第8話「王都の狂騒とエルフの手腕」

 王都、ガルディア城の謁見室。

 張り詰めた空気の中、リゼは冷や汗を隠しながら、豪奢な絨毯の上に片膝をついていた。

 彼女の目の前には、この国の頂点に立つ国王、フェルディナンドが鎮座している。

 病弱で知られる国王の顔色は優れず、深い隈が刻まれていたが、その瞳だけは鋭くリゼを見据えていた。

「面を上げよ、商人リゼ」

「はっ」

 リゼが顔を上げると、国王の傍らに立つ宰相が厳しい口調で問いただした。

「其方が持ち込んだ『生命の実』とやらは、真か? もし陛下を誑かすような偽物であれば、その首が飛ぶと思え」

「命に代えても保証いたします。これは、北の荒野で育まれた奇跡そのものです」

 リゼは震える手で、桐箱に入った「魔蜜トマト」を捧げ持った。

 赤く輝くその果実は、薄暗い謁見室の中で、まるで自ら発光しているかのような存在感を放っていた。

 甘美な香りが漂い、護衛の騎士たちが思わず喉を鳴らす音が聞こえる。

 国王が指を動かし、毒味役が一口かじった。

 毒味役の男は、目を見開き、恍惚の表情を浮かべた後、全身から湯気を発してその場にへたり込んだ。

「な、何事だ!?」

 騎士たちが剣に手をかけるが、毒味役は跳ね起きた。

「陛下! 毒ではありません! 力が……力が溢れて止まらないのです! 長年患っていた腰痛が、一瞬で消え去りました!」

 その報告を聞き、国王は自らの手でトマトを掴んだ。

「陛下、なりませぬ!」

「よい。余の体は、すでに限界なのだ。この香りに惹かれる本能を信じる」

 国王はトマトを口に運んだ。

 ジュワッ、と果汁が弾ける音が響く。

 静寂が支配する空間で、国王が咀嚼し、飲み込む音だけが響いた。

 数秒後。

 国王の顔色が劇的に変化した。

 青白かった肌に紅潮が差り、濁っていた瞳に精気が戻る。

 細かった呼吸は深く力強いものへと変わった。

「……おお」

 国王は自身の両手を見つめ、立ち上がった。

 杖なしで、しっかりと大地を踏みしめて。

「体が軽い。重りが取れたようだ。……体内を巡る魔力が、清流のごとく澄み渡っている」

「おお、陛下……!」

 宰相や騎士たちが感涙にむせぶ中、国王はリゼに向き直った。

「見事だ。これは国宝に値する。して、これを作ったのは何者だ?」

 リゼは一瞬、言葉に詰まった。

 カイは静かな生活を望んでいる。

 だが、この状況で嘘をつくことは、かえって彼を危険に晒すことになる。

「……北の荒野を開拓した、一人の農夫でございます」

「農夫だと? あの死の荒野でか?」

「はい。彼は魔法のごとき技術で不毛の大地を緑に変え、伝説のドラゴンさえも手懐けた、規格外の人物です」

「ドラゴンを……?」

 国王は驚愕し、そして愉快そうに笑った。

「面白い。実に面白い。余を救ったその農夫に、褒美を取らせねばならんな」

 だが、その場の空気を凍らせる報告が、伝令兵によってもたらされた。

「へ、陛下! 緊急報告です! アルト辺境伯が、私兵団を率いて北へ進軍を開始しました! 目的は『北の賢者』の確保、あるいは抹殺とのことです!」

「何だと……?」

 国王の顔から笑みが消え、為政者の冷徹な仮面が戻った。

「あの愚か者が。自らの領地を枯らしただけでは飽き足らず、国の恩人を害そうというのか」

 リゼは血の気が引くのを感じた。

 ガルドが動いた。

 カイの兄が、武力を行使して農園を奪いにいく。

「陛下! どうかカイさんをお救いください!」

「無論だ。余の命を救ったトマトの作り手を、むざむざ殺させるわけにはいかん。……近衛騎士団を招集せよ! 余自らが出向く!」

 王都が動き出す。

 だが、リゼの胸騒ぎは収まらなかった。

 物理的な距離がある。

 騎士団が到着する前に、ガルドが農園に辿り着いてしまったら。

(カイさん、どうか無事でいて……!)

 リゼは祈るように北の空を見上げた。

 しかし、彼女は知らなかった。

 カイにとって、辺境伯の私兵団など、毎朝の日課である雑草抜き程度の問題でしかないことを。

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