ。

 カイはポリポリとキュウリを齧りながら、冷ややかな目で兄を見つめ返した。

「泥を塗った覚えはないけど。俺はただ、ここで農業をしてただけだ。お前が勝手に捨てた場所でな」

「減らず口を! その農園は、アルト家の領地内にある! つまり俺のものだ! 返してもらおうか!」

「領地内? ここは『死の荒野』だぞ。所有権なんて放棄してただろ」

「黙れ! やれ! この無礼者に思い知らせてやれ!」

 ガルドの号令とともに、傭兵たちが武器を構えて殺到する。

 カイは溜息をつき、食べかけのキュウリをポケットにしまった。

「ったく、せっかくの収穫日和だったのに。……ベル、出番だ。畑は踏ませるなよ」

 カイが指を鳴らした瞬間。

 農園の奥にある小山が動いた。

 いや、山だと思っていたそれが、巨大な翼を広げたのだ。

 ズズズンッ……!

 大地が揺れ、黒い影が軍勢を覆い尽くす。

 現れたのは、神話の中から抜け出してきたような、黒銀の巨竜。

『……昼寝ノ邪魔ヲスルノハ、ドコノ蟲ダ?』

 絶対強者の咆哮が、荒野の空気をビリビリと震わせた。

 ガルドの顔から、一瞬で血の気が引いていった。

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